日本のような島国において、エネルギーから化石燃料も原子力も排除し再エネに過度の期待をかける風潮は、果たして持続可能な社会をもたらすのでしょうか。2050年カーボンニュートラル目標をもう一度見つめ直し、日本におけるエネルギーの正しい選択はどうあるべきかについて、石川和男氏(社会保障経済研究所代表)にお話を伺いました。
2021年4月現在、「2050年カーボンニュートラル目標」を標榜しているのは、世界で125カ国、1地域です。日本では昨年10月に菅首相による宣言がありましたが、目標到達可能なのかというと、極めて難しいと思います。確かにCO2排出量が多い化石燃料はいつか枯渇するので、省エネを進めながら再エネを促進したり、新しい社会ルールを作ることは良いことです。しかし必ずカーボンニュートラルをしなければならないと日本人は思い込んでいるのではないでしょうか。今年4月にはさらに「2030年に2013年比46%削減目標」が提示されましたが、これは2013年と2050年を線で結び、線上の2030年の数値結果が46%になるからです。
私は資源エネルギー庁在籍時、石炭、天然ガス、そして電力全体の3回の目標数値作成に参画しました。いずれもどの時点でどのくらいにすればいいかきちんと数値を積み上げ、さらに少し背伸びした目標数値を作りました。それでさえ達成が不可能だったのに対し、今回は不安定なエネルギーである再エネの数値積み上げは不可能に近いといえます。もし仮にカーボンニュートラルを実現できるとしたら、産業活動を停止させ皆さんの生活が成り立たなくなるようにするしかないと思います。G8の先進国、イギリス、ドイツでさえ、政府目標を掲げても未達で構わない、あくまも希望の目標であるから未達の責任は誰も問われません。ところが日本では達成させなければならないと真面目に思ってしまうのです。
エネルギーの消費効率に関しては、これまで日本は世界最高水準の省エネを推進してきました。1973年から現在まで、経済は成長しているけれどエネルギー消費量は減っています。世界の中で見ても、イギリスに次いで消費効率が高く、もうこれ以上、絞れないほど乾いたタオルと言える状態です。だからエネ庁が作成した「新しいエネルギーミックス目標案」において、「省エネの野心的な深掘り」という表現がなされており、達成困難とは言えないので「野心的な」という表現にしているわけです。目標案において重要なポイントは、2019年度の電源構成において化石燃料の占める割合が76%程度のところ、2030年度に41%つまり半分以下に下げるという目標です。対して非化石燃料は再エネと原子力。そして現在、再稼働している原子力発電所が少ないために化石燃料に依存しなくなれば電力不足になります。関西電力や九州電力、四国電力はすでに再稼働している原子力発電所がありますが、中部電力より東側では全く再稼働していません。私は安全規制や環境規制とは停止させるために審査を行うのではなく、あくまで進めるために行うのだから、原子力規制委員会も審査を早く進めて経済活動を推進すべきではないかと考えています。
日本のCO2排出量は徐々にですが減っています。ただエネルギー起源の排出量が約85%、中でも電力分がおよそ半分を占めるため、2010年に比べると増えています。なぜかといえば原子力発電所が停止して代わりに天然ガス火力を大量に使うようになり、また石油、石炭火力も増えたからです。最近少し減少しているのは原子力発電の再稼働が大きな要因です。世界のエネルギー起源CO2排出量を見ると、中国、アメリカ、インド、ロシアの4カ国で半分を超えて、日本は5位。またEU構成国と比べると、日本より人口が多い国はなくGDPも高いのに、日本はCO2排出量が少ないのです。
しかし日本は海に囲まれ、他国と電力網もガス供給パイプラインもないため、資源を海外からタンカーで輸入するしかなく、シーレーンが中断するリスクがあります。このためCO2排出量削減と自給率アップのためにも再エネを拡充させようとしています。太陽光発電は確かに国産、ただ太陽光パネルに注目すると、世界シェアのトップ3を占めているのは中国企業で、日本も海外依存度が高くなっていることがリスクに繋がります。一方、脱炭素化技術において、水素や蓄電池、そして原子力では世界シェアのトップクラスを占めています。また原子力発電の燃料となるウランは海外からの輸入であるものの、産出国が比較的政情の安定した国々に分散しているので、供給は安定していますし、少量で大量の電気が作れ、さらには1年以上発電できます。
