カーボンニュートラルに向けて各分野で取り組みが推進されている中、エネルギーの分野ではどのように進めているのでしょうか。第2回オンライン勉強会では、ガス業界の取り組みについて高橋拓二氏(一般社団法人日本ガス協会環境担当部長)にお話しいただきました。
日本における「2050年のカーボンニュートラル、2030年の46%減」という目標を受け、日本ガス協会では2020年11月に「カーボンニュートラルチャレンジ2050」を策定し、都市ガスのカーボンニュートラル化への挑戦を表明しました。取り組みをお話しする前に、まず都市ガス事業の概略を説明します。現在、日本全国で大小様々な都市ガス事業者が約200社あり、地域に密着して事業を営んでいます。供給区域は国土の6%弱ですが、お客さま件数は約3,000万件あり、一般電気事業者の約5,600万件の50%強に相当します。サプライチェーンは、海外のガス田で採掘された天然ガスをマイナス162℃まで冷却し液化(LNG化)したものをLNGタンカーで輸入し、日本の受入基地で気化して再ガス化します。LNGは無色透明無臭なので、万が一ガス漏れした時に皆様に感知してもらうため臭いを付けて都市ガスにしてから、パイプラインを用いてお客さまのもとへお届けしています。
天然ガスの特性として、化石燃料の中では最も環境性に優れておりCO2、NOx(窒素酸化物)とも排出量は最少で、SOx(硫黄酸化物)は排出しません。しかも世界で特定の地域に偏らず埋蔵しているため、輸入先の中東依存度は低いのです。日本の都市ガス事業は1872年のガス燈からスタートし、ガスレンジ、ガスストーブ、ガスファンヒーターなど家庭用を中心に普及してきました。以前は石炭、石油からガスを作っていましたが、1970年代以降、原料を低炭素で高カロリーな天然ガスに転換したことにより、生産用熱設備、空調、天然ガス自動車、コージェネレーション(以下、コジェネ)など商業用・工業用にも用途を拡大し導入が進んできました。2010年度にほぼ全ての都市ガス事業者で原料の転換が完了しています。そして日本ガス協会は、ガスの2050年カーボンニュートラル化に向けて、例えばトランジション期(移行期)には、今現在、大量に排出しているCO2をきちんと削減していくことから始めなければならないと考えるなど、3つの大きな取り組みとして①「徹底した天然ガスシフト・天然ガス高度利用」(需要側取り組み)、②「ガス自体の脱炭素化」(供給側取り組み)、③「CCUSや海外貢献等の取り組み」を掲げています。
①「徹底した天然ガスシフト・天然ガス高度利用」(需要側取り組み)については、例えば石炭などから、化石燃料の中でもCO2排出量の少ない天然ガスへの転換を推進していきたいと考えています。特に高温度帯で他の化石燃料を利用している製造業等においては有効なCO2削減方法です。コスト面等の課題がありますが、一部の企業では環境面を重視して燃料転換の取り組みが進んでいます。一例として、住友化学プラント愛媛工場内に新居浜LNG基地を新規に建設し、燃料を石炭から天然ガスに切り替えて、CO2の大幅な削減を目指しています。また福島県の小名浜では、都市ガスを供給するため製造所を建設し、20年9月現在、10件の大口需要家の利用で約4万トンのCO2削減を達成しました。
また分散型エネルギーシステムの中心となるコジェネにおいても、天然ガスを原料にして需要地で発電し、発電した際の熱を利用して給湯・蒸気、空調、生産工程などでご利用いただけば、エネルギーを余すことなく利用できるので省エネ・省CO2に貢献できます。さらにこの分散型エネルギーシステムを面的に利用するスマートエネルギーネットワークでは、熱と電気を地区やコミュニティ全体に供給することで、トータルとして大きな省エネ・省CO2効果を生みます。愛知県の「みなとアクルス」では、工場の跡地に住宅や商業施設、スポーツ施設などが建設され、ガスのコジェネや再エネ、大型蓄電池(NAS電池)等を組み合わせ、さらに情報ネットワークによりエネルギーマネジメントシステムを導入することで、CO2排出量を約60%削減する見込みです。更に足元のCO2を減らすためにはデジタル技術の活用は必須であり、デジタル技術を用いてお客さまのガス設備をまとめて効率的に運用するなど、新たなエネルギーシステムの構築にも挑戦しています。また、機器の高効率化も進んでおり、例えば燃料電池の発電効率は販売開始当初の約37%から現在約55%まで伸びています。今後はさらなる高効率化を進め、消費エネルギーの抑制に努めていきます。
