2050年カーボンニュートラルに向けて、再生可能エネルギーに対する期待はますます高まります。再エネの中でも今後特に重要な役割を果たす洋上風力発電について、基礎的なことから世界の状況、今後の日本の方向性などについて上田悦紀氏 (一般社団法人日本風力発電協会(JWPA)国際部長・日本風力エネルギー学会(JWEA)理事)にお話いただき、質疑応答を行いました。
2020年度末、世界の風力発電(陸上・洋上)の導入量は734GW(1GW=1,000MW=100万kW)、風車の台数は約34万台で、これは日本の全ての発電設備の合計の約2.4倍に相当します。洋上風力については世界で35GWあり、特に欧州で続々と建設されており風車も巨大化している中、最近では中国、台湾、韓国など東アジアでも普及が伸びています。昨年、菅首相による2050年カーボンニュートラル宣言を受けた日本でも大きな導入目標が設定され、今後の成長が期待されているところです。
はじめに洋上風力発電の仕組みを説明します。浅い海の底に杭を打ちその上に風車を載せる「着床式」と、浮力で風車を浮かせ水深が深い沖合でも設置できる「浮体式」があります。現在は前者の中でも工事が容易で安価なモノパイル式が世界では80%以上で採用されています。風車から海底送電線で陸地まで電気を引き、陸上の送電線に連系しています。1万kWレベルの洋上風車は高さが約200m、1枚のブレードの長さは80〜90mです。最近は1.5万kWのものも開発されています。重量は、増速機や発電機、ブレーキ装置などを格納するナセルという箱が約500トンです。その下のタワーは約400トンあり、中空の内部には梯子やエレベーターがあります。水深にもよりますが杭(モノパイル基礎)は500〜1500トンもあり、またタワーと杭の間の、傾いた時に補正できるような鋼製のトランジションピースが約500トンあるので、1台を建設するのに大量の鉄の部材を集積する港が必要になります。
洋上風力発電がなぜ欧州で積極的に進められてきたのかというと、イギリスとデンマークの間の北海、デンマークとスウェーデンやノルウェーの間のバルト海は氷河時代は陸上だったので、沿岸から100〜200km沖合でも水深が浅く、風力発電をつくるのに適している海域があるからです。1番最初に洋上風車を立てたのは1991年のデンマークの沖合で、450kW x11台という小規模なものでした。2000年にはイギリスの沿岸近くに2MWx2台を立てています。2001年にデンマークの沖合に立てられた2MWx20台のウインドファーム(集合型風力発電所)は、2017年にデンマーク王室が自ら日本の当時の皇太子殿下を案内するほどの観光名所になっています。またデンマークでは2002年に2MWx80台という世界初の本格的な洋上ウィンドファームも作っています。ドイツ、オランダ、ベルギーも洋上風力を建設しています。イギリスの東岸120kmでは2020年2月に世界最大の洋上風力発電所Hornsea one121万kWが運開しています。欧州に比べるとアメリカの洋上風力開始は遅く、今から5年ほど前の2016年に最初のBlock Island 30MW、2020年6月に2番目のCoastal Virginia 12MWを立てています。アジアでは中国の躍進が目覚ましいほか、韓国、台湾、ベトナムでも始まっており、フィリピンでもこれから建設が始まります。
世界で2020年に新規建設された風車は陸上、洋上合わせて約3万台で8,230万kWに及び、今や世界中の電気の約8%は風車が供給しています。欧州各国の年間発電量に占める風力発電の比率を見ると、デンマークは30%を陸上、20%を洋上風力が占めています。そのほか上位のアイルランド、ドイツ、イギリス、ポルトガル、スペイン、スウェーデンでは20%を超える電気が風力によるものです。EU全体の平均ではイギリスを含めると16%に及び、毎年1%くらい伸びています。注目すべきは日本と同じ島国のイギリスとアイルランドでも25%を超えており、さらに原子力発電国と認識されているフランスでさえ風力が9%占めていることです。それに比べると日本はわずか1%しか風力で電気をつくっていません。洋上風力については、2020年末、中国が世界の累計35GWのうち1/4、新規6GW/年のうち半分を占めるようになっており、現時点で導入世界1位のイギリスを追い越す勢いです。今後の予測としては、2025年以降に世界で20GW/年増加し、現在の3倍以上の洋上風力が立つと言われています。欧州では毎年1〜3.4兆円を洋上風力に投資していますが、IEA(国際エネルギー機関)の予測では2040年までに累計100兆円以上が世界で投資される見込みです。
