環境やエネルギー問題などの社会的課題について、私たちは偏った情報をうのみにしたり、感情的に話し合うことがあります。客観的なデータを基に、日本が置かれている現状を解き明かし、今後はどうするべきかについてなど、杉村太蔵氏(元衆議院議員)にお話を伺いました。
エネルギーは、一つの国家のみならず地球全体にとってこれからますます重要な問題になっていきます。そして政策などについて正確な議論をするためにはまず客観的なデータが必要ですが、参考になる本がスウェーデンの感染症専門医ハンス・ロスリングさんの書いた『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』です。著書の中で様々な質問を投げかけ、記憶に残りやすいネガティブニュースに惑わされて、思い込みからどれほど間違えた答えを選択するかを、客観的データに基づきながら解説しています。エネルギー問題についても、思い込みを排除して何が真実なのか見極めることがとても重要だと私は思います。
我が国のエネルギー問題について考えるとき、ベースになるのがエネルギー基本計画です。5年に一度発表され、今年10月に「第6次エネルギー基本計画」が閣議決定されました。色々な専門家からの様々な意見を聞きながらまとめられており、一般の人にも良くわかるように書いてあります。7つのブロックで構成され、1.「東京電力福島第一原子力発電所事故後10年の歩み」では、事故の反省と教訓、そして対策が述べられ、2020年代のうちに避難している方たちが故郷に帰還できるようにすることが明記されています。2.「第五次エネルギー基本計画策定時からの情勢の変化」では、この5年の間にエネルギー環境がどのように変化してきたかが述べられ、3.「エネルギー政策の基本的視点(S+3E)の確認」では、政府の基本的な考え方がわかります。そして、4.「2050年カーボンニュートラル実現に向けた課題と対応」、5.「2050年を見据えた2030年に向けた政策対応」、6.「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた産業・競争・イノベーション政策と一体となった戦略的な技術開発・社会実装等の推進」と続き、最後に7.「国民各層とのコミュニケーションの充実」では、エネルギーに関して国民にどのように理解を深めてもらうかについて書かれています。経産省のHP掲載はトータルで120ページ超あるので、全部読むのが大変な人は3番目の章まで読めば今の日本政府の考えている方向性がだいたい把握できると思います。メディアが取り上げる評論やコメントを先に読んでしまうと先入観ができてしまうので、ぜひこちらを読んでいただきたいです。
昨年10月、菅首相(当時)が「温室効果ガスを2050年には排出実質ゼロ」と表明、今年4月には「2030年までに13年比で46%削減」と表明しましたが、これが今回のエネルギー基本計画に色濃く反映され、2030年度の電源構成における再生エネルギーの割合を36〜38%と大幅に増加しています。(*)ただし、日本でこれまで進められてきた太陽光や水力による再エネ発電量は平地面積あたりではすでに世界1位、にもかかわらず、これ以上国土面積も平地も狭い国で普及させようとして森林をどんどん伐採して太陽光パネルを貼り付けることが本当に自然にとって良いのかどうか疑問です。また天候に左右される太陽光や風力は電力の安定供給にも課題がある上、太陽光パネルは中国製で年々価格が上がっているのに、これ以上増やしたら、ますます国益流出にならないでしょうか。そして風力については、私の出身地、北海道は広大な土地があるため数多くの風車が設置されていますが、地元の方に話を伺うと、風車の回転によるわずかな振動で体の変調を訴える方もいらっしゃるそうです。洋上風力については、たとえ技術上は可能だとしても、台風や地震による津波が多い国で、大量導入は果たして可能でしょうか。「第6次エネルギー基本計画」においても、30年度の再エネの割合について「野心的な目標」と表現しているように、再エネに過度の期待をかけると、達成できなかった場合に結局CO2排出量は削減できず、気温上昇は止められないと危惧しています。
*2030年度の電源構成案は再生可能エネルギーが36~38%、原子力発電が20~22%、火力発電が41%、水素・アンモニアが1%
再エネ以外のエネルギーに目を向けると、地球温暖化対策のためこれから世界は化石燃料による火力発電を制限せざるを得ない状況です。ただ現在は、産油国が原油の増産を見合わせ、世界的な供給不足と価格高騰が問題になっています。資源のない日本は、かつて石油を巡り戦争を起こした歴史があり、またオイルショックの経験からも、エネルギーの安定供給のために原子力発電の割合を高めるようになりました。確かに3.11を経験して即座にすべての原子力発電所の再稼働を推進する感情にならないのはわかりますが、私は原子力に関して2つの注意点があると思っています。
