2050年カーボンニュートラルに向けて各業界の脱炭素への取り組みが本格化していく中、石油業界はどのような取り組みをしているのか、また石油の安定供給について、須藤幸郎氏(石油連盟理事事務局長)にお話しいただき、後半には質疑応答を行いました。
2020年10月の菅首相による2050年カーボンニュートラル宣言に対し、これまでも気候変動対策に取り組んできた石油業界は、今後のビジョンとして、サプライチェーンや製品の脱炭素化の取り組みの加速化、既存のインフラが活用できる革新的な脱炭素技術の研究開発と社会実装に積極的にチャレンジすることにより、事業活動に伴うカーボンニュートラルを目指し、供給する製品の低炭素化等を通じた社会全体のカーボンニュートラル実現に貢献しようと考えています。取り組みの3つのポイント、(1)自社の事業活動に伴うCO2排出削減(Scope 1+2)、(2)供給する製品に伴うCO2排出削減(Scope 3)、(3)CO2排出削減・吸収源対策の取り組みについて下図で紹介しています。それぞれの具体的な方策について、黒文字は既存の対策のさらなる強化を示し、赤文字は社会構造全体を変える革新的技術の開発の取り組みを示しています。
(1)自社の事業活動に伴うCO2排出削減 (Scope 1+2)では、これまで取り組んできた省エネ対策の強化・燃料転換の推進や、再エネなどゼロエミッション電源の活用・開発促進でCO2削減に取り組みます。それに加えて、現状、石油製品を作る際に使用している水素をCO2を出さない水素(=CO2フリー水素)に転換するなどして、事業活動に伴う年間3,400〜3,500万トンに及ぶCO2排出量を減らす取組みを進めていきます。
(2)供給する製品に伴うCO2排出削減(Scope 3)では、まずは、既に15年ほど前から活用している第1世代バイオ燃料(バイオエタノール)のガソリンへの混合を継続するとともに、将来的には、この第1世代バイオを食料と競合しないセルロースや廃棄物系を原料にする次世代バイオ燃料導入に切り替えていくための技術開発を進めています。 また、これと同時に現在のガソリンエンジンの熱効率は30〜40%と低いことから、自動車業界との共同研究によりエンジンの燃費向上に対応した燃料開発を進めています。2050年のカーボンニュートラルに向けては、後ほど詳しく説明するCO2フリー水素、合成燃料e-fuelの2つは、CO2排出ゼロに大きく貢献できると考えています。これらの実用化に向けた技術開発に取り組んでいるところです。
(3)CO2排出削減・吸収源対策については、例えば身近なものではパソコンの液晶パネル、大きいものでは航空機で使われている炭素繊維など、石油を原料とした数多くの製品が利用されていますが、バリューチェーン全てで低炭素化・脱炭素化に必要な製品の生産・供給に取り組んで参ります。また廃プラリサイクルの技術開発とは、現状はプラスチックを燃やして熱利用するサーマルリサイクルがほとんどですが、石油精製プロセスの中に廃棄プラスチックを投入するなどして新たな化学製品を作るリサイクルの取り組みをしていきます。
下の図で示しているのは、現在の石油を中心とした原料である原油を製油所で処理し、石油系の燃料・製品を製造する流れです。しかし石油、原油を使う限りでは、カーボンニュートラルを実現することは極めて困難でありますので、2050年のカーボンニュートラル社会では、原料である石油(原油)をCO2フリー水素やバイオマス、廃棄プラスチックなどを原料に切り替え、さらに合成燃料や水素の生産プロセスを導入することにより、バイオ系・カーボンリサイクル系・CO2フリーエネルギーを皆さまに供給できるよう目指します。また図の右下に書いてあるCCUとは、排出されたCO2を回収し吸収させた炭酸塩を建築・土木材料に入れて有効利用するCCU 技術の一つです。
