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平山廉氏インタビュー恐竜は滅び、カメはなぜ生き延びてこられたのか

古生物学者の平山廉氏はカメ研究の第一人者で、約40年の間に20種の新種の化石を発見し、2.4億年もの長い歴史を生き延びてきたカメの進化について研究されています。教授を務められている早稲田大学の研究室にて、世界最古のウミガメをはじめとする貴重な化石の数々を見せていただきながら、神津カンナ氏(ETT代表)がお話をお伺いしました。



逃げず、戦わず、「省エネ」体質に進化

神津 平山さんが研究対象にカメを選んだ理由から教えていただけますか。

平山 慶応義塾大学の経済学部に進んだものの、授業に興味が持てなくて…。そんな折、子どもの頃に『原色 前世紀の生物』(岩崎書店)を買ってもらって三葉虫やアンモナイト、恐竜の虜になり、「化石や昔の生き物の研究ができればいいな」と夢見ていたことを思い出したのです。

神津 文系から理系に転向するのはたいへんだったでしょう?

平山 当時、古生物の分野で大学院まであるのは京都大学の理学部しかなかったので、大学卒業後、京都に引っ越して聴講生として2年間通い、猛勉強して大学院の試験を受けました。

神津 お父さま(平山郁夫氏/日本画家)からは何も言われなかったのですか?

平山 「やりたいことを応援してやる」という感じでしたね。聴講生の時、研究室にカメの化石があって、先輩から「日本ではカメの研究をしている人がいないからやればいい」と勧められ、大学院に入った時にはカメの研究をしようと決めていました。

神津 国内外でカメの化石の研究者は少ないのですか?

平山 日本では僕が初代で、弟子が3人程います。世界各地で毎年開催される「カメの進化に関する国際シンポジウム」にはカメの研究者が30〜40名集まりますが、世界では50名位でしょうか。

神津 カメと恐竜は白亜紀という同じ時代を生きていたそうですが、残念ながら恐竜の方が人気がありますよね?

平山  恐竜の研究者は世界に何千人といます。アメリカで開かれる脊椎動物の学会の発表でも約1,000件のうち恐竜については約600件、カメについては多くて30〜40件です。

神津 カメを研究するおもしろさはどういうところにありますか?

平山 研究対象が今も生きていることです。恐竜は何を食べてどう動いたかなど、イメージはできても実際に見られないので断定が難しいというハンデがあります。カメは今も約300種、いろいろな形のものが生きています。絶滅種も多いのですが、今生きている種類と似ている部分を探して、食べていたものや暮らしていた環境など、かなり確信を持ってシミュレーションできるのです。

神津 平山さんの説によると、2億3,000万年程前、陸上の脊椎動物はだいたい3つの方法で進化していったそうですね。1つ目は恐竜のように大型化したもの、2つ目はほ乳類のように小型化して知能を発達させたもの、3つ目のカメはそのどちらでもない進化を遂げたということですが?

平山 カメはなるべくエネルギーの消耗を避け、食べるものも少なく、1カ月に1食の絶食もできる「省エネ」体質に進化したため、約2億年前から生き延びてこられたのです。人間の歴史はせいぜい20万年前です。

神津 うーん、やはりカメは人間の大先輩だ。でも、はたしてカメは今までにどの位、進化したのでしょうか?

平山 カメの甲羅は我々の背骨と肋骨が融合したようなもので、甲羅ができた時点で「カメ」と呼べる脊椎動物になるのですが、ドイツや中国で見つかった2億4,000万年位前の一番初期のカメの甲羅は肋骨が隙間だらけで、今のようにしっかりしたものではありません。一方、沖縄にもいるハコガメは、頭、しっぽ、手足を引っ込めて完璧な防御ができる甲羅になっています。

神津 カメの甲羅も省エネ体質も、防御のために進化したのですね。

平山 カメは襲われた時に逃げたり戦ったりしないので、甲羅の中に入って相手があきらめていなくなるのをひたすら待っているわけです。

神津 「鶴は千年、亀は万年」と、よく縁起の良いことわざに使われますが、実際にカメは長生きなのでしょうか?

