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今泉忠明氏インタビュー
人間がさらに進化するために必要なことを考える

今回のゲストは、子どもから大人まで大人気のベストセラー『ざんねんないきもの事典』、『わけあって絶滅しました』の監修者である動物学者の今泉忠明氏。2020年4月にETTメンバー会議にて講演をしていただく予定でしたが、コロナ禍で会議を中止したため、日を改め6月に神津カンナETT代表との対談と相成りました。

環境に適応し過ぎた動物は絶滅しやすい

神津 先日、今泉さんにラジオ番組にご出演いただいたのですが、その時、印象に残った話を今日はいろいろお伺いしたくてリストにしてきました。まず、新種の生き物を発見した時には『ネイチャー』(学術雑誌)に論文を発表すれば良いが、絶滅となると、発表後大体50年経っても現れない時に初めて「絶滅」と決めるのだそうですね。

今泉 一応、そうです。

神津 その「一応」とか、「大体」とか、科学的でない言葉が印象に残っています。なぜ断定しないのかと伺ったら、「ただ一人、地動説を唱えたガリレオ以来、0.01%の可能性でも否定しないことになったから」とお答えになった。その話も印象的でした。今の我々は0.01%の可能性は、何となく無いものと考えがちですが、そうではないところからの発想が新鮮でした。

今泉 0.01%の意見は潰されますよね。でも僕は、めげずにやり続けることが大事かなと思っているのです。

神津 たとえば「芸術」の世界では、いっぱいあるものはつまらないし、むしろ模倣になってしまうので「0.01%の可能性」のものを探すんですよね。芸術と科学が少しリンクする所が私にはうれしかった。『ざんねんないきもの事典』も当たり前じゃないことがたくさん載っているから、皆がおもしろいと思うのでしょうね。

今泉 今まではジャンプ力とかスピードとか「動物ってすごいよ!」という本が多かったのですが、子ども達にはウケませんでした。自分に置き換えてみると「そんなにすごくなれないよね…」という気分になって読みたくなくなる。ちょっと残念な所を紹介すると、「そんなそそっかしい動物もいるんだ」「僕なんかまだいいほうだ」などと思うみたいです。

神津 「強いものではなく、変化に対応するものが生き残るが、変化に対応し過ぎたものは絶滅する」とも書かれていますね。

今泉 暑さ、寒さ、食べ物など、ある環境に適応する生き物は調子がいい。ところが食べ物が無くなってしまうなど環境が変わると、あまりにもその環境に適応し過ぎていたせいでダメになります。マイナーにコソコソ生きていた生き物のほうが、いろいろな環境に適応する強さがあります。

神津 適当に、いいかげんにやっていた方がいい?

今泉 人間の場合は適当に生きていると良識が養われなくなるように思います。民主主義の国では皆が良識を持つ集団でないと収拾がつかなくなります。今回の“コロナ自粛”を見ても、社会主義の国では政府の命令に皆が一斉に従う必要がありますが、民主主義の国は自由でよいぶん個々の良識に任されるため、自粛を守る人もいれば守らない人もいるというバラバラな結果になってしまいました。

神津 さて、動物の面白さというのはどこにあるのでしょう?

今泉 動物はなかなか1本の筋がつかめません。ムササビの飛び方も、実際に飛膜を広げて飛ぶ瞬間を見るのは難しいので「こう飛ぶだろう」という想像で見ているのです。自然現象を1個1個見ていると、まだよくわからないことが多いですね。こうあるべきと決めつけてはいけませんし。

神津 前回、越智小枝医師とお会いした時に、「わからないことが世の中にはたくさんあることを受容する能力が、人間は少なくなってきているのではないか」というお話をされました。インターネットですぐ答えが短く出るので、わからないことを受け入れにくく、何でも一刀両断にしてしまう。でも生き物だけではなく、世の中はわからないことだらけですものね。

今泉 村上陽一郎氏(科学史家・科学哲学者)が、「わからないことには真面目に向き合って、なぜだと一生懸命突き詰めて考えていくことが大事。考えることで良識が養われてくる」と書いていました。

神津 なるほど。「わからないことは考える」ですか。

今泉 なぜだろう?と考えることで判断力が沸いてくるのではないでしょうか。僕は自然のナゾが大好きなのですよ。雪男とか。何でもなぜだろう?と考えていくと、いろいろな理屈がわかってくる。そこがおもしろいと思っています。

人間は嘘をつく一方、思いやりがある

神津 「人間が独特なのは嘘をつくこと」とのことですが、動物と違って人間はなぜ嘘をつくのでしょうか?

今泉 自分を良く見せたいのと、欲があるからでしょう。これは人間の発展の原動力ですが、度が過ぎると良くないですね。

神津 もっと良い生活がしたいとか、自然の脅威に刃向かいたいとか、欲が人間を発展させたということも当然ありますが、一方で嘘をつくなど残念なこともあるわけですね。

今泉 それは知能が発達したから。相手を推測したり、腹を読んだりするのは人間だけです。顔と違うことを考えているなんて、犬や猫には絶対無いですから。

神津 なるほど。考えてみると、人間というのは恐ろしい動物ですね。

今泉 ですから、やはりいろいろな勉強をして、幅広い知識や、バランスの取れた中庸な考え方を得ることが大事でしょうね。

神津 今泉さんは何から中庸を学んだのでしょうか?

