カーボンニュートラルに向かう世界の潮流の中で、少子高齢化により人口減少が進み、経済の低迷が長引く日本の地域は、どのような方策を選択することで活性化できるのでしょうか。山本隆三氏(常葉大学名誉教授/NPO法人国際環境経済研究所副理事長兼所長)にお話を伺った後、石窪奈穂美氏(国立大学法人鹿児島大学理事/消費生活アドバイザー)をコーディネーターに迎えて会場からの質疑応答にも答えていただきながら対談トークが行われました。
米国NASAによると世界では過去140年で平均気温が約1.2℃上昇しました。その原因は化石燃料の大量消費による温室効果ガスだと言われています。2018年の主要国・地域のCO2排出量の30%を占めるのが中国、15%を占めるのがアメリカで、EU28カ国(イギリス含む)、インド、ロシアの次に日本が並び、3%を占めています。また世界の分野別CO2排出量のうち、発電部門が約4割を占めています。主要国を中心に世界は2050年までにカーボンニュートラルを目ざす方向にあります。
現在1億2,500万人の日本の人口は、現在の趨勢が続けば、2100年には半分以下の約6,000万人、さらに2200年には10%程度の1千数百万人になると予測されています。世界でも例を見ない人口減少が進みます。また地域で人口減少が進むと、人は大きな街に集約するようになります。なぜなら、過疎化で、例えば公共交通機関はなくなり、1億3千万人に合わせ設置された水道、電気などのインフラ網を維持するための地域の負担金額が増加するからです。鹿児島県でも、鹿児島市の周辺は人口がそれほど減らないと予想されていますが、一部の市町村では消滅可能市町村と呼ばれる定義に当てはまる結婚適齢期の女性数の減少が予測されています。
ところで、経済大国日本の経済を支えているのは人口です。世界の人口が多い国の中で、先進国は3位のアメリカと11位の日本しかなく、経済力ランキングでは、アメリカ、中国に次いで日本は3位です。ただ、1人当たりの豊かさを見ると、日本は実質的に経済大国ではなくなっています。1人当たりの年収はドル表示では全く増えておらず、2019年には主要先進国の中で最低になっています。さらにドルではなく円で日本人の平均年収の推移を見ると、1997年に467万円と最高額をつけた以降、2020年には433万円にまで下がっています。
1995年に日本の名目GDPは世界2位で、世界シェアの17%を占め、25%を占めていた1位のアメリカを追い抜く勢いまで迫っていました。しかし現在日本の世界シェアは6%に下がりました。世界経済がどんどん成長している中にあって、日本は成長していないのです。アメリカは今でも世界の1/4を占めています。経済成長、付加価値額が増えないと給料も上がりません。日本国内のGDP分野別内訳を見ると、就業人口が大きく伸びているのは、産業別給与で平均以下の介護に関わる保健衛生・社会事業のみで、例えば、かつて世界を席巻していた日本のデジタル製品製造企業の輸出は伸びず、相対的に給与が高い製造業が国際競争力を失い、雇用も減らしています。製造業の不振が平均年収減少の原因ともなっています。鹿児島県の産業別雇用者数を見ると、産業別給与で相対的に低い社会福祉関連が多く、次が宿泊飲食分野になっています。
日本全体に再び目を向けると、世帯所得分布の中央値つまり上から50%下から50%のところは、437万円。日本では貧困層が約2,000万人で16%を占めると言われ、先進国では高い数字を示しています。アメリカの世帯平均年収は約1,000万円で、日本の世帯平均年収の2倍近くあります。日本では生活が苦しいと感じる人が約6割を占めており、一方で格差が拡大しているわけではなく、就業者の4割近くは年収300万円以下にもかかわらず、年収1千万円以上の層は増えていません。つまり総貧困化状態です。20代、30代男性の収入と有婚率は比例しており、お金がなくて結婚できない男性が増えていると考えられます。収入が少子化に影響を与えていると思われます。戦後すぐにはひと家庭に4、5人いた子どもは、60年代には2人になり、2000年ごろから急減し、2019年に一人の女性が一生に何人子どもを産むかという合計特殊出生率は、1.3台に低下しています。日本の人口維持に必要なレベルが2.07なのですが、収入がなければ子どもを生み育てることもできないわけです。
このように行き詰まり感のある日本で、どのように給料を上げることができるでしょうか。ポイントになるのがエネルギー問題です。電気料金のうち、再エネ賦課金は現在1kWh当たり3.36円で産業用電気料金の2割近くを占め、標準的な家庭でも年間1万円超を支払っていることにお気づきでしょうか。そして家庭用よりもっと深刻なのが産業用電気料金への影響です。製造業において従業員1人当たり賦課金負担は平均すると年間11万円。スーパーマーケットなどの小売業でも1人当たり賦課金は同程度と推測されます。この負担がなければ年間11万円分の賃上げができるかもしれません。給料が増えない中で月額の家計支出額は2000年に約32万円だったのが2020年には1割以上減って28万円を切っています。減少する家計支出額の中で増加しているのは電気料金と携帯電話などの通信費のみとなっており、負担感が増加しています。
昨年、菅首相が「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、国として温暖化対策に積極的に取り組む方向性を示しました。「環境と経済の好循環」は、温暖化問題に取り組み、温室効果ガスを削減する過程で、成長産業を育てる戦略です。欧米も同様に「グリーン成長」を打ち出しています。しかし、社会情勢も経済状況も異なる日本が、アメリカや欧州と同じような成長戦略を追求し、成長が望めるのでしょうか?
