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手塚宏之氏インタビュー
硬くて重いだけじゃない「鉄」の世界から考える環境やエネルギーの柔軟な対策

昨年12月に行われたCOP25に出席された手塚宏之氏(JFEスチール株式会社専門主監(地球環境))に、どのような感想を持たれたかを冒頭に話していただいたのち、鉄鋼業の世界の動向や日本の最新鋭の素材について、また省エネ技術に優れた日本の鉄鋼製造は温暖化対策においてもCO2削減効果で世界をリードできるのではないかというお話を、神津カンナETT代表が伺いました。

COP25に出席して感じた理想と現実の乖離

神津 昨年12月にCOP25に出席された手塚さんは、経団連メンバーとして日本の企業における脱炭素の取り組み、「チャレンジ・ゼロ」という活動を紹介されましたね。

手塚 パリ協定締結後、今年からは各国が温暖化対策のための取り組みを自己申告し実行の進捗を検証し合うプロセスに入っており、会場では政府間の交渉と並行してさまざまな非政府団体のイベントの場も設けられていて、経団連も他国の産業団体と話し合い、それぞれの取り組みやどのような課題があるのか情報の共有をしています。

神津 手塚さんの目から見て日本の立ち位置はいかがでしたか。

手塚 日本のマスコミは、日本が石炭火力で「化石賞」を受賞して国際的に批判されているなどマイナス面ばかり報道していますが、「化石賞」は環境NGOが独自に期間中毎日発表し、日本以外にも何カ国も受賞しているものであって、海外では注目されていません。一方で日本企業による環境に対する先端的な取り組みを紹介するイベントのようなポジティブなニュースは日本で報道されないのが残念です。エネルギーは各国の国情や地政学によりさまざまですから、日本の場合は原子力が減っている現在、天然ガスは大量備蓄できないので電力の安定供給のためには当面石炭しかありません。石炭はCO2排出のみならずNOX、SOX等の公害問題があるものの、日本の石炭火力発電所は高効率な上に世界最大級の排煙脱硫・脱硝装置を備え、途上国のような公害問題は日本では解決済みと言えます。

神津 日本の石炭火力の技術を途上国に持って行けば、公害もCO2も減らせる気がします。そして電化が最大の課題である途上国にとって石炭は今のところ必要不可欠だとCOPではわかっていると思うのですが、石炭=悪という風潮があるのはなぜでしょう。

手塚 COPの場には、CO2削減が地球環境を救う鍵であるという単一の価値観をグローバルスタンダードにしようと情熱を燃やしている人が多く集まっているからです。

神津 では実際にそういう方向に世界は進みそうですか。

手塚 先進国は、すでに社会インフラは整っており今後の課題は質の向上ですが、中国、インドも人口がほぼ13億人。こうした新興国、途上国ではこれから全土に社会インフラを整えていくに当たり、圧倒的にエネルギー消費が増えていきます。すでに中国はCO2排出量が世界最大となっています。世界のエネルギーの8割以上が化石燃料から供給されているという現実の中で、今後エネルギー需要が急増する途上国にとってCO2をゼロにする議論はリアリティが全くありません。現実との乖離が広がり、COPで見られたような理想論と衝突し始めるでしょうね。それに新しい技術が出てくるのを待てずにコストも高く使い勝手が悪い未熟な低炭素技術を大量導入してしまうと、さらに問題を複雑化する恐れがあります。

世界の鉄鋼業の動向と、革新的な技術で競争力をつける日本

神津 なるほど。さて、世界の鉄鋼業界の現状がどうなっているのか知りたいのですが。

手塚 世界の粗鋼生産は16〜17億トンで、そのうち半分を占める中国が1位、2位がインド、日本は3位で約1億トン生産しています。しかも鋼材の内需は40%のみで、30%が直接輸出で、残り30%は自動車や家電製品といった鉄を使った製品として間接輸出されています。中国は過剰生産能力を抱えており、輸出が貿易摩擦を生んでいて、アメリカは25%の関税をかけシャットアウトしようとしています。一方、日本は世界で唯一中国に対して輸出超過を維持しているんですよ。余剰国になぜ売れるのかというと、日本の高品質、高性能の鉄が中国でも自動車や電気製品製造に必要だからです。

神津 そうなんですか! 日本の競争力は、高性能、高品質以外にもあるのでしょうか。

手塚 国内の自動車や家電製品メーカーからハイレベルのコンセプトを要求され、それに応える優れた素材をすぐに提供できるように絶えず研究開発を続けていることです。しかも、日本の鋼材の高性能の仕組みは素材を分解してもわからないので簡単にコピーできません。

神津 日本の鉄メーカーは日本国内だけに工場を持っているわけではありませんよね。

手塚 ジャストインタイムでお客様に鋼材を出すために東南アジアなど海外の需要地に工場を置かなければなりませんが、最終仕上げ工程のみで、母材となる鉄の塊はすべて国内のマザーミルで生産しています。

