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手嶋龍一氏インタビュー
“プーチンのウクライナ侵攻”から私たちは何を学ぶか

ロシア軍によるウクライナ侵攻は、長期化の様相を見せており、日本のエネルギー安全保障にも影響を及ぼしつつあります。NHKワシントン支局長などを歴任し、国際政局の一線で取材を続け、インテリジェンス戦略に精通する外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一(てしま・りゅういち)氏に神津カンナ氏(ETT代表)が見解をお伺いしました。

圧倒的な不正義の戦いを前に国際社会はいま

神津 ウクライナからの日々のニュースに接しておりますと、そのあまりに悲惨な現実に言葉を失ってしまいます。いま私たちの眼前で起きている事態をどう捉えればいいのでしょうか?

手嶋 私はニュース報道の仕事をウクライナ出身のスタッフと一緒にしているのですが、彼はウクライナ国内の戦場に両親、兄弟を残しているため、実につらい日々を過ごしています。表情があまりに暗く、ご家族をと聞くのもつらいほどです。子供たちの眼前で親たちがロシア軍から暴行を受けている映像が現地から届くと話してくれます。明日は我が家族もと思うといたたまれないようです。これほどの〝圧倒的な不正義の戦い〟を前に、国際社会は、日本は、そして我々は何をなしうるのかと問われています。「プーチンの戦争」を止めるにはどうすべきか――我々は満足な答えを持ちあわせていません。戦後の世界にあって、国際秩序の守護神を自任してきた超大国アメリカも決定的な役割を演じきれずにいます。冷戦の終結後、〝たった一つのスーパー・パワー〟と言われたアメリカにも無力感が漂っています。NATO*の加盟国ではないウクライナには、武器の支援しかかなわず、経済制裁は即効性に乏しく、同盟関係にある日本やNATO諸国からは「バイデンのアメリカ」の対応を不安視する声が聞こえてきます。
*NATO : 北大西洋条約機構。「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」の3つを中核的任務とし、加盟国の領土および国民の防衛を最大の責務としている。現在30カ国が加盟。

神津 プーチンはバイデンが大統領に就任するのを待って、今ならアメリカの武力介入に踏み切れるとウクライナに侵攻したのでしょうか?

手嶋 興味深い問いかけですね。プーチンの意中は明らかではありませんが、トランプ大統領だったらどう出てくるかと慎重になった可能性は捨てきれませんね。トランプの行動は予測可能ですから。超大国アメリカを率いているリーダーがバイデンなら、武力介入はしないと踏んでいた節も見受けられます。

神津 手嶋さんがご専門のインテリジェンス(情報の収集・分析)の視点から見ると、「バイデンのアメリカ」の対応をどうご覧になりますか?

手嶋 これまで私が身近で見てきた歴代の大統領とは異なるタイプのリーダーです。陸・海・空・海兵の最高司令官たる米大統領は、国際危機に際しては、執務机の上には〝あらゆる選択肢〟が載っていると言ってきました。英語ではこれを〝ALL MEANS〟、究極の手段は武力の発動ですから間接的にそう表現するのです。ところが、バイデンは〝武力行使〟という選択肢はないと手の内を明かしてしまった。これでは、プーチンは安んじて侵攻したことでしょう。私はウクライナに武力介入すべしと唆しているのでありません、誤解のなきように。手の内を明かすべきではないと言っているのです。加えてバイデンは情報戦でもミスを犯しています。「ロシア軍がウクライナに侵攻すると確信している」と明言し、米国情報機関のインテリジェンス(極秘情報)を公にしました。そうしてプーチンを牽制しようと考えたのでしょうが、米国がロシアの政権中枢から入手したヒュミント(人的な情報源)を危険にさらす結果になりました。

神津 アメリカは「侵攻があれば経済封鎖で対抗する」と言いましたが、私はもっと秘策があるのでは?と思っていました。NATOはロシアの侵攻直後からもう少し何かできなかったのでしょうか?

手嶋 ウクライナでの戦いが始まるまでは、欧州の安全保障の要、NATOは、トランプの対応もあって、米欧関係は大きく損なわれていました。今回の事態で、ようやくNATOがかつてのような存在感を取り戻しました。しかし、ウクライナで戦争が始まるのを抑止する役割を果たすことはかないませんでした。NATOの大黒柱、ドイツも、エネルギー供給の面でロシアに大きく依存しており、プーチンとしては、NATOは分断できると踏んで侵攻したのでしょう。NATOがこれほど結束したのは、ロシアの侵攻後でした。

神津 アメリカも直接軍隊をウクライナに送れば第三次世界大戦になる、それは避けたいと思ったのですね。

手嶋 アメリカは湾岸戦争以来四半世紀近くも対外戦争をずっと続けてきました。米国内には〝戦争疲れ〟、〝厭戦気分〟が溢れていました。世論調査もそれを物語っています。プーチンも、バイデンも、兵士の遺体が国旗に包まれて祖国に帰って来る光景こそ悪夢です。

神津 今はまだ言えないかもしれませんが、この終結はどういう形になるのでしょうか?