水素やCO2が原料になると、製造から運搬・貯蔵、供給・消費というサプライチェーンがどのように変化するか示したのが下図です。まず原料について、現在、水素は石油から取り出したCO2で製造していますが、太陽光や風力などの再エネから水素を製造するのが究極の姿だと考えています。CO2については、当面は工場から排出されるCO2を回収する可能性が高いですが、カーボンニュートラルの世界では工場からCO2が出なくなるので、大気中からCO2を回収し原料にすることが必要になります。水素は、現状では液化水素として運搬し気化して水素に戻す方法が一般的ですが、液化するにはマイナス253℃と極めて低温にしなければならず、水素を生産、貯蔵、運搬する新規のサプライチェーン構築も必要になります。一方、水素をトルエンと合成した有機ハイドライド(メチルシクロヘキサン)は常温液体で容積も気体の1/500と小さく、既存のタンカーやタンクなどを活用できるメリットがあるため、この利便性が高い方法によるコストダウンを検討しています。
CO2と水素を原料とする合成燃料は、常温で液体という優れた特性があり、ガソリンスタンドなど既存のサプライチェーンで販売でき、既存の輸送、貯蔵設備が活用できるので、非常にメリットがあります。と同時に、ガソリン自動車、軽油自動車、ジェット燃料の飛行機など既存の消費機器にもそのまま利活用できます。こうした燃料は備蓄、個人での保管など扱いが容易という特性から、緊急時のエネルギー利用という点でも活用が容易ということもあり、私どもはこの合成燃料に非常に期待を寄せています。その上、水素とCO2という気体同士を合成させ液体化するには触媒技術がポイントとなります。触媒とは化学物質の組成を変更する際に分解・改質を促す特性があり、今回の合成燃料でも同じ技術を活用できるので、これまで石油精製プロセスで培ってきた知識・技術・ノウハウを応用できるのではないかと考えています。合成燃料はヨーロッパ、アメリカでも注目されており、現状ほぼ同じ技術レベルです。だからこそ日本でしっかり取り組み、グローバルなCO2削減対策にも役立てればと思っています。
ここまで紹介した技術については、以前から実用化されているものや、2020年あるいは今年からスタートした研究開発もあり、今後どれが主流になるかはわかりません。ガソリンのバイオエタノール混合実績を踏まえて、まずはバイオマス由来の燃料・化学原料が実用化のファーストステップになり、技術開発のハードルが極めて高い水素や合成燃料は、2030年以降の実用化を一つの区切りの目標に定めています。それ以降は社会全体で急激な切り替えは困難とはいえ、実装化により皆さまの生活の中で利活用されるようにしたいと考えます。何よりも研究開発と実証事業を加速化させることが重要です。
ただ合成燃料は実験段階レベルの製造コストは1リットル当たり約700円であるため、100円レベルまで下げないと普及しないと思っています。ところで乗用車販売台数に占めるエンジン搭載車の見通しについて、IEAの分析によると、世界的に電動化が進むとしてもエンジン搭載車との共存が続くと見通されています。日本は2030年代半ばまでに乗用車の電動車比率100%を目指し、イギリスでは2030年までに、フランスは2040年までに内燃機関の新車販売禁止とは言っているものの、世界的にはまだまだ内燃機関が主流で、2040年におけるエンジン搭載車(ハイブリッド、プラグインハイブリッド含む)が販売台数に占める割合は84%、対する電気自動車は15%、燃料電池自動車は1%と予測されています。そのため、エンジンそのものの技術改善やエンジンのポテンシャルを引き出すための熱効率技術改善は継続して進めながら、多種多様なCO2削減の取り組みを同時に進めていきます。
国内の石油製品全体の需要は1999年度をピークに、地球温暖化対策の強化や少子高齢化などにより2020年度は4割減に近づき、今後も減少傾向という見通しです。油種構成比の中で主に減っているのが発電燃料として使われてきた重油と暖房用燃料の灯油ですが、ガソリン・軽油、石油化学製品の原料ナフサ、ジェット燃料は減少しておらず、2050年に向けて減ってはいくものの相当量は残ると見込んでいます。国民の生活や経済を支える役割を占めるという観点から、カーボンニュートラルのトランジション期も安定供給にどう取り組むかが重要になってきます。
