20周年を迎えた岐阜大学・十六銀行産学連携プロジェクトくるるセミナーでは、増田明美氏(大阪芸術大学教授/スポーツジャーナリスト)をお迎えして、スポーツを通して学べることや日常で実践できること、そしてNGOとして発展途上国を訪問して感じたことなど多彩なお話を伺いました。
くるるセミナーの「くるる」は、「聞く」「見る」「する」の3つの言葉の語尾を取って「くるる」なんですね。岐阜県は、女子卓球部が日本卓球界でもトップリーグの十六銀行で印象が強いですし、マラソンランナーのQちゃん、2000年シドニー五輪金メダリストの高橋尚子さんの出身地でもあり、そして昨年のパラリンピックで活躍した石田駆さんも岐阜県出身。石田さんは高校時代にインターハイの400mに出場、ところが愛知学院大学に進学した1年生の時に骨肉腫が見つかり、パラ陸上に変更し2019年には100m、400mで日本記録を更新しました。パラリンピックでは残念ながらメダルに手が届きませんでしたが、次のパリ大会を目指して頑張っています。
私はパラ陸連の会長を務めているため、パラ競技の参加者や観戦者が増えるよう応援団長になろうと思っています。パラスポーツには色々な競技がありますが、その面白さは、使っていない体の機能がどれほどたくさんあるのか気づかせてくれることです。左右の脚の長さが違う選手も器具を使うなど工夫すれば競技ができ、パラスポーツの方がむしろ想像力をかき立てられます。パラリンピックの父と言われるイギリスのグッドマン医師は、「失ったものを数えるな。今あるものを最大限生かせ」と言っています。1948年、第二次大戦終戦から3年しか経っていないロンドン郊外の病院で、脊髄損傷で歩けなくなった患者に、医師が積極的に体を動かすリハビリを奨励したのは、汗をかかないでいると感染症や病気にかかり亡くなる方が多かったからです。そして病院内で始まったアーチェリー大会がパラリンピックの発祥と言われています。年齢を重ねるとともに失ったものを数えるようになった私も、昨年のパラリンピックでは、選手たちの活躍を通して今あるものを最大限生かせばいいと教えてもらいました。
ところで皆さんはオリンピック、パラリンピックを見た後で、自分で運動を実践されていますか? もうすぐ始まる北京大会で選手の活躍をご覧になってからでも遅くないので、「見る」から「する」、体を動かすようになれば健康づくりになります。
コロナ禍の前には、週末に各地で様々なイベントが開催され、私も整形外科の先生たちと一緒に「ロコモティブシンドローム」にならないための広報活動をしていました。ロコモは、加齢に伴い筋力低下や関節の痛みなどによる運動機能の衰えで、要介護あるいは寝たきりになるリスクの高い状態を指し、さらに精神機能や社会とのつながりの低下で心身ともに弱った状態、フレイルにも陥りがちです。整形外科の先生は、「二本の足は二人の主治医」とおっしゃっています。足が元気な人は二人の主治医を抱えているくらい元気でいられるという、まさに名言ですね。姿勢良く歩幅を大きく歩くことで、脚の筋肉や腹筋も鍛えられ自然と筋肉がつくんですよ。毎日一万歩歩くのが無理だとしても、好きなスポーツを週2回続けるだけで健康な状態を保てます。人生100年時代、誰もが自分の人生の長距離ランナーなんですね。
健康のためには、運動習慣に加えて、笑うことも大切です。入院中の母を看病しながら、日常の中で面白いことを見つけては母を笑わせようとしたんですね。笑いは免疫力もアップさせ、がん細胞をやっつけるキラー細胞になると専門家の方が言っています。そういえば2025年の大阪万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」ですが、サブテーマは「多様で心身ともに健康な生き方」つまりウェルビーイング(幸福で肉体的、精神的、社会的に満たされた状態)ですよね。