手嶋 ウクライナの戦いが長期戦となり、核戦争の危険が高まることを何より心配しています。そうした情勢下では、西側同盟のリーダーたる米大統領の責務は限りなく重いと言わざるを得ません。キューバの核ミサイル危機(1962年)の決断の瞬間を自らを記録した「ケネディテープ」がそれを物語っています。「キューバを即時空爆すべし」という軍部の強硬論に晒されていたケネディは、困り果ててワシントン政界の長老の教えを乞います。この時、長老に「あなたは核のボタンを押す覚悟はおありか?」と尋ねられます。「それが米国民と欧州の同盟国のためになるなら」と絞り出すように応じます。皮肉にもこの瞬間に核戦争を避ける光が差してきます。ならばと長老は最も穏当な海上封鎖の策を授けたのでした。核を使うという決意がクレムリンを動かし核戦争の危機は静かに遠ざかっていきました。〝核の時代を生きるとは〟という究極のディレンマが比類ない簡潔さで示されています。キューバの核危機は決して過去のものでないことをウクライナの戦いで我々は思い知ったのです。

ウクライナの危機はニッポンの危機でもある自覚を

神津 極東の日本にとっても、核大国のロシアや中国、さらには核開発を着々と進める北朝鮮に取り囲まれているのですから、ある種の覚悟を持たなければといつも思うのですが、そういう空気になりにくいのはなぜでしょうか?

手嶋 安全保障に携わるには一種の想像力が必要なのです。しかし、戦後のニッポンにはそうした感覚がすっぽりと欠け落ちています。アメリカの核の傘にひっそりと身を寄せて経済的な繁栄を謳歌し、苛烈な現実世界と向き合おうとしなかったのです。ウクライナ危機は、日本のクライシスと捉えられないのでしょう。日本の同盟国、アメリカはいま、ウクライナと台湾、二つの危機と対峙しています。「バイデンのアメリカ」は、ウクライナへの対応に追われ、台湾へ睨みを十分に効かすことができずにいます。それゆえ台湾海峡には〝うねり〟が高まり、やがて尖閣諸島や沖縄に及んでくるはずです。李登輝さん(台湾元総統)にお会いした時、「1996年の台湾海峡危機は、かろうじて乗り切ることができたが、次なる危機はあなたがた日本の危機だよ」と言い、これが日本への遺言となりました。

神津 日本は小さな島国で資源もない国ですが、西側の国からすると重要な位置にあると、地球儀を見て感じるんですよね。中国やロシア、皆のターゲットになるでしょうし、日本の立ち回り方がこれから非常に問題になるだろうと思います。

手嶋 おっしゃる通りだと思います。

神津 この前、習近平国家主席が宇宙飛行士を迎えたニュースを見て、「中国はウクライナ侵攻中でも虎視眈々と宇宙へも布石を打っているな」と感じました。

手嶋 とても重要な指摘だと思います。ウクライナの戦いに際して中国は、プーチン寄りの立場を取りつつ、ロシアと同じと見られないよう、微妙なスタンスを取っています。「習近平の中国」は、軍事力も経済力も外交力も兼ね備えているため、最後に調停工作に乗り出してくる可能性があります。中国の調停が成功すれば、習近平はノーベル平和賞の栄誉に輝き、習近平政権の威信は一挙に高まってしまう。そうなれば台湾を平和的に併合するかもしれません。一方で台湾を人民解放軍が武力で侵しても、ウクライナ戦争と同じくアメリカは核戦争の危険を冒したくないと動かないかもしれません。台湾が北京の手に陥ちれば、尖閣諸島、沖縄へと烈風が吹き付けてくるでしょう。フィンランドやスウェーデンもいまやNATOへの加盟に踏み出しました。日本も安全保障を最優先して国の舵取りを考える時代に入ったと思います。

神津 いまや国連、オリンピックと、私たちが平和の拠り所と考えてきたものが形骸化しつつあります。新しい価値観を生み出さないといけないと思うのですが…。

手嶋  「オリンピックこそ平和の祭典であり、政治に塗れさせてはいけない」。日本人は長くそう考えてきました。しかし、プーチンは2008年、北京五輪の開幕時にグルジアへ侵攻、2014年ソチ冬季五輪が終了するとクリミアへ侵攻、そして今度は冬季五輪では北京に乗り込み、中露の連携をアピールしました。日本が平和の拠り所としてきた国連、とりわけ安全保障理事会は、5つの常任ポストを五大戦勝国にして五大核保有国が独占し、拒否権まで握っています。それゆえ、ウクライナでの惨劇を前に機能せず立ち竦んでいます。日本は巨額の国連拠出金を負担しながら、十分な発言権を与えられていません。

神津 手嶋さんの目から見るとそんな日本はどう映りますか?

