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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

東芝エネルギーシステムズ株式会社見学レポート【メンバー視察編】
「再エネ由来の水素」利活用が目指す次世代の水素社会

2020年10月の菅総理による「2050年カーボンニュートラル宣言」以来、CO2を排出しないクリーンエネルギーとして「水素」が脚光を浴び、カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量の実質ゼロ)への動きが加速しています。2021年10月5日、ETTメンバーは、東芝エネルギーシステムズ株式会社がエネルギーのリーディングカンパニーとして取り組む水素利活用の実証実験施設(東芝府中事業所)を見学し、水素の新たな可能性について理解を深めました。



エネルギーのリーディングカンパニーとしての水素事業とは

会議室にて社員の方から「カーボンニュートラルにおける水素の役割と、東芝の水素事業の取り組み」について説明を受けました。株式会社東芝の水素事業の歴史は、1960年代に燃料電池システムの研究開発をスタートさせたことから始まります。2000年代にはガスから水素を取り出して発電するエネファーム(家庭用燃料電池システム)を開発販売し、2014年に水素をエネルギーとして考えるプロジェクトチームを立ち上げたそうです。2017年にはエネルギーソリューション事業を担う会社として、東芝エネルギーシステムズ株式会社(以下、東芝)が分社されました。全社員約6,000人のうち水素エネルギー事業統括部には約150人が在籍され、製品・技術の開発や実証実験、PRなどを行っています。

日本のエネルギーの課題は①CO2排出量の多さ②エネルギー自給率の低さ③再生可能エネルギーの不安定さが挙げられますが、これに対して水素は①水を電気分解してつくると発電過程でCO2を排出しない「クリーンなエネルギー」②国内で再生可能エネルギーから安定的につくれる「自給可能なエネルギー」③化学変化が起きにくく長時間ためやすい「安定的なエネルギー」として大きな利点があります。さらに「時間のシフト」も利点です。太陽光発電などの再生可能エネルギーは出力が不安定なため、需要と発電のピークが必ずしも一致しません。今まではベースロード電源に原子力を用い、再生可能エネルギーの余剰分を火力発電の出力制御でしのいできましたが、今後再生可能エネルギーが増えていくと、余剰分をエネルギーに変換してむだなく使う工夫が必要となります。そこで夏場や昼間の余剰電力をためて水素に換えておけば、冬場や夜に(水素で発電する)蓄電池の機能を水素が果たし、再生可能エネルギーを有効活用できます。また「場所のシフト」も利点です。水素はいろいろな形に変えられるので、液体にしたり圧縮・コンパクトにしたりして運びやすく、送電網がなくても離れた所へ電力供給が可能となります。発電のほかにも、余剰電力で水素をつくるといろいろな産業で利用できることが国内外で期待されています。石油の代わりにFCV(燃料電池自動車)やバス・トラック・船・鉄道に使う、あるいは火力発電などで排出されたCO2を回収し、水素と組み合わせて化学製品をつくることにも利用できます。


P2G*東芝水素サプライチェーン

(図)


 

水素社会を構築するためには、需要の創出と供給量の拡大による市場の活性化が課題で、産官学の連携が必要です。東芝をはじめ民間会社や自治体など195団体(2021年4月現在)でつくる「水素バリューチェーン推進協議会」でも議論が進められているそうですが、水素の普及を進めるにはスケールアップと技術革新による「コスト低減」が必要になります。現在、一般家庭の電気代は約25円/kWhのところ、水素を使うと2〜4倍のコストがかかります。日本が2017年に公表した「水素基本戦略」のなかではコストの目標も掲げられ、現在、水素ステーションで水素を充填すると約100円/Nm3ですが、2030年には30円/Nm3、将来は20円/Nm3、「さらには現在の天然ガス16〜17円/kWhと同等のコストを目指したい」とのお話でした。

*Nm3(ノルマルリューベ):標準状態(0℃、1気圧)換算のガス量。

「つくる、ためる、使う」を体感できる水素エネルギー研究開発センター

構内をバスで走り、「水素エネルギー研究開発センター」へ到着しました。ここは「水素がエネルギーになることを多くの人に目の前で見て感じてもらうことを目的に2015年につくられた研究施設」とのことで、再生可能エネルギーから水素を「つくる」、水素を「ためる」、そして燃料電池で「使う」ところまでワンストップでできる、東芝のエネルギー供給システム「H2OneTM」の実証実験が行われ、システムを構築する各製品を見学できます。天井には太陽光パネルが敷き詰められ、太陽光発電でつくった電力から水分解装置で水素をつくり、水素貯蔵タンクにため、燃料電池を使って発電して照明などに使用しています。この全行程でCO2を排出しないのも特徴です。