ところで皆さんは電気料金が上がり続けていることにお気づきですか? 我が家では熱中症対策のためのエアコン以外は省エネを心がけていますが、カードや銀行の自動引き落としなので、多くの方はおそらく意識されていないと思います。料金上昇の理由は3つあります。①世界情勢で価格変動のある化石燃料輸入増加、②再エネ賦課金、そして③電力自由化です。③は、これまで総括原価方式だったのが、事業者の裁量で算定されるため、電力需要の逼迫によっては一部の電力が高騰する可能性もあります。
同じエネルギー量を出すために原子力・天然ガス・石油・石炭・太陽光・風力を比較すると、原子力発電100万kW級が1年間発電する分は、太陽光パネルの場合、東京の山手線の内側いっぱいの面積に敷き詰める必要があり、風力は山手線の3、4倍が必要になります。だからと言って原子力がいいことずくめでないことは、福島第一原子力発電所の事故で経験しました。エネルギー源には、メリットデメリットがそれぞれにあります。「原子力を止めてもっと再エネを」と言う人が多いですが、再エネも同じなのです。世界の中で日本は再エネがどのくらい普及しているか比較したのが下の表です。日本の国土の7割は森林で平地が少ないにも関わらず、太陽光発電量は世界3位、水力発電量は世界8位、全体で世界1位です。まだあまり普及していませんが、我が家はメンテナンスのコストが発生しない屋根貸しのスタイルで太陽光発電を導入し、事業者は電力会社に発電電力を売り我が家にレンタル料金を支払った残りで利益を出しています。一方、平地が多い欧州で導入拡大している洋上風力発電は、日本でも最近推進され始めていますが、海底地形が急深な日本では洋上風力(着床型)の設置可能面積が限定的ですし、台風など気象条件も異なることを意識せざるを得ません。また再エネ導入拡大の発電コストも地形により世界平均よりぐっと割高になっており、従って買取価格も高くなっています。
日本は先進国の中で化石燃料火力発電に依存しガラパゴス化している国と思っている人が多いようですが、世界の主要国は決して再エネ主力の電源構成をしているわけではなく、国によって構成はバラバラです。また、世界は脱原発の風潮だと思っている人もいますが、EU28カ国で最も多いのが原子力、2位が天然ガス、3位が太陽光・風力ですし、世界全体を見ると今後、原子力利用は一層増加する見込みです。また石炭については、国内で将来的に廃止するとしても増加し続けるであろう中国や東南アジアに向けて、環境性能に優れた日本の技術をもっと輸出すべきです。
マスコミやネット上の情報、あるいは政府、政治家によるプロバガンダ的な発言から、皆さんが感情的にならず注意して読み取るべきなのは、風評やデマに惑わされることなく、適格な数字を根拠に判断することです。美辞麗句に踊らされて一見「クリーンな選択」をしてしまうと、それはいずれ日本の経済を停滞させ、社会を混乱に陥れ、私たち自身、身動きが取れなくなってしまいます。特に、くらしを支えているエネルギーを考える場合、費用対効果を考える必要があります。安全性・環境適合性はどうなのか。あるいは経済や雇用効果は生まれるのか、また生活が苦しくなるようなコスト上昇は避けなければなりません。そして最も重要な安全保障面で、エネルギーの供給は安定して持続可能なのか、輸入依存にならないのか。またこれまでも水力、火力、原子力の発電所建設計画で時間をかけて行ってきた地域との共生について、再エネについても環境を破壊するような事業を決して許容してはならないと思います。今月末の自民党総裁選に向けて候補者たちの原子力発電や核燃料サイクルを中心としたエネルギー政策が注目されていますが、そのあとの衆議院議員総選挙においてもコロナ対策や経済問題などと並んで話題になると思います。候補者たちの理想論ではなく現実的な政策方針にしっかりと耳を傾け、投票という形で応援することが私たちにできる最善策ではないかと考えています。
社会保障経済研究所代表
1965年福岡生まれ。84~89年東京大学工学部。89~2008年通商産業省・経済産業省、内閣官房
(電力・ガス自由化、再生可能エネルギー、環境アセスメント、国内石炭合理化、産業保安、産業金融・中小企業金融、割賦販売・クレジット、国家公務員制度改革などを担当)(退官前後より、内閣府規制改革委員会WG委員、同行政刷新会議WG委員、東京財団上席研究員、政策研究大学院大学客員教授、東京女子医科大学特任教授、専修大学客員教授などを歴任)。11年~ 社会保障経済研究所代表(これ以降、多くの企業・団体の役員、顧問などに就き、現在に至る)。20年9月~ 経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー、21年3月~ 北海道寿都町・神恵内村地域振興アドバイザー。現在、TV・ネット番組などでコメンテーター、クイズ番組回答者として出演多数。実業として、幼児・小学生・高齢者向け脳育事業、ベンチャー。