手嶋 いま政治の分野には、これはというリーダーは見当たりません。しかし、一般の人々の教育レベルや倫理観は極めて高いと思います。そういう個人の資質を国家の品格に吸い上げ、国際社会で重きをなしていくべきです。外の世界にあっては〝隠徳〟を積んでいるだけでは通用しません。ウクライナ戦争を我がことと取り組み、目に見える形で行動すべきです。危機にあっては「血を流す、汗を流す、金を出す」という選択肢があるのですが、単に金を出すだけでは志は伝わりません。現地で戦えないなら、せめてクライナから避難民をもっと受け入れるべきです。多様さは国のあり様を変えます。ウクライナの戦いを日本自身が変わるきっかけにしなければと思います。

エネルギーを考えることは国際安全保障の根幹

神津 ウクライナ危機はエネルギーにも大きな影響を及ぼしていますね。日本はロシアに天然ガスや石油を依存しています。ヨーロッパは〝脱ロシア〟に取り組んでいますが、アメリカもできますか?

手嶋 アメリカは、シェールガスをはじめ自前の石化資源を持つエネルギー大国ですからいざとなればさらなる自立は可能です。しかし、経済大国ニッポンはより深刻です。エネルギーの供給面では遥かに厳しい環境に置かれるでしょう。ニッポンは一時世界第2位の経済大国にまで上り詰めました。でもそれは平和な国際環境に恵まれてのことでした。戦争がない恵まれた環境下で、我々の暮らし、経済活動があったのですが、その基礎条件が急速に失われています。しかし、パラダイムシフトが起きている、その自覚がどこまであるのでしょうか、心配でなりません。

神津  日本人はなぜ自覚を持たなくなったのでしょうか?

手嶋 戦後永く続いた平和な環境は貴重でしたが、失ったものもまた大きかった。〝想像すらできない事態にこそ備えておけ〟——これこそが忍び寄る危機に臨む心構えなのです。

神津 なるほど。そうするとエネルギーを持たない日本は、これからどういう方向を目指して行けばよいのでしょう?

手嶋 日本を経済大国に導いた平和で自由な経済・交易のシステムがいま根底から変わりつつある。そんな現実を直視することから始めなければ。マラッカ海峡はいつも安全に航行でき、サハリンからも天然ガスが安定的に手に入り、シェールガスもアメリカが供給してくれる。そんな前提が崩れ始めているのですから。エネルギー資源に恵まれていない日本のような国が、世界に最たる経済大国であり続けるのは至難の時代になったと心得るべきでしょう。いまこそ、官民を挙げてニッポンの生き残りを賭けた針路を探る時だと思います。エネルギー資源に乏しくても、いまの暮らしの水準を保ち、国際社会から尊敬されるニッポンであり続けるのは容易ではありません。既存の社会システムそして従来の発想を変えなければなりません。でも、試練こそ人をそして国を鍛えます。この国には優れた、勤勉な人的資源があります。いまこそニッポンの底力が試されている。

神津 日本もやがて〝脱ロシア〟に踏み切ることになりますか?

手嶋 日本は幸いにも、欧州諸国ほどロシア産のエネルギーに依存していません。貿易全体で見れば1.1%に過ぎません。しかし、液化天然ガスではサハリン2*に大きく依存しています。対ロシア制裁の柱にこれを止めると、この暮れには計画停電にならざるを得ないかもしれません。電力会社を中心に計画停電を回避するため努力するはずですが、誤解を恐れずに言えば、いまの日本にとっては、そうした厳しい状況に直面して危機のあり様を自覚することも必要なのかもしれません。
*サハリン2プロジェクト:三菱商事・ロシア国営ガス会社Gazprom・Shell社・三井物産の4社が出資する石油・ガス複合開発事業。ロシア初のLNGプロジェクトとして2009年にLNGの出荷を開始。

神津 日本の人々は電気がつくのも当たり前と思っていますからね。

手嶋 サハリン2を止めるという話はまだ出ていませんが、外交戦略の視点から言えば、日本がサハリン2を差し止めれば、中国が引き受けてしまい、制裁の効果は上がらないでしょう。ロシアは何の痛痒を感じない上、中国は喜んでサハリン2の恩恵に預かり、日本は計画停電に追い込まれてしまう。ことほど左様に、エネルギー問題というのは、あらゆる分野が複雑に絡み合っているため、正しい解を導き出すのが大変に難しいのです。エネルギーこそ国家の安全保障の根幹をなしています。エネルギーをどうするか——ウクライナでの戦争を機に真剣に考えるきっかけにすべきだと思います。

神津 自前のエネルギーとして、原子力についてはどうお考えですか?