今泉 親からの教育もあります。私の原稿を読んだ父から「これはあなたが経験したことじゃないな。自分で確かめたものを書きなさい」と言われました。全部経験しないまでも、道理に合っているかをよく考えて書けということです。以来、何に対しても自分の理屈で考えることが大事と思っています。

神津 感染症についてはどうお考えですか? ウイルスとは共存していかなければいけないのでしょうか?

今泉 ウイルスは生物と無生物の中間の存在で、生き物ではないと言う人もいます。遺伝子だけが飛んでいる感じで生物の定義から外れるのですが、消毒で死ぬから生き物なのだろうと。自然界で役割の無いものはいないのです。たぶん数の調整という役割があるので、絶やすことはできないでしょう。

神津 人間が増え過ぎているということですか?

今泉 自然界では数が増減していますが、その大きな要因に食べ物の量と病気があります。数が増えた時にはウイルスが入りやすく、減ってしまうと移せないので自滅していきます。人間は自然淘汰を受けない生き物だから、動物学的には家畜なのです。飼っている豚や鶏と同じで、病気になっても医者が薬で治してくれますから。

神津 なるほど。そういう意味では確かに人間は家畜ですね。

今泉 ウイルスは入り込むのが難しい一方、一度入ると一気に増えます。牛の口蹄疫も、稲のいもち病もそう。気になるのは、前にSARSが流行ってからの間隔が短くなっていること。今度また、新型の新型ができるかもしれません。

神津 「99.9%の動物は絶滅する」と言う人もいますが、人間も絶滅するのでしょうね。

今泉 防ぐには、やはり勉強して知識を広めることが大事なのではないでしょうか。

神津 人間が今やらねばならないことは勉強ですか?

今泉 勉強することで「思いやり」など、良いことも多く学べますからね。「思いやり」は人間だけが持っている良い所です。相手の状況を想像して手を差し伸べることは、動物にもAIにも無い。人間はもっと優しい生き物になっていけば、絶滅せず続くと思います。

神津 今泉さんは「本のページを指でめくるのはすごい行動だ」と書かれていますが、ほかの動物ではできませんか?

今泉 相当高度な技術なので、チンパンジーもオランウータンも、いくら教えてもできません。ビリッと破いてしまいます。

神津 ということは、スマホで読むと知能の発達が違ってくる?

今泉 指先は一番神経が敏感な所で、制御しようとすると脳が訓練されますからね。小さい頃は破いてもいい本を与えて訓練することで、3〜4歳になるとうまくめくれるようになるわけです。

なぜだろう?と、自分で考えることが大事

神津 生い立ちをお伺いしたいのですが、動物学者のお父さまとはどういう話をされていたのですか?

今泉 父が生きていた頃は、お昼を食べながら動物の進化の話をして「どう思う?」とよく聞かれていました。

神津 お父さまの影響で動物学者の道に進み、今泉さんの息子さんもですから、親子三代ということですね。どうして今泉さんも息子さんも動物の世界に進まれたのでしょう?

今泉 おもしろいと思ったからです。雨の中、山にテントを張って、ずぶ濡れになってネズミを捕ることも。

神津 元々、動物を見て学ぶことが好きだったのですか?

今泉 僕は生き物を飼うのは下手で、分類学が好きでした。動物は分けることで進化がわかるからです。父からも「どこの違いで分けるのか?」とよく聞かれました。そっくりな動物でも子孫は残しません。仲間かどうかを「何か」で見極めている。何で分けているかが知りたくて、昔からずっと考えています。

神津 人間はサルより、別の生き物とDNAが似ていると言いますね。

今泉 センチュウとか原始的な生き物に似ています。元は一緒ですから。山中伸弥先生(京都大学iPS細胞研究所所長・教授)の説では、人間とチンパンジーとの違いは、ほんの2%のDNAで比べているそうです。あとの98%はまだ働きがわかっていない“ジャンクDNA” ですが、ある環境によってその中の“DNAスイッチ”が入ると突然種類が変わるのだそうです。「似ている生き物なのになぜ違う種類なのか」という私の研究も、そこにヒントがあるのではないかと…。ある環境でウォンバットが木に上ってコアラになりましたが、その時に“DNAスイッチ”が入って、毒のユーカリを消化できるようになったのでしょうね。

神津 今一番、興味があることは何ですか?

今泉 「森の中で動物達がどうやって道を決めて移動しているのか?」が一番知りたいですね。1週間おきに森に入っているのですが、セットした自動カメラを見ると動物が今日はこっちと、日によって通る道が違うのですよ。

神津 何か意味があって道を変えているのでしょうか?