神津 大事なポイントですね。ところで世界最大の鉄鋼会社はやはり中国ですか。

手塚 2018年の実績によると野心的なインド人経営者のグローバル企業アルセロール・ミッタルが1位。2位は中国宝武鋼鉄集団。かつて新日本製鐵が全面協力して建設された同社の製鉄所は、山崎豊子の小説「大地の子」に描かれています。3位が日本製鉄、JFEスチールは8位です。

神津 今、商品力のある鉄材とはどのようなものなのでしょう。

手塚 求められているのは軽くて強い鉄。自動車の車体衝突安全性向上のために車体に使われる鉄強度は10年前と比べて2〜3倍になっています。さらに燃費低減・CO2削減で車体の軽量化を目指して高張力鋼板の開発に取り組んでいますが、硬くすると車体に成形しづらいですよね。プレスなど成形加工段階では柔らかいままで、最後の塗装工程で加熱により急激に硬くなるように工夫した鉄も開発しています。

神津 日本らしい驚くべき発想と技術ですね。

手塚 電気自動車はさらに軽量化して走行距離を伸ばすため、この高張力鋼板の需要が増えると思います。また、モーターや電柱の上のトランス電圧変換の中にあるコイルの芯に使われている鉄は、かなりのエネルギーが熱になって逃げてしまうという鉄損を低減するため、非常に高性能の電磁鋼板が使われています。こうした電磁鋼板は電気自動車用にも間違いなく需要が伸びるでしょう。我々素材メーカーは塊としての鉄をただ売るのではなく、使っていただく際の機能も買っていただくのが大事です。

神津 とすると、世界における鉄のニーズの潮流は部材にシフトするのでしょうか。

手塚 日本のみならず途上国におけるインフラ用途でも、気候変動等で激甚化する災害対策で建物全体のレジリエンスが求められる時代ですから、最先端技術の建設用鋼材の需要も高まると思います。例えば地震国日本のスカイツリーでは、土台部分には地震による歪みに耐えられるJFEスチールの特殊な高張力鋼管パイプが使われています。

“無限にリサイクルできる循環型社会の優等生 

手塚 鉄鋼の一番優れている特徴は、ほぼ全量を無限にリサイクルできることです。鉄は磁石につきますので自動車や家電製品、建物などの廃材を裁断し、磁石で分別することが容易です。鉄はそうして集めたスクラップを溶かして使える循環型社会の優等生だと思います。高機能の鋼材には不純物が混じったスクラップは一定量以上使えませんが、工夫次第で何度でも再利用が可能です。

神津 鉄の原材料、鉄鉱石は地球にどのくらい埋蔵されているのですか。

手塚 ほぼ無尽蔵にあるので心配ありません。かつ一定量以上の鉄が世界に蓄積されていけば、リサイクル利用していくことができます。

神津 リサイクルにお金がかからないのですか。

手塚 磁石で分別できるという他の素材にない特性があるので、低コストでリサイクルが可能です。ただリサイクル時には電気で再溶解するので、鉄鉱石から作るよりもリサイクル鉄が安くなるためには、アメリカのように電気代が安いという条件があります。また、鉄鉱石から鉄鋼を作るプロセスではCO2も出ますが、実は鉄は他の軽量素材と比較して製造時の環境負荷が低いですし、LCA(ライフサイクルアセスメント*)で考えると、鉄は100年、200年先まで何度でも再利用できる素材を作っているので、時間軸を加えて考えると環境負荷は小さいのです。それを正しく理解してもらえるように、これからはLCA的な考え方を積極的にアピールしていく必要があると痛感しています。

*商品やサービスの原料調達から、廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通しての環境負荷を定量的に算定する手法

神津 ところで自動車産業は、今後、どのように変わると思いますか。

手塚 1908年発売のT型フォードが大量生産される前には、電気自動車とガソリン自動車で競っていましたが、当時電気自動車は走行距離が出せなかったので結局ガソリンが主流になりました。今、それと同じことが起きていて、燃料電池なのかハイブリッドなのか、もしくは電気なのか、最終的にどれを社会が受け入れるか節目の時期です。それぞれのメリットは最初から気づきますが、マイナス面は使ってみないと見えないですし、小規模な流通をしている場合と、爆発的に普及した時に見えてくることは全く違います。エネルギーの世界も、今は大型の火力や原子力発電より地域独立型で再エネを広げる方がいいという風潮がありますね。しかし、リサイクルできない風力発電のカーボンファイバー製ブレードや有害物質を含む太陽光パネルの大量廃棄をどうするかといった課題も出てきます。また、どこにもつながっていない独立型の地域電力が台風などで全滅したらどうするのか、あるいは常時バックアップさせておくとしたら、そのコスト負担はどうするのかなど、マイナス面も含めて検討しておくべきだと思います。自動車の未来もさまざまな一長一短がある中で、どの方式が主流になるかの競争が始まっているのだと思います。

