新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けた世界や日本の経済は今後どうなるのでしょうか。カーボンニュートラル政策の動向やエネルギー事情、そして私たちの暮らしの将来的なリスクなどについて、門倉貴史氏(エコノミスト・BRICs経済研究所代表)に経済的な側面から詳しくお話を伺いました。
コロナ感染症の影響を受けた世界経済を見ると、昨年の経済成長率は先進国で軒並み大幅なマイナス成長、日本は4.6%のマイナス成長で、世界全体の平均はマイナス3.1%と、1929年の世界大恐慌以来と言われるほどです。2008年のリーマンショックでは、アメリカを中心とした先進国のマイナス成長を、好調な新興国が下支えしていました。ところが今回は医療の質・量とも劣っている新興国の方がダメージが大きく、成長の受け皿になる国がどこにも見当たらなかったのです。2021年当初は、有効なワクチン開発と普及により世界経済はV字型の回復をすると楽観的な見方をしていたのですが、実際はワクチン普及の遅れからU字型回復になっており、アメリカや日本では、非接触型でコロナの影響を受けにくいIT関連の産業は好調に業績を伸ばす一方、接触型で影響を受けやすい宿泊、飲食などのサービス業は低迷が続くという二極化により、K字型回復が顕著です。2022年になればいよいよ世界経済の正常化が進みV字型回復が見込まれています。
日本では10月に入ってから行動制限が緩和され、経済の正常化が進みつつあります。ワクチン接種による予防とともに、来年には経口治療薬が本格的に普及し、感染しても重症化を防げるようになれば、経済はおそらくコロナショック以前の水準まで戻ると考えられています。しかし雇用は景気に遅れて回復する傾向があり、厚生労働省の集計によると、今年10月末現在で全国でコロナ関連の解雇・雇い止めは約11万9,000人に達しています。失業率は9月時点で2.8%と国際的には低い数字ですが、雇用助成金を受け企業により休業扱いになっているだけの潜在的失業者が多く、もしもこのままサービス業を中心に企業の廃業や倒産が増加すれば、年末までに失業率が4.2%まで上昇するかもしれません。
景気対策として昨年度の安倍政権時には2回の補正予算の合計は事業規模で225兆円でしたが、政府の財政支出としては真水で58兆円規模、また菅内閣でも第3次補正予算で事業規模73.6兆円で、このうち財政支出は真水で40兆円規模にとどまり、今年度も岸田新内閣は30兆円規模の補正予算編成を進めています。日本の財政は他国と比べ赤字額が膨大で、政府が抱える借金も1,000兆円を超え、GDPの2倍の規模に達しています。コロナ収束後を見据えると、財政再建を考えている政府としては増税などを具体的に検討するのではないかと思われます。
2022年の日本経済を占う上で、コロナ収束は望めるとしても、ほかに大きなリスク要因が2つあります。一つ目は中国経済です。中国では不動産価格が高騰し続け、政府は警戒感により金融機関から不動産関連会社への融資を規制強化しています。その結果、資金繰りに行き詰まる不動産会社が続出し、業績悪化で不動産価格が下がり続け、最終的に不動産バブル崩壊が見えています。融資していた金融業者も不良債権を抱えて業績が悪化すれば、かつてのバブル崩壊後の日本経済のように中国の景気が長期に渡って低迷し、世界の金融市場に悪影響を与えるリスクがあります。
2つ目のリスクは、資源価格高騰です。先進国ではワクチン接種が進み、行動制限の解除により経済の正常化が急速に進んでいますが、それに伴い原材料やエネルギー需要が急拡大しており、一方で、供給が需要の拡大ペースほど急速に高まらず、製造業を中心に原材料やエネルギーが不足、また価格の高騰で生産活動にかなりの制約が出ています。今一番問題になっているのは、あらゆる電化製品そして自動車に使われている半導体が世界規模で不足していることによる減産です。
エネルギー価格を見ると、化石燃料のうち原油価格は、コロナショックが発生した2020年頃には経済活動がストップし原油価格が急落したものの、2021年に先進国を中心に経済活動が盛り返してくると、原油需要が急拡大しました。ところが供給側のOPECプラスなど原油生産国は増産を見送り、需給バランスが逼迫化、それに伴い価格が高騰するようになりました。今年の冬はラニーニャ現象の影響で北半球は寒くなる予測が出ているので、暖房需要が高まり、エネルギーの供給がより逼迫したり、来年にかけては1バレル100ドルを超えるまで価格が上昇する可能性があります。