脱炭素を実現させる方法としてはまず、排出量の約40%を占める発電部門の脱炭素化→再生可能エネルギー・原子力・化石燃料+CO2の捕捉・貯留。25%を占める輸送部門の脱炭素化→電動化・水素利用・バイオ燃料利用。さらに20%を占める産業部門の脱炭素化→水素・電動化で、2050年には電気+水素の社会を構築する目標です。しかし水素を作るためには水の電気分解が必要です。従って大量にCO2を排出しない電気が必要になります。電源の非炭素化のため再エネ導入量を増やすことになります。再エネ導入によりエネルギー自給率は向上するメリットがあります。しかし問題はコストです。発電コストにプラスして、電気を安定供給するためのコスト、例えば夜は発電できない太陽光発電を補充する他の発電方法の設備費用も考慮する必要があります。統合コストと呼ばれるコストです。2030年の設備新設で、事業用太陽光は発電コスト+統合コストでkWh当たり18.9円と高く、洋上風力は発電コストだけでも26.1円、統合コストを合わせるともっと高くなります。
コストが高くなっても再エネ導入により産業が興り、雇用が増えれば良いのですが、高収入の大きな雇用を持つエネルギー関連産業が育つのかといえば、難しいと思われます。例えば、2030年に1,000万kWの導入目標を持つ洋上風力設備は、世界ですでに中国、イギリス、ドイツなどで2,800万kW導入されており、風車を製造しているのは、デンマーク、スペインなど欧州のメーカーと中国企業です。今から日本で風力発電事業を開始する企業は、結局は安価な中国製を輸入することになるでしょう。2030年に現在のほぼ2倍の導入量を目指す太陽光発電にしても、世界の太陽光パネル製造の7割以上を占める中国企業に今から追いつけるわけもなく、現在8割が輸入品の太陽光パネルは、導入倍増により中国での製造量が増加するだけで日本にはなんのメリットもありません。
また、CO2を出さないエネルギー利用による輸送手段として、水素列車はすでにドイツ、イギリスで商業、試運転を開始しており、またEVトラックや電気フェリーも欧州で登場していますが、これから日本が水素やアンモニア、あるいはバイオ燃料を使ったCO2ゼロの輸送手段を積極的に開発しても厳しい国際競争が待ち構えています。また電気自動車の累積導入台数は、すでに中国が世界の約半数を占めているほか、FCEV(燃料自動車)では、韓国が日本の2倍以上の1万台を導入し世界でトップ。対する日本は昨年末でやっと4,000台を超えたところです。電気自動車の蓄電池製造シェアも、韓国と中国がすでに世界の出荷量の大勢を占めており、日本企業は世界シェアを失っています。自動車産業はドイツ、アメリカなどでも基幹産業ですが、今後部品数の少ない電気自動車へのシフトにより雇用者数が約3割減少する問題が発生すると見られています。自動車関連企業が多い九州でも電気自動車が主体になれば、企業と雇用に影響が生じることになるでしょう。
発電設備別に米国の雇用者数をみると、設備量が同じ原子力と風力ですが、雇用者数は風力が原子力の1/7のみ。太陽光発電も雇用者数は多くありません。なぜなら一度設置してしまえばメンテナンス人員だけが必要になるからです。再エネの発電設備を増やしても、永続的な雇用のメリットはほとんどありません。観光産業も成長はあまり期待できません。鹿児島県では、もとより外国人観光客の消費は日本人観光客と比べて極端に少ないので、日本人の収入が増え、観光に消費するようにならない限り、宿泊・飲食、買い物などでの景気回復は望めません。このまま人口減が続けば、経済が立ちいかなくなるかもしれない鹿児島県は、どうすれば生き残れるのでしょうか。一つのアイデアとして、アメリカで開発されている小型モジュール炉(SMR)という安全性の高く、コスト競争力がある原子炉を作り、県内、例えば川内原子力発電所に設置して水素を作り、これを九州の工業地帯に回すようにすれば、原子力発電と水素製造で雇用は増えます。付加価値が高く雇用が望めるような新しい産業を1日も早く誘致して、収入を確保することで地域経済が活性化し、人口減を食い止められるのではないかと思います。
原子炉と聞くと不安の声も上がりますが、温暖化対策という予測可能なリスクへの対応の一つとして、ビル・ゲイツは私財を投じてSMRの会社を作っています。ゲイツのSMRは電源喪失時でも自然対流で冷却される設計で過酷事故の可能性がほとんどないとされています。原子力のメリットは目に見えません。例えばペットボトルや農薬など使うメリットが目に見える化学製品は、死者が出るような大事故が起きた後でも生産を止めることがないのに対して、原子力発電は安定的な電力価格をもたらし自給率も向上させCO2排出がないというメリットが目に見えないために、費用対効果への理解が薄いように思います。