一つ目は、専門家の集まりであるはずの原子力規制委員会が、なぜ審査にあれほどの時間をかけているのかという点です。科学的検証をスピードアップさせ、最終的な判断を政治に委ねるようにすればいいと思います。また老朽化が進んでいることを考えると、これまでより小規模の原子力発電所の建設を早く進めた方がいいと思います。それでも建設だけで5年や10年もかかってしまいます。二つ目は、より深刻な「核のゴミ」問題です。現在国内にはすでに使用済燃料が19,000トンもあり、保管できる場所の8割がほぼ一杯になっています。原子力に対して賛成・反対にかかわらず、「核のゴミ」は確かに存在していることを、国民全員が認識してほしいです。昨年、北海道の寿都町(すっつちょう)と神恵内村(かもえないむら)が高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地選定に関する文献調査に応募しました。地元民の方々も様々な葛藤や苦労がある中で、自分たちが日本のエネルギーの将来を背負うという覚悟や勇気に対して、感謝の気持ちしかありません。
「第6次エネルギー基本計画」には、技術革新により現在の課題が解決され、社会が大きく変化する予想図が描かれています。中でも今最も注目されている環境問題に対して、エネルギッシュに抗議活動を続けているスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんは世界的に有名ですが、日本でも別の形で行動を起こしている若い人がいます。小学生の時からCO2の研究を始め、現在、東大生の村木風海さんは、トランク型のCO2回収マシーンを開発し、技術による環境問題解決に挑戦しています。また、今注目されているESG投資の一例として、イーロン・マスクさんは、ガソリン車を世界から無くそうとアメリカの電気自動車会社テスラに巨額の投資を行い、今ではCEOになっています。アメリカでは、アイデアの面白さに興味を持った人たちが資金を出したり、技術者を紹介したり様々な支援をする動きが素早く、結果としてテスラ社の時価総額はガソリン車のフォード社を抜いたのみならず、石油メジャー会社さえ抜いてしまったのです。日本でも、エネルギーや環境に関連する夢のような目標や斬新なアイデアに対して、今後は一層の投資や援助をすぐにでもしてほしいです。
今日お集まりの皆さんには、これからぜひ、エネルギーを考える地域のリーダーになっていただきたいと思います。理想的なリーダー像に共通するのは、自分の感情をコントロールでき、誰とでも壁なく対応ができることと、目上の人よりむしろ立場の弱い人たちに対して礼儀正しいことです。そして、最初に申し上げたように客観的データや真実に基づいて自分なりのビジョンを持ち、それを大勢の人に伝え共感してもらい、一緒に行動していける人です。このアウトプットする能力を鍛える方法があります。例えば3人くらいの人が、それぞれ自分の考えを1分以内にまとめて人前でプレゼンした場合、どのプレゼンが最も論理的で説得力があり共感できたかを投票してもらうのです。これを毎週行うと、1回目からうまくいく人は少なく、2回目は勉強しすぎた結果、情報過多でよく伝わらず、回を重ねるうちに最初と比較できないほどアウトプット能力が高まっていきます。エネルギー問題についても、正確な知識や情報を収集し、自分なりに咀嚼して考えたビジョンを作成後、それを地域の人たちにうまく説明し、理解してもらえるリーダーがいてこそ、地域の発展にもつながると思います。
世界のリーダーになるような人が学ぶアメリカのハーバード大学では、今、日本史の講義に人気があり、中でも「アジアの中の日本、世界の中の日本」は、履修受付と同時に満席になるほどです。講義では、「日本はこれまでに歴史的な大きな転換点を経験しているが、1600年の関ヶ原の戦い、1868年の明治維新、1945年の終戦の3つのうち、政治的・社会的・経済的・外交的・文化的に最も大きな影響があったのはどれか」という設問がありました。日本人なら誰もが知っている出来事ですが、実は今、これらに続く第4の転換点に日本は置かれているのではないかと、世界的な学者たちは見ています。というのも膨れ上がる財政状況、少子高齢化、そして資源もなくエネルギー供給が常に不安定な日本の持続可能性が憂慮されているのです。だからこそ日本としては、国家が安定する状況を作らなければならないと思います。現在100歳以上の高齢者が86,000人もいる日本、80歳以上の人口は1,100万人でそのうち多くが女性です。つまり、環境やエネルギーについては子供や孫の世代に任せればいい問題ではなく、まだまだ長生きする自分たちの問題であることを認識してください。自然災害は今後ますます苛酷になるでしょうし、かといってこれから10年未満で温室効果ガス46%削減は実現可能性が疑わしく、私たちは相当の覚悟を決めていかなければなりません。そのためにも、思い込みは排除し、客観的に冷静にエネルギー問題に目を向け議論を続けていければと考えています。
元衆議院議員
1979年、北海道旭川市出身。筑波大学中退。派遣社員から外資系証券会社勤務を経て、2005年9月総選挙で最年少当選を果たす。労働問題を専門に、特にニート・フリーター問題など若年者雇用の環境改善に尽力。現在、テレビ・ラジオ・雑誌などメディアで活動する一方、派遣社員から国会議員、落選して無職からタレントに転身するなど、自身の経験を交えながら語る政治・経済をテーマとした講演活動を全国で行う。出演番組:TBS「サンデー・ジャポン」毎週日曜日朝9時54分放送レギュラーコメンテーターほか。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科後期博士課程所定単位取得退学。北海道音威子府村と人口減少問題対策・過疎地問題について共同研究を行っている。趣味のテニスは、元国体で優勝したほどの腕前。私生活では三児の父。