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特集

エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

東京都下水道局(旧三河島汚水処分場ポンプ場施設&南砂雨水調整池&砂町水再生センター)見学レポート
安全でクリーンな都民の生活を守る縁の下の力持ち
 

身近にありながら普段あまり意識することのない下水道。その下水処理は一体どのように行われているのでしょうか。江戸時代から今日に至るまで人口が増加し続ける巨大都市東京で、暮らしを清潔に保ってくれているだけでなく、進化し続ける機能を持った下水道施設を、2019年11月20日、神津カンナETT代表が見学させていただきました。今回、見学したのは、「重要文化財(建造物)旧三河島汚水処分場喞筒(ポンプ)場施設(荒川区)」、「南砂雨水調整池(江東区)」、「砂町水再生センター(江東区)」です。

わが国初の近代下水処理場の美しい遺構

最初に訪れたのは、荒川区にある三河島水再生センター。東京ドーム4個強の面積の敷地内には、わが国最初の近代下水処理場、重要文化財(建造物)旧三河島汚水処分場喞筒(ポンプ)場施設があります。ポンプ場とは、地下深くに流入してきた下水を地上にある水処理施設に送り込むためにポンプで吸い上げる施設です。大正11年(1922)の設立から平成11年(1999)に引退するまで80年近く使用され、平成19年(2007)には下水道分野の遺構で初めて国の重要文化財(建造物)に指定されています。 

東京の近代下水道の歴史について、見学案内の方にお話を伺いました。コレラなどの伝染病が発生した明治時代に衛生のため汚水処理施設の設置が必要とされ、明治22年(1889)に提出された「東京市下水設計第一報告書」で三河島地区が候補に上がりました。そして明治40年(1907)の「東京市下水改良設計調査報告書」では3つの処分場計画が提示され、翌年認可。明治44年(1911)に東京市下水改良設計事務所が設置されるや、日本橋を設計し、後に東京市下水課長になる設計技師の米元晋一氏は、9か月かけて欧米各地を視察しています。ところが江戸時代以来、し尿は汲み取られて農村で肥料として利用されてきたため反対運動が起き、また土地買収問題もありましたが、ようやく大正3年(1914)に建設を開始しました。大正11年(1922)に稼働した翌年に起こった関東大震災の時も軽微な被害で済んだという堅固な施設です。

ビデオで見せていただいた下水道設備の仕組みや建物の解説を参考にしながら見学に向かいました。旧ポンプ場施設の入り口にある二つの小さな建物、「入口阻水扉室上屋」(いりぐちそすいひしつうわや)の地下にはメンテナンスなどにより一時的に下水を止める扉があります。その先にあるのが下水中の土砂を沈殿させて取り除く「沈砂池」(ちんさち)。中間阻水扉室の階段を下りていくと、地下のポンプ井に接続した暗渠が見えてきました。東西に分かれた水はここで合流し、阻水扉を通ってポンプ井に流した後、地上に吸い上げたそうです。導水渠のアーチになった床面はれんがが敷き詰められていました。

地上に出て見えたポンプ室は、優美でクラシックな外観。垂直線、水平線を用いた左右対称のスタイルは、当時日本に紹介されたセセッション様式の影響が見られ、使用しているれんがタイルも当時の東京駅と同じものだそうです。中に入ると、屋根は鉄骨のトラス構造で支えており、天井が高く明かり取りの窓が多いため陽射しが入る空間が広がっていて、10台のポンプが並んでいました。また2階には、ポンプ場の計画期からの歴史年表や写真など貴重な資料があり、マンホールカードで人気が高いマンホールの貴重な現物なども別の場所に展示されていました。敷地内にはほかにも、下水から取り除いた土砂やゴミを積んだトロッコを坂の上まで引き上げる機械を設置していた「土運車引揚装置(インクライン)用電動機室」や、水量が少なくても流れやすいように下部が細い卵形の下水管の遺構もあり、明治から大正にかけての技術の結集を見ることができました。

大量の雨を緊急貯留する巨大な地下施設

次は江東区に移動し、砂町水再生センターを訪れました。最初に向かったのが南砂雨水調整池。砂町地区は隅田川と荒川に囲まれたデルタ地帯で浸水被害に苦しめられた経験があるため、500haにも及ぶ地域の雨水による内水被害軽減化のため作られた調整池です。基本的に雨水は下水管を通して砂町水再生センターに送られ処理してから運河に放水しますが、それでは間に合わないほどの大量の雨の場合、25mプール80杯分=25,000m3をこの調整池で貯留できると伺いました。23区内には雨を貯めるためだけの調整池が57施設あり、合計で60万m3も貯留できると聞いて、頼もしさを感じました。 


■処理地区(図)