②「ガス自体の脱炭素化」(供給側取り組み)の実現には大きく3つの手段があります。その1は水素の直接利用、その2は水素とCO2を合成するカーボンニュートラルメタン、その3はバイオガスです。水素は、沿岸部を中心に新たに水素導管網を構築し、ローカルネットワークでの水素の直接供給を目指します。カーボンニュートラルメタンは、都市ガス原料の主成分であるメタンを水素とCO2から合成して作る「メタネーション」と呼ばれるガスの脱炭素化技術を利用しています。なお、この合成技術は100年前にフランスの化学者ポール・サバティエが発見したサバティエ反応を利用しており、基本的に技術的に確立しており、設備もシンプルです。またこのメタネーションは、コンロなどのガス機器でガス利用時に排出されるCO2と、メタネーション生成時に回収したCO2が相殺されるため、カーボンニュートラル技術の1つとされています。また、既存インフラ(導管、ガス機器等)をそのまま使えること等から、カーボンニュートラル社会実現のためのコスト抑制に貢献するという大きなメリットがあります。
都市ガスの主原料である天然ガスのカーボンニュートラル化を進めるため、メタネーションで作ったカーボンニュートラルメタンの実用化の準備を進めていきます。また一方で、将来の脱炭素技術として期待される水素については、家庭用燃料電池(エネファーム)等を通じてガス業界はすでに水素の技術も蓄積しており、今後は水素コジェネなどにも貢献していきたいと考えています。
水素やメタネーションなどを、それぞれの特性に応じて使い分けるなど、2050年のガス供給の絵姿を描いたのが下図です。例えば沿岸部には化学プラントや発電所が集積しているため、新規に水素導管網を構築して、海外から送られてくる水素を直接利用することが想定されます。またこの海外からの水素を使った国内でのメタネーション製造や海外メタネーションの受け入れも考えています。これらのカーボンニュートラルメタンを都市部の既存のガスインフラを通じて皆様のところにお届けすることにより安価に脱炭素化を実現することが可能です。このような地域の特性に応じた各エネルギーの利活用により、エネルギー全体の最適化を通して2050年の脱炭素化社会の実現に貢献できると考えています。
③「CCUSや海外貢献等の取り組み」(*CCUS=二酸化炭素回収・利用・貯留技術)については、例えば海外貢献については都市ガス業界がLNGを導入してから50年以上経過し、ガス採掘からお客さまに届けるまで様々な領域で技術のノウハウを蓄積してきたので、これらのノウハウなどの海外展開により世界の温室効果ガス削減に貢献したいと考えています。このような海外展開により、2020年度では約1,200万トンのCO2の削減が見込まれると試算されています。これは日本国内で年間排出される10億トン強のCO2の約1%に相当します。
都市ガスはこれまでも1. レジリエンス向上、2. 地方創生への貢献、3. 再エネ調整力などの観点でその重要性が認知されてきましたが、カーボンニュートラル化により、その価値がますます高まると考えています。1. レジリエンス向上については、都市ガス導管網は強靭性に優れており、半永久的に利用できるポリエチレン管などレジリエンス性も兼ね備えています。また地下に埋められているため地震にも強く、停電の主要因となっている自然災害の影響を受けません。例えば2018年北海道胆振東部地震で発生したブラックアウトの際もコジェネシステムが設置された地域では運転を継続し電力・熱が供給されました。また2019年の台風15号襲来時には千葉県むつざわ地区で都市ガスのコジェネシステムで発電した電力と排熱温水を一定時間供給し、防災拠点として機能した結果、災害時の早期復旧にも貢献しました。
2. 地方創生への貢献については、全国に約200社ある都市ガス事業者は地域に根差して事業を営んできたため、分散型エネルギーシステムの構築等による地域エネルギーの調和に留まらず、例えば自治体、企業、住民の方々をつなぐハブ機能を果たし、またエネルギーの地産地消、つまり地域内経済循環による地方創生に貢献できると考えます。新潟市の越後天然ガスや鳥取市の鳥取ガスなど、全国で多くの取り組み事例があります。
また3. 再エネ調整力については、天候などにより出力量が変動する再エネに対して、コジェネを調整電源として活用することで再エネ電源の不足を補い、また再エネ電力が余っている場合は、メタネーション等によってその余剰電力を貯蔵することもできるなど、再エネ主力電源化に貢献します。
日本のエネルギー政策においては、3E+S(安定供給、経済効率性、環境適合性, 安全性)の高度化が必要です。ガス業界としてガスのカーボンニュートラル化に挑戦し、2050年のカーボンニュートラル社会実現に貢献するとともに、ガスの安定供給等のレジリエンスの強化、地方創生への貢献など、様々な社会的課題の解決と経済発展を両立させていきます。