そもそも化石燃料価格は、短期的な景気の波の影響を受ける以上に、中長期的なトレンドとして一貫して上昇する可能性が高くなっています。その原因は、先進国では省エネが進み原油消費量は頭打ちですが、急速な工業化や自動車の普及が進む中国、インドといった有力新興国における原油消費量が急拡大しているからです。短期的にはコロナでダメージを受け経済活動も停滞していても中長期に渡る高成長の可能性から、原油のみならず天然ガス、石炭など化石燃料全般で大きく需要が伸び価格上昇を引き起こす傾向にあると言えます。
一方で化石燃料の需要増による温室効果ガス増加は環境面に大きな負荷をかけ、世界各国はカーボンニュートラル、脱炭素化を目指すための様々なエネルギー政策を打ち出しています。アメリカでは、昨年トランプ政権がバイデン政権に変わり、180度エネルギー政策が転換されました。トランプ政権時は、化石燃料の生産を増やし、国内で消費を賄うのみならず世界に輸出していくエネルギー戦略を描いていました。2000年代の技術革新によりシェールガス、シェールオイルの産出量が増加し、その上、従来型の化石燃料より安価であるため、企業はコスト削減で業績が伸び、「シェール革命」と呼ばれるようになりました。2017年には、サウジアラビア、ロシアという世界の原油生産国のトップの座を、アメリカが奪いました。ところがバイデン政権になると、化石燃料の消費と生産を減らしていく真逆の政策を打ち出し、2050年までのカーボンニュートラル政策に変わり、再エネや原子力の割合を高める戦略に大きく舵を切りました。
また中国は、これまで石炭火力発電が主流でしたが、温室効果ガス排出が多く、北京や上海ではPM2.5の問題も深刻化しているため、今後は化石燃料の割合を引き下げる戦略として、2060年のカーボンニュートラル実現目標を掲げています。と同時に原子力大国を目指す中国は、2018年に稼働中の原子力発電所数が日本を抜いてアメリカ、フランスに次ぐ世界3位になっており、建設中・計画中の原子力発電所の数は、2030年にはアメリカを抜いて世界一の原子力大国になると予測されています。一方、2050年までにカーボンニュートラルを目指すヨーロッパでは、どちらかというと再エネに注力しており、ドイツの風力発電の生産量・消費量は2010年代に入ってから急激に伸びています。
このように世界各国が化石燃料からの脱却を目指しているものの、温室効果ガス排出削減が思うように進まなければ、世界の平均気温は上昇し続け、食料にも影響が及ぶ可能性があります。現在世界平均では100年あたり約0.73℃のペースで上昇していますが、日本は1.26℃と世界平均より早いペースで気温上昇が進んでいます。このまま気温上昇が続くと、日本の米は収穫量が大幅に減少するほか、品質低下の可能性もあり、みかんなど果物の安定生産も困難になってくると予測されています。また現在、世界人口は78億人ですが、今後早い段階で100億人を突破し、気温上昇により食糧生産が困難になってくると、人口増加のスピードに食糧生産が追いつかず、需給バランスが崩れて価格が大幅に上がる可能性があります。そのため国連は早い段階から、エネルギー、環境への負荷が少ない昆虫食を推奨しているほどです。
さて最近のエネルギー価格が家計に与えている影響といえば、コロナ禍でステイホームの時間が増え、エネルギー需給逼迫による電気代上昇もあって、節約意識を強める傾向にあります。電気代は2012年からほぼ上昇し続けており、その理由は、東日本大震災で福島第一原子力発電所の事故の影響から全国の原子力発電所が一時稼働停止したことにより、火力発電に依存し天然ガスの輸入が急増、そのコストが一般家庭の電気代に転嫁されているからです。テレワークの普及で残業代がつかず、賃金も伸び悩む家庭の負担はかなり重いと考えられます。
コロナ収束後も、大方のエコノミスト、経済学者は、中長期の日本経済は厳しい状況になるという考えで一致しています。足かせになっているのは高齢化の急進で、医療、介護の支出増による財政赤字が進み、借金が雪だるま式に増えていく予想です。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、日本人の平均寿命は、2065年には男性84.95歳、女性91.35歳になるといわれています。健康で100歳まで生きられるとしたら望ましい社会に見えるでしょうが、個人レベルで考えると長生きにはリスクがあります。60歳で会社を退職、仮に90歳の寿命の場合、夫婦に必要な蓄えは約2,660万円ですが、この数字には政府の年金財政悪化で、将来的に年金が減額になる可能性は考慮されていません。年金に対する不安は、最近では若い世代の消費にも悪影響を及ぼし、車に関心がない10〜20代の若者が増えて、国内の自動車販売台数が年間500万台前後とかなり低い水準で推移しています。若い世代は自分が退職する頃には年金支給開始年齢が65歳から75歳まで一気に引き上げられたり、年金支給額が4割くらい減額されるのではないかと恐れ、刹那的な消費にお金を回さなくなっています。