明るい気分とつながる言葉で、私が今大事にしているのが「知好楽」です。一つのことに一生懸命取り組んでいるときに、そのことをよく知るのは素晴らしいけれど、知っているだけの人よりも好きな人の方が勝り、好きな人よりも楽しんでいる人が一番良い結果につながるという意味です。選手を引退してから出会った言葉で、思い返すと、私は84年のロスオリンピックの時16kmで途中棄権しプレッシャーに負けました。当時の私はマラソンを「知る」で終わっていて、オリンピックの舞台を楽しむにはほど遠かったのです。シドニーオリンピックの時、高橋尚子選手は本番3日前に「待ち遠してくたまらないし、軽い練習で時間が余ったから、小出監督と短歌をたくさん作っている」と言っていました。レース解説では、そのうちの一つ、「たんぽぽの 綿毛のように ふわふわと 42キロの 旅に出る」を紹介しましたが、高橋選手の走りはまるで綿毛のようで、独走で金メダルを獲得したんですものね。大舞台で「知好楽」まで行ける人はそう多くはいません。練習を積み重ねて自信をつけたからこそ本番で楽しめるのですから。マラソン解説の他にも私はNHKの朝ドラでナレーションの仕事をいただいた時、初めはうまく読もうとして硬くなっていたら、ディレクターに「そんなにカッコつけなくていいよ。マラソン解説の時のようにどうでもいいことをペラペラ喋る、あの調子でやって」と言われて、「知好楽」が本当にいいんだなと思いました。
私は国際的なNGO、プラン・インターナショナル・ジャパンの、発展途上国の女子を支援する活動をしています。途上国では男尊女卑が多く、男子に比べて食事の量も少ないのみならず、ひどい国では人身売買にもかけられます。最初に訪問したラオスの山岳地帯は、電気、ガス、水道もない地域でしたが、貧しい家庭でもお母さんが娘に教育を受けさせたいと考えていたので、女の子は看護師になるために一生懸命勉強していました。しかし、夜暗くなると勉強できなくなることを聞き、明るい電気のもとで思う存分勉強させてあげたいと、もどかしい気持ちになりました。それからなかなか打ち解けてくれない子供たちでも、一緒に走ろうと声をかけると笑顔になり、汗をかくって大切なんだと改めて感じました。また西アフリカのトーゴでは女子サッカーチームを作ったところ、2年後には活躍するようになり、最初は反対していた村の長老たちも応援するようになりました。これをきっかけに女性の社会進出も応援していきたいです。ただ電気が通っていなかったので、冷蔵庫があってもワクチンや血清を保管できないため、もし毒蛇に噛まれても遠い町まで運んでいる間に亡くなってしまうこともこの時に知りました。
電気があって当たり前の日本に暮らしていると、世界にはまだ電気がない生活をしている町や村がたくさんあると知らずに過ごしてしまいます。また地球温暖化の影響で水没するかもしれない太平洋の小国、キリバスを知ったのは、リオオリンピックでキリバスの選手が試合後にコミカルなダンスを見せて世界中にアピールしていたからです。エネルギーの選択により世界中で気候変動が起こり、住む場所を奪われるような状況の中、日本ならば地域の特性を生かしながら、再エネ、原子力などを上手にミックスして使うといいなと思っています。電気がなければ命も危険にさらされるし、自己実現もかないませんよね。そして皆さんにはぜひ、スポーツを「見る」から「する」行動に移してほしいです。また私自身は失敗してもチャレンジ精神を忘れずに続けていきたいと思っています。
大阪芸術大学教授/スポーツジャーナリスト
1964年、千葉県いすみ市生まれ。成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。現役引退後、永六輔さんと出会い、現場に足を運ぶ“取材”の大切さを教えられ大きな影響を受ける。現在はコラム執筆の他、新聞紙上での人生相談やテレビ番組のナレーションなどでも活躍中。2017年4月~9月にはNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の語りも務めた。日本パラ陸上競技連盟会長、全国高等学校体育連盟理事、日本パラスポーツ協会理事。