平山 200年という記録もありますが、カメの寿命は一般的に50年と言われています。僕が飼っている中で一番長いのは31年になります。

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神津 カメの新種の定義は何ですか?

平山 「今まで報告、確認されたどのカメとも違う」が定義なので、大きさや甲羅の模様など、具体的にどこが違うのか説明でき、カメの研究者の間で認められれば新種になります。研究者が少ないので、私も20種、カメの化石の新種を発見しています。実は新種として報告しなければならない化石がまだ10種位あるのですが、原稿を書くのが遅くて…。

神津 そんなにあるのですか! 植物学者の塚谷裕一さんが、新種を見つける時に重要なのは「違和感」とおっしゃっていましたが、平山さんの場合はいかがですか?

平山 やはり知識と経験に基づく「違和感」ですね。今、生きているカメは300種位、絶滅したカメは1,000種位ありますが、一応頭に入っているので、今まで報告されていない種類なら新種だとわかります。この研究室にも2,000点位の化石を保管していますが、授業に使うのですべて把握していますよ。

神津 平山さんは、石を薬品で溶かして脊椎動物の化石を取り出す方法を、日本で初めて導入されたそうですね。

平山 化石が入っている岩や石の種類にもよりますが、石灰分が多いと、ギ酸や酢酸を薄めたものに浸すと少しずつ溶けていきます。そうやって約3カ月かけて取り出して私が発見した新種のうち、一番値打ちのある化石をお見せしましょう。

神津 イギリスの科学雑誌『ネイチャー』に平山さんの論文が掲載された、世界最古のウミガメの化石ですね。

平山 1億1千万年前、白亜紀前期の新種「サンタナケリス」です。小さいですが手の指も残っています。

神津 ヒレがあるからウミガメだとわかったのですか?

平山 ヒレはまだ小さいのですが、涙腺が発達していました。涙腺は海と陸を行き来し、塩分濃度を調節するために必要なので、こんな時代にブラジルに海に入れるカメがいたのかとビックリして論文に書きました。


カメはどの時代でも環境に即して生き長らえてきた

神津 日本はそれほど大きいとは思わないのですが、多くの場所でカメの化石が発見されていますね。

平山 カメは寒いと住めなくなりますが、日本は黒潮の影響であまり寒くなりません。この研究室には北海道で見つかったウミガメの化石もあります。

神津 2021年には、岩手県久慈市で発見された化石を平山さんが「アドクス・コハク」と命名し、東北初の新種と認められました。カメは体温調節ができないそうですが、北海道や東北にもいたとなると、昔の日本は今より温かかったということですか?

平山 恐竜の時代もそうですし、過去に遡るほど地球は温かかったはずです。温暖化の原因となる炭酸ガスは火山が爆発する時に噴出しますが、水に溶けやすく、海や石灰岩に取り込まれてどんどんなくなっていきます。今では1/5〜1/10に減ったので、平均気温も10℃位下がったはずです。さらに、地球の内部も冷えてきているので、火山活動も落ちてきています。

神津 お話を伺っていると、何百万年単位でものを見ている平山さんと私たちとでは、考えたり感じたりする物差しが違う気がしてきますね。

平山 温室効果ガスが増えると地球温暖化になると問題視されていますが、正直に言って、地球の歴史から見るとたいした問題ではないと思います。地球の平均気温が何℃か上がって低い土地に住めなくなるのは残念ですが、それが原因で人間が滅びることはないですから。

神津 カメのようにずっと生き長らえているものは、環境に即して、少しずつ自分を変化させてきたのですね。

平山 人間以外の野生動物は環境をコントロールしようとはしません。環境が変わったら順応していきますし、順応できないと滅びるだけのことです。人間は前例のない生き物で、約80億人、これだけの数の動物が地球上にいるのはかつてなかったことです。しかもまだ人口増加は止まっていません。100億人になる前に増加が止まるという説もありますが…。

神津 コロナのような感染症も新たに出てくるかもしれませんしね。

平山 野生動物でも数が増えると必ず感染症が出てきます。自然界のバランスから見ると、特定の生き物だけが増えると多様性を減らしてしまいますから。石器時代の人間の平均寿命は25歳位でした。今の「人生100年時代」はある意味異常事態で、人口増加が止まらない中でコロナのような感染症が出てくるのは自然の摂理とも言えます。

神津 恐竜とカメは同じ時代に生きていましたが、恐竜は滅びてカメは生き延びた。その差はどこにあるのでしょうか?