最近の欧州の洋上風力入札は10円/kWh未満と低価格になっていますが、その理由は、大規模化が進んで規模の経済でコストが下がったからです。風車の大きさは2000年から10年ごとに約2.5倍になっており、2020年には平均8.2MWになっています。また洋上ウインドファームのサイズも最近5年間で平均約80万kWまで倍増しています。洋上風力の風車メーカーは、中国を除くと、デンマークのVestas、スペインのSGRE(ドイツのシーメンスとの統合会社)、アメリカのGEの3社しかありませんが、今後は東アジアに向けた台風や地震にも耐えられるような大型風車の開発と売り込みが活発化していくでしょう。
ところで欧州において、経済的な問題はさておき、風力発電を熱心に推進してきた理由といえば、Climate Justice(気候正義)の概念が強いからです。「CO2排出は将来の人類に対する犯罪だ」と倫理や道徳に訴える気候正義の意識が、例えば金融機関がマフィアや死の商人、麻薬や児童売買を行う企業や個人に対してお金を貸してはならないというethics code(倫理規定)を、そのままCO2排出企業にも適用しているのです。だから日本がいくら石炭が安価だから使いたいと主張しても、日本にとっては不本意ですがお金のために道徳と人の命を売り物にしているとしか見なされません。欧州では今や化石燃料を扱っていると株価下落や金融機関との取引ができなくなることから、社名からoilやgasなど化石燃料を表す言葉を削除するようにまで至っています。
では環境保全と経済成長は両立するのかという問題については、デンマークでは両立している実績(デカップリングと言います)を残しており、またイギリスでは、枯渇が見えてきた北海油田産業の代わりとして、洋上風力は産業誘致と雇用創出対策になっています。しかも欧州は各国がそれぞれ強みのある企業に分業化させ、中国参入を阻止しながら欧州内で完結できるサプライチェーンを構築しており、域内のいわば壮大な公共事業とも言えるのです。
一方日本では、これまで洋上風力発電にあまり積極的に取り組んできませんでした。しかし2016年の電力自由化を転機に、大手の電力会社が再エネの中でも特に洋上風力に対して前向きに取り組み始め、と同時に政府による法整備も進み始め、2019年には領海内(「一般海域」)向けに「再エネ海域利用法」が施行され、30年間の海域の占有が許可されました。また「港湾区域」でも「港湾法」改訂(2016年)で20年間(その後30年に延長)の占有が許可され、19年には基地港整備に向けて再度改訂されています。今は、秋田県の港湾海域(秋田港と能代港)で洋上風力発電の建設が始まり、北九州の沖合にも直径174mの大型風車の建設が決まっています。その他一般海域でも入札が行われ、第一段階で選ばれた海域は、長崎県五島、秋田県由利本荘、能代、千葉県銚子の4カ所です。五島では2021年7月に戸田建設を中心とした企業群が選定され、他の3カ所も11月頃に事業者が決まりそうです。
2020年7月に開かれた官民協議会では、経産省、国交省の大臣と日本を代表する一部上場企業の社長や副社長が一堂に会し、産業界からの洋上風力の導入支援要請に対し、政府から同意が得られました。10月のカーボンニュートラル宣言を経て12月、第2回の官民協議会では「洋上風力産業ビジョン」が発表され、意欲的で明確な中長期導入目標、「2030年に10GW、2040年に30〜45GW」が示されました。そして2030年までは毎年5千億円、2030年代は毎年1兆円が直接投資される見込みですが、太陽光発電導入時に中国のパネル企業だけが大儲けして国富が流出したという失敗例があるため、投資分の60%は国内にお金が落ちるよう産業界は政府に約束しています。