今泉 いい匂いがする、食べ物があるなど、何か理由があるはず。動物は常に必ず二者択一していますから、人間のようにどうでもいいということはありません。1本の木からこっちへ飛ぶムササビと、あっちへ飛ぶムササビがいるので、風の向きでもない。地べたに寝っ転がって飛ぶ瞬間を撮ろうとすると、狙ったのと違う方向へ飛んだり、かと思うと真上を飛んだり。

神津 フーテンの寅さんのように、気ままではないのですね。それがわかると何かにつながっていくのでしょうか?

今泉 それがわかってくると相手の行動が読めます。生活パターンが読めてくると、さらに細かいことがわかってくるのかなと思っているのです。

神津 おもしろいですね! ところで、地球温暖化の影響をどうご覧になっていますか?

今泉 恐竜時代や縄文時代にはもっと暖かい時がありましたが、暖まり方が急速なので人間のせいだと心配されていますね。人間の進化=効率で、効率良く仕事をするとエネルギーを膨大に使いますから温度はもっと上がるでしょう。今朝考えていたのですが、二酸化炭素を燃料にできないか? でも難しいんですよね。

神津 0.01%の可能性があるかもしれません! 私も若かったらそういう勉強をしたかった。

今泉 いえ、これからですよ! 今は「次にあれやらなきゃ、あそこへ行かなきゃ」と、ほかのことを考える時間のゆとりが減っていますね。僕は森へ行ってボーッと考えている時が、締切を忘れるぐらい楽しいのです。

神津 今泉さんは「人間の知恵や技術力のピークは火や車輪の発明をした頃までで、もう止まっている」ともおっしゃっています。

今泉 人間の進化のピークは火種や車輪を発明して大発展した6,000年前頃だと思っています。今は、車輪の数を変えたり、ズボンが落ちないように縛っていた縄をベルトに変えたりと昔の発明の基本を応用しているだけで、新たに発明していることはほとんど無いらしいのです。今の人間ももう少し何かを考えて、さらに進化する必要があるのではないでしょうか。

神津 今泉さんがおっしゃっていた「思いやり」とか、人間しか持たないようなものをもう少し耕して考えていきたいですね。今日はおもしろいお話をたくさんありがとうございました。

対談を終えて

ビル・ゲイツは「エキスパート・ジェネラリスト」の不在を嘆いている。「スペシャリスト」の重要性はもちろんだが、そのために他分野を総合的につなぐ「ジェネラリスト」の影が薄くなってしまった。今こそ、増えた専門家集団をつなぐ、本当の意味での「エキスパート・ジェネラリスト」が必要になっているときなのに……と。ETTメンバーには、「エキスパート・ジェネラリスト」を目指してほしいと私はいつも思っている。そのためにはさまざまな分野の専門家の話を聞くのが大切だ。今泉先生のお話を伺っていると、人間はまさに動物の中の一種類にしか過ぎず、私たちが思っている常識は、決して全ての生き物に共通するものでもなく、分かった気になってはいるが、いかに未知のものに囲まれているのかを痛感する。そういう目を失って、いつの間にか狭い視野でしかものを見なくなった自分を恥じるような思いだ。家業ではないのに、三代に亘って「動物学者」が続くのは今泉先生のお宅に、人間への戒めの目と、俯瞰して人間界を見たときの面白さが漂い続けているからだろう。それにしても……と思う。効率というものだけでは計ることのできない事実、考えなくなることが便利の証だが、便利を追い求め、囲まれたがゆえに思いやりを失った人間、生き物の持つ未知の領域の多さ、どれをとっても今の私たちの弱点が見える。まったくエネルギー分野ではないのだけれど、動物学の中からたくさんのヒントを得るのだ。効率の名の下に、便利の名の下に切り捨てたモノの逆襲。放射線、ウイルスなど、見えないものに振り回される現実。言葉ではすべてを「想定外」とくくってしまうが、未知を認める謙虚さをあらためて今泉先生から学んだように思う。

神津 カンナ


今泉忠明(いまいずみ ただあき)氏プロフィール

動物学者
1944年動物学者の今泉吉典の二男として、東京都杉並区阿佐ヶ谷に生まれる。父親、そしてその手伝いをする兄の影響を受けながら動物三昧の子供時代を過ごす。水生生物に興味を抱き、東京水産大学(現・東京海洋大学)に進学。卒業後、国立科学博物館所属の動物学者として働く父親の誘いを受け、特別研究生として哺乳類の生態調査に参加し、哺乳類の生態学、分類学を学ぶ。その後、文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、日本列島総合調査、環境省のイリオモテヤマネコ生態調査などに参加。上野動物園動物解説員、(社)富士市自然動物園協会研究員、伊豆高原ねこの博物館館長、日本動物科学研究所所長などを歴任。主な著書に「誰も知らない動物の見方~動物行動学入門」(ナツメ社)、「巣の大研究」(PHP研究所)、「小さき生物たちの大いなる新技術」(ベスト新書)、「ボクの先生は動物たち」(ハッピーオウル社)、「動物たちのウンコロジー」(明治書院)、監修書に「世界の危険生物」(学研教育出版)、「なぜ?の図鑑」(学研教育出版)、「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)ほか多数がある。

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