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越智小枝氏インタビュー
リスクはゼロにならないなら、リスク選択にどう向き合うか

世界は今、収束が見えない未知の病、新型コロナウイルス感染で揺れています。そして私たちは、感染以上に精神的なストレスにも悩まされています。東日本大震災後の福島で治療に当たる傍ら、その経験を生かして医療に関連する社会的な問題をコミュニケーションにより解決できる方法はないか模索していらっしゃる越智小枝氏(相馬中央病院非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座講師)に、神津カンナETT代表がお話を伺いました。

住地域の違いで異なる新型コロナウイルスの影響

神津 越智先生は医学部卒業後、膠原病、リウマチを専門分野として選ばれていますが、何か理由はありますか?

越智 女性患者が多く、原因がよくわからないから長く付き合う病気であり、そのわからなさに興味が持てたのかもしれません。

神津 新型コロナウィルス(以下、新型コロナに省略)もまさにわからない病気ですね。今は検索すれば何でも答えがわかるような時代ですけれど、実はただわかっていると錯覚して私たちは生きている気がしますね

越智 新型コロナが世界中で流行している中で、日本が欧米に比べて感染者が少ない原因や、男性の方が重症化しやすい理由も不明です。

神津 新型というなら旧型コロナもあるのですか。

越智 SARSやMERSもコロナウイルスの一種で、風邪の症状が突然変異し毒性化したものと考えられています。今でも患者がゼロになったわけではありません。そもそも一般的な風邪でさえ特効薬がなく、もし開発されればノーベル賞に値するほどです。予防策としては昔から言われているように「食事の前には手を洗いましょう」が有効なくらいです。

神津 マドリッドに住む弟は、スペイン人はハグするし外歩きした靴でそのまま室内を歩き回るから不衛生だと言います。ところが新型コロナの流行をきっかけに彼らの生活様式も変わり、外では絶えずマスクをするようになったそうですし。

越智 日本とは文化が全く異なる地域で、例えばキリスト教の信者が教会に集まれないというような状況は、ある意味、西洋文化の崩壊につながるのではないかとさえ感じました。

神津 先生はWithコロナについてどう思われますか。

越智 コロナはわからないものの最たるものです。予防するのに何が大事で何が無駄なのか、例として電車など公共の場では食べ物を口にしないといった昔ながらの習慣を見つめ直すチャンスにはなると思います。若者は何とかなりますが、一方これまで健康寿命を伸ばすために地域で支えてきた高齢者へのインパクトは大きく、介護のあり方を今後どうデザインしていけばいいか考えなければなりません。

神津 なるほど。新型コロナの蔓延中に外来で診察されていて、患者さんたちの反応はどうでしたか。

越智 37度以上の熱が続くストレス性熱の患者さんもいますし、ずっと子供が家にいることにストレスを感じているお母さんもいました。ただし外出制限で家にいて全く動かない東京の高齢者と比べると、福島では「どこにも行けないから草むしりと畑仕事をしているんですよ」というように、家にいるという感覚が全く違うんですね。

福島で学んだクライシス・コミュニケーションの重要性

神津 日本で医師としてスタートしながら、公衆衛生を学ぶためロンドンに留学されたきっかけは何でしたか。

越智 下町にある病院に勤務した経験です。繁華街に近く、生活困窮者や不法滞在者までいて、結核の人が多かったのが特徴です。病気が治って退院させても実は不法滞在者だから外へ出たら逮捕される、また入院費が払えないから治療の最中にわずかの荷物を入れた紙袋を抱えて病院から逃げ出した人もいました。ここでの経験が元になり、病気にかかった患者さんを待っているだけの医療でいいのかなと考えました。

神津 帰国後の2013年11月から相馬市に向かわれていますがそれはなぜですか。

越智 患者さんをもっとゆっくり診察したい、それから災害復興地に興味がありました。しかし初めての田舎生活でしたから海外留学よりカルチャーショックが大きかったです。空気が良くて、食べ物が安くておいしい土地にいる人たちがなぜこんな状態になっているのかと不思議に思えたのです。