階段で約20メートル下まで降りていくと、巨大な空間が現れ、ここにこれほど多くの雨水がたまるのかと驚かされます。道路上のゴミなども一緒に入ってくる水は一度フラッシュ水槽にためておいて、晴天になったら一気に流しきれいにしてからポンプでくみ上げ水再生センターに送ります。雨水なのであまり匂いはしませんが、活性炭の脱臭ダクトも使用しています。見学に訪れた時はドライな状態になっていましたが、にじみ出た地下水や結露により、壁のコンクリートは少し湿り気を帯びていました。天井の高さは10m以上あり、年に一、二度必ず使用される時に備えた強固な作りになっています。地上へ戻ると、この調整池の上部を有効活用した集合住宅など公共施設が立ち並んでいます。商業施設も整った地区は、地下鉄東西線南砂町駅前の一等地のため人気が高いそうです。 

汚水処理の過程で生まれるエネルギー

砂町水再生センターは、敷地面積が東京ドーム18個分と都内で最も広く、墨田区、江東区のほか、中央・港・品川・足立・江戸川区の一部という広大な区域(23区の10%に相当)から発生する下水を処理しており、1日の下水処理能力は、25mプール2,200杯分の65万8,000m3。はじめに職員の方から、下水処理の流れを説明していただきました。4つの大きな仕組みになっており、下水道からこのセンターに流入すると初めに入るのが沈砂地。大きなゴミを取り除き土砂類は沈降させてからポンプで吸い上げて取り除きます。2番目は第一沈殿池。汚水を2〜3時間かけて流すと、水の中の細かい浮遊物が沈殿し分離します。池底の汚泥は後でかきよせられ、汚泥ポンプで汚泥処理施設に圧送し処理されます。3番目の反応槽では、微生物を含んだ活性汚泥を加えて空気を吹き込みながら標準で6〜8時間攪拌すると微生物が下水の汚れ(有機物)を分解して水がきれいになり、沈みやすい塊ができます。4番目の第二沈殿池では、反応槽でできた活性汚泥の塊を3〜4時間かけて沈殿させ、上澄みのきれいな水は処理水になり、沈殿した活性汚泥の一部は反応槽に返送して再利用、残りは余剰汚泥として汚泥処理施設に送ります。 


■下水処理の流れ(図)


最初に見学したのは反応槽。1日に120,000m3もの処理能力があり、新しい方式のステップA2O槽(酸素がない嫌気槽+結合酸素だけの無酸素水槽+空気を吹き込む好気槽の組み合わせ)を採用し、攪拌を12時間程度行うことで、従来の方式に比べて窒素とリンをより多く除去できるようになり、水質汚濁にかかわる環境基準BODの数値が1/100にまで下がりほとんど透明になっている水を見せてもらいました。反応槽は微生物の自然発生による浄化作用ができ、効率的で安定している上にコストがかかりにくいというメリットがあると伺いました。次の第二沈殿池で、一段と透明度が上がった処理水を見せていただき、この後に次亜塩素酸ソーダで殺菌してから運河に放水します。 

第一沈殿池で生じた汚泥と、第二沈殿池で余った汚泥は、敷地内の汚泥処理施設と東部スラッジプラントに送られて処分します。都心部にある水再生センターには汚泥処理施設を併設していないものもあるため、現在、都内の5つのセンター分もここでまとめて処理をしています。汚泥はほとんどが水分なため、第一段階濃縮機で水分を抜いて濃縮させ1/3に、次に脱水機でさらに脱水して1/25に、最終的に焼却灰にすると、容積が1/400〜1/500にまで減ります。灰のサンプルを見せてもらうと、空気中の鉄分を含んだせいか赤くサラサラしたものでした。6割はセメント材料として再利用されますが、4割は最終処分場に運んで湿潤させてから埋めます。運河を挟んだセンターのちょうど対岸には、昭和期に東京のゴミ埋め立て場だった夢の島が見え、汚泥の減容化により、埋立地の延命化を図る重要性を肌で感じました。さらに汚泥処理の過程では資源再利用も行われています。大量の熱エネルギー(焼却炉から出る約850℃の排ガス熱)をボイラーで回収して蒸気を発生させ、蒸気タービン発電機へ供給し発電を行う廃熱回収蒸気発電設備(2,500kW)により、汚泥焼却設備で使用する電力の約40%を賄っているそうです。 