石油は可搬性・貯蔵性に優れ、災害時においてもなくてはならないエネルギーです。2011年の東日本大震災時には、停電が続き都市ガスも復旧が遅れましたが、石油製品は震災当日の夕方から重要拠点の供給要請に24時間体制で数カ月に渡り対応してきました。16年の熊本地震、18年の北海道胆振東部地震でも同様に燃料供給要請に応えました。緊急時に必要なエネルギーとして石油供給の役割を改めて認識し、レジリエンス対策としてまず製油所や油槽所(=中継基地)における非常用発電機の設置や液状化対策などの強靭化対策を進めて参りました。首都直下・南海トラフ地震対策については2012 年から7年間かけて対応を完了し、続いて全国各地で想定される地震に対しても近々対応が完了する見込みです。ハード対策以外にも、BCP(事業継続計画)の策定とその実効性・有効性を高めるために定期的な訓練にも取り組んでいます。今後は、近年多発している豪雨・台風への対策も急務となっており、レジリエンス対策に終わりはないと考えています。
同時に、海外からの輸入に依存している石油についてのセキュリティ対策もしなければなりません。直近では2019年にサウジアラビアの石油施設攻撃事件が起こり、原油供給への不安が一時高まりましたが、海外の緊急時に備えた石油備蓄の放出スキームについては政府と協議しながら、石油製品を必要な人に必要な量を供給できる連携体制を図っていきます。
製油所は24時間365日体制で稼働しています。しかしあってはならないことですが、例えば新型コロナウイルス感染のような緊急事態により体制に欠員が生じた場合でも対応できるよう、AIを活用した異常予兆検知やプラント自動運転実証実験をしています。
2050年のカーボンニュートラルに向けてCO2排出実質ゼロという最終目標のための取り組みとともに、トランジション期における石油のセキュリティ・レジリエンス対策の強化もまた重要課題ととらえ、今後も進めてまいります。
Q:石油に関するレジリエンス対策強化について、緊急時の備蓄の分配は大変な作業だと思うが、どのように供給していくのか。
A:現状、原油備蓄と石油製品としての備蓄があり、東日本大震災時は前者を放出したが、今後はまず手持ちの石油製品を取り崩し供給し、供給途絶が長期化した場合は原油備蓄を製油所で精製して供給することになると考えている。緊急時においては不要不急の外出制限や省エネ対策を進めることが想定され、そうした政府の対策と協調しながら、できる限り生活や経済に影響を与えないよう努めていくことが必要になると考えている。
Q: カーボンニュートラルに向けすでに使用されている第一世代のバイオ燃料は、従来の燃料と比べてコスト的にどのくらい違うのか。
A:ガソリン価格には1リットル当たり53.8円のガソリン税が含まれているが、バイオエタノールを混ぜた分は税制免除の特例等も措置されているため、消費者の方々に大きなコストを負担するような状況ではない。ただし、バイオエタノールの価格は、ガソリンに比べて1.5倍から2倍くらい高いのが実情である。
Q:消費者には見えないだけでコスト高になっているのにバイオ燃料を使用するのは、やはり国の政策だからなのか。
A:バイオ燃料の導入政策は、気候変動対策並びに国内の農業対策からスタートした歴史がある。導入当初は、国内で生産されるバイオエタノールには農業政策として補助金も出ていたが、その後補助金が廃止されたことによってバイオエタノールの国内生産はなくなり、現在は、海外から輸入したバイオエタノールを混合している。
Q:現実的な視点から今後のカーボンニュートラルの進捗をどう思うか。
A:合成燃料は日常的に使えるレベルまでコストを低減するには相当時間がかかると見込んでいる。最近は、カーボンニュートラルを始めとする気候変動対策に取り組まない企業にはダイベストメントの動きがあるとはいえ、急激なエネルギー転換は不可能であり、トランジション期は既存エネルギーの安定供給やレジリエンスを高める取り組みと、カーボンニュートラルに向けた技術革新の両輪をバランスよく進めていくことが必要だと考えている。