神津 福島の被災者のありようがだんだんわかってきた中で一番のギャップは何だったでしょうか。

越智 都会の人は「かわいそう」と思うけれど、実際には被災地の人たちはちゃんと助け合っているし、それまでも周囲の人が高齢者に手を貸すのは当たり前だったから、東京に比べて「心が豊かな」生活をしていると感じました。

神津 風評被害や子供についての不安などに対しては、どのように答えていらっしゃいましたか。

越智 放射線が怖いと思い込んでいるのを、怖くはないですよとは言わずに、怖いと思うなら思っていていい、けれど怖いから子供を一切外に出さないという母親に対しては、「くる病などむしろ病気になるからなるべく子供は外に出して、手はしっかり洗い食べ物には気をつけてくださいね」と妥協できるラインを一緒に探すようにしていました。

神津 それは実は難しい作業ですよね。今の新型コロナ流行でストレスによる健康被害や、亡くなった人を身近で目にする機会が増えているストレスなどは、東日本大震災の時と同じなのかもしれません。

越智 あの時の教訓をもう少し生かしてほしいのに、クライシス・コミュニケーション(*非常事態発生による危機的状況に直面した場合、被害を最小限に抑えるために行う、情報開示を基本としたコミュニケーション活動)があまりに少ないと感じます。不安に寄り添うことが大事だとあれほど学んできたはずなのに、いくらソーシャルディスタンスとは言っても不安に寄り添う人がいないのです。「心配なことがあってもこのくらいまでならできますよ」というラインについてマスコミは説明しません。専門家もただ淡々と解説するだけで、不安を抱えたままどのように生活していけばいいのか、もう少し丁寧に説明する必要性を感じます。

神津 まさにそうですねえ。片方だけの報道では足りませんね。越智先生は、コロナ禍で日本の医療体制の長所短所をどのように感じられましたか。

越智 日本の医療環境は、体の具合が悪くなったら一番近い医療機関にかかれるのが長所ですし、世界一の保有数であるCTスキャンで肺炎の状態もはっきりとわかりました。問題があるのは、医師が少なく検査もできない高齢者施設。ビニールエプロンやマスク、検査服をたくさん届けてあげてほしいです。それから医者ばかりではなく、介護施設勤務の方、救急隊員、検査技師にも感謝と手厚い手当てをしてほしいと感じています。

「わからない」感染症に対する正解はない 

神津 ところで先生は、プライベートでストレス発散をしていますか。

越智 趣味の剣道は三密なので医療関係者は当分できませんし、旅行に行きたくても行けないのが残念です。今回の災禍で、不要不急が実は経済を回しているのがよくわかりました。不要不急がなければ人は生きていけないとも感じています。生命維持に必要なもの以外を全部なくした時どんな影響が起きるのか、間接的な影響も含めて全部テーブルに並べてみるべきではないかということを、福島第一原子力発電所の事故の後で考え自分の課題にしています。例えば福島では、原子力発電所の事故による直接的な死者は出なかったものの、放射能とがんの関連性ばかりクローズアップされましたが、避難による精神的ストレス、健康被害や高齢者の認知症の増加はあまり取り上げられませんでした。新型コロナも死者数だけ見ると日本は大したことはないというけれど、実際に起きていることは数字ではわかりません。あれこれ思いつく限りの影響を全てテーブルに並べて、それらの選択肢から自分でどのリスクなら受容できるか選べるようにしたほうがいいと思います。

神津 自分で考え選択するのが日本人の最も苦手なところですし、多方面から見ることも苦手ですね、日本人は。ところで先生は高杉晋作の「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり」という言葉がお好きだとお聞きしました。今、みんなが不機嫌な表情をしていますよね。どうしたら私たちは気分が楽になるでしょうか。

越智 先ごろ送られてきたアベノマスクを私はすぐタンスにしまいましたが、10年後にこれを見てどう思うのかなと考えています。おそらくもう少ししたら笑って振り返られるのではないか、そんな期待をしてみたらいかがでしょうか。私は福島のこれまでを見てきたせいか、何となく心にゆとりがあって、新型コロナは初めての体験ですが、初めての気がしないんです。