“鉄鋼業界もエネルギー問題も環境とエコノミーの両立が難しい

神津 鉄鋼業界における省エネの歴史はどうでしょうか。

手塚 日本の場合、1970年代のオイルショックを契機に省エネが進み、現在、日本の鉄鋼業の粗鋼トン当たりのエネルギー原単位は主要国の国際効率比較において最も低くなっています。またJFEの製鉄所では、鉄を作る過程で発生する副生ガスや排熱を回収して発電したり、有効活用する技術により、エネルギー効率が良くなっていますが、日本の鉄鋼業全体ではそうした省エネと環境保全技術を合わせて70年代から累計で1兆円も投資をしています。日本で実用化されたそうした省エネ技術を中国、インドをはじめ今後鉄鋼生産が増える途上国で使ってもらうことにより、地球規模でCO2を下げられるよう、国際的な技術移転のプロジェクトも進めています。

神津 これからの日本の鉄鋼業界が乗り越えなければいけないことは何でしょう。

手塚 一番大きいのは温暖化対策で鉄鋼製造プロセスをゼロエミッションにすること。しかし技術開発は一朝一夕でできるものではなく、さまざまなオプションをもって長期の研究開発を進めていくことが大きな課題です。2番目はそうした研究開発を続けるためにも競争力を維持し、利益を上げ続け、生産設備も更新していかなければなりません。3つ目は中国という隣の巨人を意識し国際競争で勝ち続けていくことです。

神津 そうですね。この温暖化対策、環境対策に関してこれからの課題とは何でしょうか。

手塚 いくらクリーンでもコストが高ければ、経済はマイナスになり消費の足を引っ張るので、エコノミーと環境の両立が重要です。ところで世界の先進国の中で近年最もCO2排出量を減らしている国がどこかわかりますか。実はアメリカで、理由はシェールガス。シェールガス革命により天然ガスが石炭より安くなったから、全電源の30%以上を占めていた石炭火力を止め天然ガス発電所への置き換えが自然体で進んでいます。逆に再エネをたくさん入れて石炭火力を止めると言っていたドイツは、原子力も止めるため現実には石炭火力への依存が高止まりしていて思ったほどCO2も減らず、しかも電気代は高騰しています。

神津 現実を見た時に、何が最も良い解なのか判断するのは、本当に難しいですね。

手塚 エネルギーは全体を見て長期と短期のシナリオを分けて議論しなければならないし、コストと安定供給のバランスを図るべきですね。

神津 全体最適ということに対して、国際会議の場ではどうでしょうか。

手塚 COPのように温暖化対策の議論がすべてという場と、エネルギーの安全保障をいかに維持するか議論するエネルギーのフォーラムではプライオリティが全く異なるので、乖離がものすごくありますが、今日本の置かれたさまざまな制約の中で、何ができるのか、どうやって地球規模での削減に貢献すべきかといったことを発信していくことが私の役目だと思っています。

神津 これまで鉄鋼業界についてきちんと学んだことがなかったので、今日は反省したり、驚かされることが多かったです。鉄を加工した品々に囲まれているのに、消費者との接点が見えにくいから理解されていなかった鉄鋼の世界について、これからもアピールを続けていただければと思います。

対談を終えて

対談の最後のコメントで、私は全てを言い尽くしたように思う。COPでの日本の「化石賞」受賞のことも、日本の鉄鋼業界の踏ん張りの秘密も、鉄というものの現在も、私たちは知識をアップデートさせることもなく、報道される情報をきちんと吟味するでもなく、生半可な感覚で「鉄」を見ていたことを痛感した。日本は島国である。これはどんなに時代が変わり、さまざまな仕組みが変わっても決して「変化」しないことである。その良さも悪さもきちんと受け止めなければいけない。けれども、それが良さなのかもしれないが、ともすると島国「日本」の中にいる私たちは時にのほほんと、安穏と、何とかなるでしょと、思ってしまう時もある。政治も企業も日常生活も、インターナショナルではなく、ドメスティックな思考に陥ってしまう時もあるのだ。手塚さんのお話を伺いながら、ああ、世界と戦っている分野もあるのだと、当たり前だが再認識させられた。
ETTの求める視点は「より広く」「より深く」「より密に」である。しかし、知っているつもりになっている分野に関して、きちんと現状を知る「謙虚さ」も私たちには必要だとしみじみ思った。世の中は動いている。人間もその中で生きている。「今」を知ることの大切さを、私はあらためて手塚さんから教えられたように思う。

神津 カンナ


手塚 宏之(てづか ひろゆき)氏プロフィール

JFEスチール株式会社専門主監(地球環境)
1958年生まれ。東京大学工学部物理工学科卒業後、NKKに入社。MITスローン校でMBA取得。94年ブルッキングス研究所、94年から99年までワシントン事務所長。99年3月からNKKの米国子会社で全米4位の鉄鋼会社ナショナル・スチールでCEO補佐を務める。2001年8月帰任。2008年以降、地球環境問題に取り組み、現在日本鉄鋼連盟エネルギー技術委員長、経団連国際環境戦略WG座長、日印鉄鋼官民協力会合座長、国際環境経済研究所主席研究員などを務めている。内外での論文、講演など多数。

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