手嶋 ウクライナの戦いが長期化の様相を見せる中、原子力発電は超短期の視点からは日本経済が生き延びるために必要です。しかし、フクシマの事故、続くウクライナの戦い以降は、原子力を取り巻く環境は大きく変わってしまったと考えます。プーチンは今度の侵攻でチェルノブイリ原子力発電所を真っ先に制圧し、欧州最大規模のザボリージャ原子力発電所、南ウクライナの原子力発電所や各研究施設もいち早く押さえました。まさしく「神の火」に例えられる原子力を手中に収めてしまいました。明らかに欧米各国を震え上がらせようと、「右手に原子力発電所、左手に核のボタン」に手をかけたのです。原子力発電所が戦争やテロに極めて脆弱であることが明らかになってしまった。日本知事会は「自衛隊に守ってもらうのも選択肢の一つ」と声を上げましたが、その程度では解決策になりません。いま根源的な問題が突き付けられたと考えるべきです。

神津 ヨーロッパの中でもドイツはロシアへのエネルギー依存度が高かったのにノード・ストリーム2*を止めました。日本はサハリン2をすぐ止められないという足かせがある中で、どう行動すればよいのでしょうか?
*ノード・ストリーム2 : ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン事業。

手嶋 ドイツのショルツ新政権は、ウクライナの戦いをきっかけに、エネルギー政策も安全保障政策も、歴史的な転換を図りました。ロシアへの過度なエネルギー依存から脱して、自然エネルギーにさらに舵を切ったように思います。また国防費をGDPの2%にまで高めることにも踏み切りました。ナチスドイツという負の遺産を抱える戦後のドイツとしては大きな決断でした。日本もサハリン2に関して、欧米から「日本も止めて厳しい対ロ姿勢を」という要請が強まるかもしれません。再度、申し上げますが、エネルギーは国家の安全保障の根幹です。いまの日本は厳しい局面に置かれていますが、これに英知をもって立ち向かうことで新たな針路を見出していくべきでしょう。

神津 本当にそうですね。本日はありがとうございました。


対談を終えて

時事的なことを代表対談で取り上げるのは実はとても難しい。どうしても掲載までに時間を要し、タイムラグが生まれてしまうので、話の内容が時として古くなってしまうからだ。そのため今まではできるだけ、動きの激しい話題を取り上げるような対談は避けてきたのだが、今回のロシアによるウクライナ侵攻はエネルギーとも密接につながっているし、将来の日本のありようも考えなければいけないので、どうしても避けては通れない。そのため手嶋さんをお招きしてできるだけ俯瞰的に、そしてこの事象から何を私たちが考えなければいけないか、お伺いすることにした。枝葉末節の論議にならないように、感情論に走りすぎないように気をつけながら、手嶋さんとの時間を過ごした。 手嶋さんの穏やかな佇まい、柔らかな陽が差し込む対談をした場所の佇まいの中で、落ちついて話を進められたのではないかと思う。 私が一番気にしているのは、日本の場所である。ロシア、中国、そして北朝鮮などの国々と対峙している日本は、もう少し冷静にこの問題を見なければいけないし、きちんとした方向性や対策を構築しなければいけない。遠いところで起こった、歴史や文化の異なるところで起こったものとだけ捉えてはいけないのである。新型コロナに代表されるような感染症の流行、「戦争」や「紛争」の存在。それは島国の日本を直撃する。そこに軸足をきちんと乗せながら、世界の流れを見る。私たちはそんな難しい命題を抱えながら暮らしているのである。 厳しい現実と窓の外の穏やかな光。私は手嶋さんのお話を伺いながら、そういう中で生きていることをしみじみと、そして強く感じた。

神津 カンナ




手嶋龍一(てしま りゅういち)氏プロフィール

外交ジャーナリスト/作家
1949年生まれ、北海道出身。NHKのワシントン特派員として冷戦の終焉に立ち合う。ドイツ特派員やハーバード大学国際問題研究所フェローを経てワシントン支局長。9・11同時多発テロ事件に遭遇し、11日間の昼夜連続の中継放送を担った。2005年にNHKから独立し、日本で初めてのインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』、姉妹篇の『スギハラ・ダラー』を発表し、50万部のベストセラーに。近著にウクライナを舞台にした『鳴かずのカッコウ』が「日々のニュースがこの物語を追いかけている」と話題に。

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