神津 その福島は今、どのように変わりましたか。

越智 復興バブル的に相馬市も少し豊かになってきていて、何より震災を話題にすることが少なくなりました。2013年11月の内科外来では、2年半経っているのに震災の話を聞かない日はなかったですし、話をしながらわっと泣き出す人もいましたが、今はもういません。ただ新型コロナで現在緊張している人が解放されたら今度は「荷おろしうつ病」に気をつけなくてはなりませんね。何をきっかけにフラッシュバックが起きるかわからないですし。

神津 これから新型コロナの第2波、第3波はやってくると思いますか。

越智 無症状のウイルス保持者が多数いるので、自粛解除すれば感染者が増えるのは間違いないです。寒い季節になれば増加、さらに海外との人の行き来によっても増加するでしょう。だから医療従事者は防御の準備をし続けなければなりません。

神津 100年前のスペイン風邪もさらに昔のペスト流行時も、緩やかに何回も流行し、次第に落ち着いたと歴史が教えています。

越智 感染がゼロになることはありません。ただこのままストレスが続くと免疫力が落ちるので、専門家は「こうしなさい」と指示をするのではなく、「こうするとAのリスクが下がるけれど、Bのリスクは上がりますよ」と提示するのが役割であると思います。こういったクライシス・コミュニケーションができるのは、福島に携わった人間だからかもしれません。

神津 自分で考え選ぶより、とにかく言い切ってもらえたほうが楽に感じるせいなのだと思いますが、私たちはつい言い切るコメンテイターの発言に流されやすいですね。

越智 また一方で決して忘れてはならないのは、今回の新型コロナ感染やパンデミックの結果はきちんと残しておくことです。収束したらそれで終わりではなく、病院や省庁などは経緯や結果を検証して、今後また別の感染症が起きた時に役立てるようにしておくべきです。正解はないのだから、ここがわからなかったという事実も残すことが大事であり、全ての事象が今後、どのような形で生かされるかわからないからです。

神津 成功も失敗も全て残して、後年、あるいは将来の世代に委ねることが重要なんですね。福島と新型コロナを経験した日本としては、これをきっかけに医療を含めた社会のスタイルがステップアップしていってほしいと願っています。

対談を終えて

越智先生は滅法、お酒が強い。剣道も強い。そして専門の「医学」の世界の中においても、いつもきちんとした発言をし、年上の私が頼もしいと感じる女性だ。
その越智先生は東京の墨東病院に勤務することによって、机上論だけではない「医学」の現場を見たのだと思う。研究も基礎も、机上論は重要である。しかしそれだけでは解決できないのが「医学」なのだと悟ったのだろう。それが公衆衛生の重要性を感じることとなり、英国で学び直し、そして福島、今は新型コロナにつながったのだと私は思っている。宿命なのだろう。この人に担って欲しいというある種の使命を背負った人なのだと感じる。これは個人的な見解であるし、独りよがりの勝手な言い分だが、「もの書き」という世界に身を置きながらETT活動に重要性を感じている私と、どこか相似点を感じるからかもしれない。疲れるだろうと思う。弱音を吐きたくなるときもあると思う。しかしにこやかに立っている越智先生を見ると、救われる自分がいて、そのことを素直にありがたいと思う。
今回の対談でも医療従事者としてお忙しい中、さまざまな話をすることができて嬉しかった。中でも「わからないこと」を受容する力がなくなってしまったという越智先生の言葉を聞き、人間の哀しさに関して多くのことを思った。すべてがクリアに回答を得られるものではない。未知のもの、理解できないもの、想定外のものに囲まれているのが世の中なのだ。私たちはそのことを日々の生活の中で、多くの局面で感じながらも、どこかではクリアな答えを早急に求めてしまう。その矛盾こそが人間の哀しさなのだと思い、その中で生き続けなければいけない越智先生の肩をポンポンと叩きたくなった私である。想定外を受け入れる。それが人間の叡智だと思った。

神津 カンナ


越智小枝(おち さえ)氏プロフィール

相馬中央病院非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座講師
1993年桜蔭高校卒、99年東京医科歯科大学医学部卒業。国保旭中央病院などの研修を終え東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科に入局。東京下町の都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことから災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ後、13年11月より相馬中央病院勤務。17年より現職。剣道6段。

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