リスクは再エネにもあるのです。温暖化対策で石炭火力を減少させ風力を増やしてきたヨーロッパでは、今年上期に風量不足で十分に発電できず天然ガス火力の発電量が増え、天然ガスの4割を輸出しているロシアが輸出量を絞ったために天然ガス価格が高騰し、電気料金が高騰しています。また再エネ導入を推進している米カリフォルニア州では、昨年8月、日没後も熱波が続き電気使用量が落ちなかったため、停電しました。太陽光発電が盛んな九州においても、冬場太陽光発電量が減った夕方に需要のピークがあるため、安定供給に問題が生じる可能性があります。電気料金の抑制と安定供給を両立させるには非常に努力が必要と思います。
石窪氏から「再エネ賦課金は今後どのくらい上がるのか。再エネ導入時は月額コーヒー1杯程度の値段でできると聞いていたが、説明不足だったのではないか」という問いに対し、山本氏は「このまま導入が進むと現在の2倍程度に賦課金が跳ね上がる可能性があり、やがて税金投入で電気代高騰を抑制することも必要になるかもしれない。導入時の政権は確固たる見通しなく再エネ政策を始めたので、ある意味、国民を騙していたとも言える」と答えられました。
また「新聞によって電源別発電コストの書き方が違うがどうとらえたらいいのか」という問いには、「各社の主張に合わせた原稿が掲載されているわけだから、一紙だけを信じない方がいいだろう。ただし再エネ推進により停電リスクが高まると同時にコスト負担も増えるのは確かだ」と説明されました。
「明るい未来志向のように聞こえる2050年カーボンニュートラルだが、日本ではどう進めるべきなのか」という問いには、「アメリカや欧州と社会と経済情勢が全く異なるのだから、日本に適した進め方をすべき。現に韓国は再エネ導入目標は日本をはじめ他国より低く設定し、石炭火力や原子力利用も選択肢に入れている。日本は温暖化対策だけではなく安定供給や経済性も考慮しなければ持続可能な社会にならない」と答えられました。
また会場からカーボンニュートラルの説明を求められ、「2050年には化石燃料は基本的に使わないという目標で、もし使うならその分を森林吸収や、CO2を吸収して地中に埋める技術(CCS)を使うことになる。またエネルギーの技術開発は非常に時間がかかると考えられる。エジソンが電気を作ってから電気の作り方は基本的に変わっていない。今ある技術でCO2を出さないようにする工夫が先決でイノベーションに期待をかけ過ぎるのは間違いだ」と答えられました。
そして「CO2削減のためとはいえ、太陽光パネルを増やすため森林を削るのは矛盾しているし、災害も増える。今後の国の方向性はどうなのか」という問いに対しては、「2030年に太陽光発電量をほぼ2倍にするならば山の斜面、ビル・住宅しか残されていないが、最近は土砂災害の可能性から地元での反対もでている。国土交通省は、住宅新築でパネル設置の強制化を考えているようだが、仮に補助金が出ても家計に余裕のある人しか住宅を購入できなくなる。また来年、脱原発するドイツは、CO2を出さない電源が再エネだけになると水素を作るための発電量が足りないことが判明し、周辺国から輸入する考えだが、ロシアからの天然ガス輸入問題と同じエネルギーの他国への依存が続くことになる。平地が多いドイツでさえ大変なのに、山が多い日本での再エネ大量導入は問題が多い」と答えられました。
常葉大学名誉教授/NPO法人国際環境経済研究所副理事長兼所長
1951年香川県生まれ。京都大学卒業後、住友商事入社。石炭部副部長、地球環境部長などを経て、2008年、プール学院大学(現桃山学院教育大学)国際文化学部教授に。その後、富士常葉大学(現常葉大学)経営学部教授を経て21年4月から名誉教授。経済産業省「国際貢献定量化及びJCM実現可能性調査選定委員会」委員、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「技術委員」、「民間主導による低炭素技術普及促進事業(実証前調査)審査委員会」委員、日本商工会議所、東京商工会議所「エネルギー・環境委員会」学識委員、などをつとめる一方、各種のメディアで積極的に執筆や発言を行い、『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社新書)、『夢で語るな 日本のエネルギー』(鈴木光司氏との共著、マネジメント社)、『激論&直言日本のエネルギー』(共著、日経BP社)など著書も多数。