「洋上風力産業ビジョン」から浮かび上がった課題の主なものについて、例えば北海道、東北の洋上風力で発電した電気の送電線問題は電力会社が集まって検討しています。例えば北海道の日本海側から、青森、秋田、山形、新潟の沖合を通って柏崎刈羽の原子力発電用送電線までつなぎ、太平洋側は北海道の沖合から福島の原子力発電用送電線につなぐと、既存の送電線を使って東京まで送電できるようになります。揚水発電所を活用すれば、蓄電池などを新規設置しなくても風力という変動電源を安定させて供給することができます。 欧州の先行研究によると、変動電源(風力+太陽光)の比率が20%を越えなければ蓄電池の大量設置は必要がありません。日本の今の比率は4%なので、20%超になるのはまだ先のことなので、既存の送電線や新設による対応方法の方が費用対効果が高くて適切だという考えです。
洋上風力発電のための建設出荷拠点港の整備は、秋田港、能代港、北九州港、鹿島港で進んでおり、さらに建設専用船も日本の大手建設会社が6隻建造を進めています。サプライチェーン(関連工場)を国内でしっかり構築できれば、たとえ海外メーカーの風車を使用しても国内調達率60%は達成可能です。今後は、外国企業の現地工場を国内に誘致するなど組織的なビジネスマッチングを行い、洋上風力に関わる各自治体が積極的に1次請けや2次請け以下の企業を地元に誘致することが必要になってきます。一方、政府の補助金は国内の生産拠点等の確保を進めるためにあるわけですから、すでに昨年度から始まっている日本企業と海外企業との提携契約の推進と、補助金による国産化支援を進めていけば、国内に風力発電関連産業市場ができ、欧州で行われてきたような雇用と経済効果が望めると期待されています。
Q:政府によるエネルギー基本計画の見直し原案では、2030年の総発電量に占める再エネ比率は現状の22〜24%から36〜38%と大幅に伸びており、中でも洋上風力は大量導入を目指すことになっているが、発電コストは26円台と高く見積もられている。コストがリーズナブルになるのはどのくらい先なのか。
A:日本の海域は欧州と比べて深いところが多いので、1、2割はコスト高になるし、風力が弱いため発電効率も低くなる。また台風や地震があるからより深く杭を穿ち堅牢な風車を立てなければならない。しかし今後、風力が弱くても発電能力が高いといった、日本の気候風土に適した風車の開発を進め大量導入ができれば、欧州のような普及が進み、コストも下がるだろう。また、拠点港や建設専用船のインフラ整備が進めば、格段にコストが下がるはずだ。
Q: かつてアメリカのロサンゼルスからラスベガスに向かう道路沿いにずらっと並んでいた風力発電風車は、日本の企業が手がけたものだったが、なぜ日本で風車製造をやめてしまったのか。
A:最盛期にはアメリカに年間、200〜300台もの風車を売っていたが、GEとの特許紛争で疲弊してアメリカ市場から撤退した。当時、日本の市場では風力発電のニーズが少なく量産を維持できず、採算が取れなくなって製造から撤退してしまった。もし現在のように大きな国内市場が期待できる状況だったら継続していただろう。
Q:30年以上も洋上風力を続けている欧州では何か問題が起こったことはなかったのか。
A:問題点として、送電系統のアンバランスがある。ドイツの例では風車は洋上から海岸付近に沢山立っている。これを電力需要が大きい南部の地域に送電するには国内の送電線が足りないが、新規の送電線の建設には反対運動が起こったので、国外のポーランドやベルギーの送電線経由で送ることになったことがある。また景観問題、保険で対応できるレベルの事故などはあるものの、欧州では再エネというものが一流ブランドのファッションショーの舞台装置として風車が使われるなど人気が高いのも事実だ。
Q:中国参入を阻止するという意図で欧州内の各国で分業化して完結させる構図を日本の場合はどのように進めるのか。現実的な視点から今後のカーボンニュートラルの進捗をどう思うか。
A:アジア圏の、台湾、ベトナムあたりと分業化を図ることになるかもしれない。ただし、風車に必要なパーツは長さが30mもの分厚い高精度の鋼板を曲げて作るが、それを供給できる工業力はドイツ、韓国、そして日本にしかなく、日本の技術力に対する高い信頼から優位に立つ可能性はある。また現在風車の部品を作っている欧州の会社の中には、日本企業の子会社も何社かある。現地工場を日本に誘致し、さらに下請けも国内メーカーが行えば、経済と雇用は国内で循環するだろう。