平山 恐竜は環境の変化を受けやすかったから滅びたのだと思います。環境とは自然だけでなく、競争相手や感染症なども含まれます。足跡を見るとほとんどの恐竜は群れで、密になって生活していました。恐竜の時代には鳥もいたので、鳥インフルエンザなども世界中にばらまかれたかもしれません。

神津 恐竜は隕石が落ちたから絶滅したとも聞きますが?

平山 恐竜以外の陸の動物はほとんど生き延びているので隕石は考えられません。カメが生き延びてこられた理由は、エネルギーロスが少ないので環境変化に強いことのほか、ライバルになる動物がいないことも大きいです。カメのライバルはカメで、カメ同士の生存競争で進化してきました。

神津 では、人間も、人間同士の中で進化していくのでしょうか?

平山 人間の中で新種が生まれる可能性はあるかもしれません。もしホモサピエンスから新種が生まれるとすると、アフリカからだと考えられます。進化は遺伝子が多様な所から起きる確率が高く、一番古い人間、原人などは全部アフリカから誕生しているからです。白人やアジア人などは遺伝子的に近く、アフリカから出た枝の一部にすぎません。また、経済力や政治力が厳しいと生存競争が厳しくなるので、先進国より新種が生まれやすい環境と言えるでしょうね。

神津 おもしろいですね。最後に、平山さんの目下の望みを聞かせてください。

平山 僕はあと5年で定年ですが、それ以降も久慈に調査が続けられる体制づくり、具体的には博物館やセンターなどができるといいなと思っています。火山や地震の多い日本で、久慈は地層が柔らかいため熱や圧力を受けず、恐竜の化石やコハクがそのまま残ってすぐに取り出せる、世界でも独特な所なのです。

神津 ますます期待しています。本日はありがとうございました。


対談を終えて

最近私は、一見、エネルギーとは関係のないような分野の先生方に、無性に会いたくなる。それはETTの思い描く「より広く、より深く、より密に」の中の、「より広く」というフィールドに、もっと光を当てたくなるからである。人類の大先輩の植物や動物から、何かを学べないか、何かを掴みとれないかと私は彷徨っているのである。多分それは、私たちが今、エネルギー問題だけではなく、さまざまな部分で、人類として大きな転換期に差し掛かっているから、模索したくなっているからかもしれない。
カメを研究している人がいるんだ!とびっくりしたのが平山先生との出会いだった。同じ時期に誕生したというのに、恐竜にはたくさんの研究家がいるのに、カメの研究家は驚くほど少ない。植物にしても動物にしても、人気と不人気はあるし、脚光を浴びるジャンルとそうでないジャンルがあるという、当たり前のことを、あらためて思い知らされた気がした。そして同時に、なぜ恐竜は滅びたのにカメは今も生きているのか、とても基本的な問題に首をかしげたのである。もしかしたら、そこに「生き延びる」ということの秘密があるのかもしれないと思った。
平山先生の化石だらけの研究室を訪れ、まるで子どものようにそれらの化石を手にして、お話をする平山先生を見ていると、この能力によって人類は生きてきたのだと理解した。共生という難しい解をとくためにさまざまな「生」があり、それらの不思議な特質によって生態系は保たれている。そのことを痛感した対談だった。

神津 カンナ



平山廉(ひらやま れん)氏プロフィール

古生物学者/早稲田大学教授
1956年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。1989年京都大学大学院地球科学研究科地質学鉱物学専攻博士課程、1989年帝京技術科学大学情報学部講師、1996年帝京平成大学情報学部助教授を経て2004年早稲田大学国際教養学部助教授、2006年〜現在 国際学術院教授(国際教養学部)。専門は化石爬虫類(特にカメ類の進化系統や機能生態学、古生物地理学)。著書:『カメのきた道』(NHK出版)、『最新版!恐竜のすべて』(宝島社)、論文「Oldest known sea turtle(最古のウミガメ)」(Nature誌)ほか。平山郁夫氏(日本画家)の長男。

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