「H2OneTM」は、東芝の水素エネルギーマネジメントシステム「H2EMSTM」搭載により、気象予報データなどから水素の備蓄量を自動でコントロールし、需要に合わせて効率よく電力を供給します。①太陽光発電をそのまま使う/太陽光が少なければ②余剰電力でためた蓄電池から発電する/あるいは③余剰電力で水素をつくってためた燃料電池から発電するという3つのルートを必要に応じて自動で選択できるのです。施設内ではその様子がリアルタイムで電光パネルに表示されていました。当日はすでに太陽が傾き、太陽光パネル(96kW)の太陽光発電2.3kWに対して施設内負荷(照明などの需要)が2.5kWだったため、③の燃料電池(700kW×4)で2.81kWを発電しているほか、水素貯蔵タンク(150Nm3)には83.9Nm3ためている様子が数字から読み取れました。「H2OneTM」は災害時に電気と温水のエネルギーを供給できるため、JR東日本や公共施設などにすでに納入実績があります。将来的には離島などへの導入に向けた取り組みも行われているそうです。

システムのほか、製品の開発も進められています。水素ガスを発生させる水電解装置は主に3タイプあり、①固体高分子電解質膜型と②アルカリ型はすでに商品化されています。東芝が製品化を進めている③SOEC(固体酸化物型水電解)型は高効率が特長で、水素を1Nm3つくるのに必要な電力量は①と②が約6kWhに比べ、約4kWhの省電力で済むそうです。施設内には①と③が設置され、つくられた水素は配管を通して窓の外に見える大型の水素貯蔵タンクにためられます。圧力を上げるほど多くためられますが、日本の規制では1MPa(メガパスカル)(10気圧)を超えると新たに施設が必要になるため、あえて10気圧以下の設計にしているそうです。例えばトヨタのFCV「MIRAI」のタンクは700気圧だから小さいと伺い、圧力の高さとタンクの大きさの関係に「なるほど!」と声が上がりました。

さらに施設内では壁面を使ったスライドなどにより、東芝の水素事業のさまざまな取り組みも紹介されます。クリーンで低コストな水素製造技術確立を目指すため、福島県浪江町に建設された世界最大級の水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」では、広大な敷地に太陽光パネルを20MW(メガワット)敷き詰め、東北電力と需要と供給を調整しながら水電解装置を動かし、1日の水素製造量で約150世帯分(1カ月分)の電力を供給、または560台のFCVに水素を充填できる実証実験を行っています。つくった水素は輸送し、東京オリンピックの選手村でもエネルギーとして使ったそうです。また、再生可能エネルギー由来ではなく、山口県周南市で苛性ソーダ工場から製造過程で出る水素を使って、隣接する温水プールに電力などを供給する実証実験も行われているとのことです。さらに東芝は燃料電池の開発にも取り組んでいます。水だけを排出する純水素燃料電池システム「H2ReXTM」は95%超の高いエネルギー効率を実現し、100台以上の納入実績があり、将来に向けてMWサイズの開発も進めているそうです。

地産地消で水素を供給する「水素エネルギー利活用センター」

屋外に出て、「H2OneTM」の事業所モデル「水素エネルギー利活用センター」を見学しました。太陽光発電による電力から水素を製造・圧縮・蓄圧し、FC(燃料電池)フォークリフト(2台)に充填し、工場の中で荷物の積み下ろしなどに使っています。水素ステーションには35MPa(350気圧)に圧力を上げた水素が入るディスペンサーが置かれ、ちょうどFCフォークリフトに水素を充填するところでした。FCフォークリフトのレギュレーションが35MPaのため、フォークリフトに充填できるように設備も設計しているそうです。燃料電池は水素と酸素を反応させて電力をつくり、水を排出しますが、FCフォークリフトは工場内で使うので水をタンクにためるしくみになっており、まず水抜きをします。ピチャピチャと水の音が聞こえるなか、有資格者の作業員の方が水素ホースを持ってFCフォークリフトにつなげ、約3分で充填完了し、スムーズに走って行きました。満タン1kg(10Nm3)で、工場内で4日くらい動かせるとのことです。こちらの施設の天井にも太陽光発電パネルが敷き詰められ、隣の開発センターの太陽光発電の電力と合わせて水電解装置に送って水素をつくり、0.8MPa (8気圧)を40MPa(400気圧)まで圧縮して蓄圧器またはディスペンサーに送ります。水素ステーションの裏へ回ると小さな圧縮器が置かれ、キーキーと油圧で水素を圧縮する音が聞こえました。その隣には小型タンクの形をした蓄圧器が2つ(計250Nm3)置かれています。これらの製品はすべて法律によりコンクリート製の防護壁に覆われ、コンパクトにまとめられていました。


■水素エネルギーマネージメントシステムH2EMS TM

(図)


 

最後に会議室に戻り、質疑応答の時間を取っていただきました。「20年ほど前にETTで水素に関する見学会に参加したが、今との違いは?」という質問には、「水素製造技術、燃料電池技術、貯蔵技術とも、当時に比べて大きく技術進展しています」との答えでした。「水素は海外のほうが安くつくれるのでは?」という質問には、「広大な敷地がある海外のほうが再生可能エネルギーは安くつくれるが、私たちも水電解装置を安くつくれるように努力するなど、水素を普及できるよう切磋琢磨していきたい」と答えをいただきました。今回の見学を通して、次世代の水素社会実現に向けた研究開発は日進月歩の勢いで進んでいること、そしてその中核にはエネルギーのリーディングカンパニーならではの技術開発力と熱意があることを知り、帰途に着きました。


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