2019年度の国民1人あたりの医療費は、75歳未満で22万6000円、75歳以上になると4.2倍の95万2000円です。医療費の総額をみると1985年には16兆円規模でしたが、2020年に42.2兆円にまで膨らみ、厚労省は2025年には53.3兆円まで膨らむと予測しています。一方、医療費の自己負担は75歳以上がほぼ1割負担と現役世代に比べて少ないので、国民健康保険制度を維持するために、健康保険料や自己負担の引き上げが考えられます。また介護保険についてはより深刻な状況にあり、団塊の世代が75歳に達する「2025年問題」では、75歳を超えてからの介護給付が一気に増加するため、介護保険制度が破綻するのではないかという懸念があるのです。従って介護保険制度を中長期で維持していくために、介護保険料と自己負担の引き上げが避けられないと考えれば、ゆとりある老後を支えるには、介護・病気のための備えを増やし1億円近くの金融資産が必要ですが、現実問題として不可能に近いと言えます。
退職後に安定した収入を確保するためには、退職する前から徹底した節約、本業の収入アップ、副業・起業などの方法がありますが、一番確実な方法は投資による資産運用です。ご自身が取れる範囲でリスクを取りながら、「財産3分法」と言われているように、不動産、債券、株式という3つを柱として様々な金融、投資商品に分散し、しかもできるだけ中長期にわたり運用していくことがリスクを最小限に抑えて最大限のリターンを得ることになると思います。
リスク分散という考え方は、日本のエネルギー政策にも当てはまります。化石燃料、再エネ、原子力の3種のエネルギーの中で、これまでは化石燃料に頼ってきましたが、新興国での需要増加に伴い価格上昇の可能性とともに、環境面への負荷も大きいため、今後は化石燃料への依存度を下げていく必要があります。ただし再エネは、固定価格買取制度により使用電力量に応じて賦課金を負担しなければならず、導入当初の2012年度は標準世帯で月66円でしたが、2021年度は月1,008円に上り、今後も上昇する可能性が高いと予測されています。そのため日本のエネルギー政策を考えるに当たっては、電気料金と環境への配慮をうまく両立できる最適なエネルギーミックスの割合を考えることが非常に重要になってきます。
日本は世界と同様に脱炭素社会の実現を目指し、2050年カーボンニュートラル目標を打ち出しています。「グリーン成長戦略」は、技術革新や投資増加など成長機会としてとらえ、経産省では、2030年の経済効果は年間90兆円に上り、2050年には150兆円にまで膨らむと考えています。そして順調に進めば、2020年の電源構成が化石燃料による火力発電74.9%、再エネ20.8%、原子力発電4.3%だったのに対し、2050年には、再エネ50~60%、水力・アンモニア発電10%、原子力+CO2回収前提の火力30~40%になります。一方、自動車については、2030年代半ばまでに新車販売台数の全てを電気自動車(EV)、水素を使った燃料電池車(FCV)、ハイブリッド車(HV)という電動車に換える目標を立てていますが、普及のカギを握るのは価格の引き下げです。200万円以下にならなければ買い換えないという声が7割を占めている現在、普及のためには価格の大幅な引き下げや購入補助金などの政策を行う必要があります。
エコノミスト・BRICs経済研究所代表
1971年神奈川県生まれ。95年慶応義塾大学経済学部卒業、同年銀行系シンクタンク入社。99年日本経済研究センター出向、2000年シンガポールの東南アジア研究所出向。02年から05年まで生保系シンクタンク経済調査部主任エコノミストを経て、現在はBRICKs経済研究所代表。同研究所の活動とあわせて、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」はじめ各種メディアへの出演、雑誌・WEBでの連載や各種の講演も多数行なっている。著書:『増税なしで財政再建するたった一つの方法』(角川書店)、『不倫経済学』(KKベストセラーズ)など多数。