砂町水再生センター内の中央監視室では下水道施設の遠方監視制御をしており、ここのほかにも22か所のセンター・ポンプ所を7人で1組、4グループ構成で、24時間365日画面で監視し異変をすぐに感知できるようにしています。ただ「メーカーが統一されていない機器を使用しているので、職員はそれぞれの特徴をつかんで緊急時には迅速に対応しなければなりません」とのことでした。また施設では莫大な電力を使用しているため、もしもの時の非常用発電設備も必要です。非常時のガスタービン電源は出力20,000kWが2台あり、今回、非稼動状態だったのでタービンを覆う防音ケースの中に入らせていただきましたが、ジェットエンジンを使用し、コンパクトながらセンター全部を晴天時で3日間程度は賄うことができる優れものです。「上水道は水を止めることもできる【送り手】ですが、下水道は【受け手】なので、一度、停電で止まってしまうと機器を動かすまでに時間がかかり、3分の集中豪雨でさえ致命的になる可能性があります。雷注意報発令など停電リスクが高まると、即座に対応できるように、発電機を待機させます」とのこと。またセンター内各所の指令は、諸先輩の経験値を活かして判断しているというお話に、機械任せではなく人間の熟練した技の必要性を痛感しました。    

また、廃熱を利用した地域冷暖房の活用について東京下水道エネルギー株式会社の担当者の方にお話を伺い見学しました。「新砂三丁目地区地域冷暖房事業」は、砂町水再生センターの汚水処理施設で浄化された再生水(処理水)と東部スラッジプラントの高温の汚泥焼却廃熱(洗煙水)のエネルギーを冷温熱に変えて、南砂町駅の南にある高齢者医療センター、老人ホームや障害者ケアセンターなどに供給するシステムです。ガス吸収冷温水機で、蒸発気化しやすい冷媒(水)と、冷媒蒸気を吸着させるため吸収剤(臭化リチウム)の化学的性質を利用しており、個別の熱源システムに比べると50%近くエネルギーを削減でき、捨てるものからつくられたエネルギーも無駄にせず有効活用する優れたシステムだと感じました。   

体験学習と技術継承が生む世界トップレベルの下水道処理    

東京都下水道局職員の皆さんは、水質管理や電気、土木などさまざまな職種の集団で、それぞれの熟練者等から実習、研修やOJTを通して知識や技術を習得しています。平成25年(2013)に開設された下水道技術実習センターでは、現場の施設を可能な限り再現して体で感じ取って学ぶことで人材の育成と技術の継承に取り組んでいます。このセンターでは、33の実習施設を配置しており、運転シミュレーション装置ではポンプ施設の運転操作、故障対応などの訓練ができます。高電圧機器を扱ったり、ひとたび雨が降ると流される危険がある水の中を歩いて作業するなど命にかかわることも多い現場ですから、確実な停電作業や、降雨時の作業中止等の正しい手順をトレーニングし、危機管理能力の強化により現場における安全で適正な業務を可能にしています。また東京都区部は約80%の区域が汚水と雨水が同じ管で流れる合流式のため、ゴミをブロックして水だけを海や川へ流せるシンプルな装置である「水面制御装置」も見せてもらいました。この装置は動力が不要でコストも低く抑えられるメリットがあるため、東京都区部にある海や川への放流口約730か所のほぼすべてに取り付けが完了したそうです。

最後に神津代表が日本の下水道設備の世界的なレベルについて質問すると、職員の方は「日本の下水道技術はトップレベルと自負したいですね」と答えられました。さらに「下水道の大切さを知っていただくためにも、下水の処理施設を『見せる化』するなど広報の重要性を感じています」とも。旅行会社と組んだ見学ツアーを開催したり、増加するアジア地域からの視察ではさまざまな技術について助言もしているそうです。衛生のための汚水処理から、大雨などによる浸水被害の防止、自然環境の保護、さらにはリサイクルやエネルギー利用など、下水を再生する施設の知らなかった機能を学ぶことができた貴重な体験になりました。   

視察を終えて

今はすべてのものが見えない形で私たちの生活を支えている。白鳥のように水かきがあるからこそ、私たちは当たり前のようにスイスイと湖面を進んでいるのに、水かきがどれだけ、どんなふうに働いているのか、見えなくなってしまっている。電気、ガス、石油はもちろんのこと、上下水道もである。いったい首都・東京はどう守られているのか。私は下水道の側面から見ることにした。資料で渡された「東京下水道ガイド2019(区部)」の裏には、東京都区部の地図があり、既設、計画中を含む下水道網や設備が克明に記されている。日々排出される私たちの生活水は、地下に張り巡らされた下水道管を経て処理場に送られ、きれいにされていることがよくわかる。悪天候時のさまざまな浸水対策もなされており、私たちの見えないところでは、まさに多くの水かきが動いているのである。重要文化財となっている我が国最初の近代下水処理場では、今の暮らしが昔からそうであったのではなく、歴史の中で育まれてきたものなのだと痛感し、南砂にある巨大な雨水調整池では、いざというときに備えるため、さまざまな手立てが講じられていることを知った。そして砂町の水再生センターでは、下水の汚れを分解するために、つりがね虫、イタチ虫、くま虫などの微生物が活躍していることを初めて知り、どんなに世の中が進歩しても、人の営みを支える根底に生物がいることに感銘を受けた。私たち人間の暮らしを支えているのは、科学技術と、そして小さな生きものなのである。

神津 カンナ

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