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本間希樹氏インタビュー
百聞は一見に如かず、ブラックホール撮影に成功

2019年に史上初のブラックホールの撮影に成功した、天文学者の本間希樹(ほんま まれき)氏。2021年11月18日、神津カンナ氏(ETT代表)は、本間氏が所長/教授を務められている国立天文台水沢VLBI*観測所(岩手県奥州市水沢星ガ丘町)を訪れてお話を伺った後、所内を案内していただきました。
*VLBI(ブイエルビーアイ):超長基線電波干渉法

ブラックホールは「つぶれちゃった天体」

神津 こちらの国立天文台水沢VLBI観測所についてご説明いただけますか?

本間 明治時代、国際共同事業として緯度観測所が世界6カ所の北緯39度8分の線上に置かれた時に日本ではここ水沢が選ばれ、臨時緯度観測所が設置されたのが始まりです。今は電波望遠鏡で宇宙からの電波を受け止め、どのような天体がどの位エネルギーを出しているのかを観測しています。

神津 子どもの頃から宇宙に興味があったのですか?

本間 小学生の時に天体望遠鏡を買ってもらった頃から宇宙に興味があり、東京大学理学部天文学科に進学しました。

神津 大学ではオーケストラに所属されていたそうですが。

本間 中学生からバイオリンを始め、今もクラシック音楽が好きです。いろいろな楽器を演奏する人たちが、それぞれやることは違うけれども一つにまとまって演奏するオーケストラは社会の縮図だと思います。特に世界中の研究者とプロジェクトで動いていると似ているなと感じます。ブラックホールの国際プロジェクトでは撮影時に200人超、今は300人位が参加しています。日本の研究機関に所属する研究者は15名で、そのほかに外国で活躍している日本人もいます。

神津 ブラックホールの写真はどのようにして撮影したのですか?

本間 北米、南米、ヨーロッパ、南極など計8カ所に設置した電波望遠鏡を同期させて同時に観測したデータを集め、ドイツとアメリカのスーパーコンピュータで解析して1兆分の1秒の時間差で波面を合成し、地球サイズの仮想望遠鏡をつくり出しました。人類が達成した中で一番高いと言われる「視力300万」という値が得られ、撮影に成功しました。

神津 人間の視力は平均して1.0ですから、視力300万とは凄い!しかし、そのブラックホールは一言で言うと、どういうものなのですか?

本間 「つぶれちゃった天体」ですね。地球や太陽、月など丸い天体には重力があってつぶれようとしていますが、真ん中が高温高圧で押し返しているのでつぶれずに形を保っています。もし中の圧力がゼロになったら、星が支えられなくなるのでつぶれます。そのまま中心の点までつぶれていったのがブラックホールという天体です。

神津 よく穴の中に吸い込まれる感じと言いますが?

本間 そうです。ブラックホールの本体は点ですが、ブラックホールを囲む「事象の地平面(event horizon)」という特別な場所が、その点の周りに球状にできます。重力が強過ぎて、そこを通り過ぎると光も物も出て来られなくなるのでその表面は真っ暗です。僕らが撮った写真のドーナツ状の真ん中は、その場所が影として見えているのです。

神津 そこに入った物はどうなるんでしょう?

本間 誰も見たことがないのですが、中心の点まで引き付けられてベチャッとくっ付いてしまうと予想されています。中心の点は大きさが無限に小さくて密度が無限に高い、今の物理学では想像のつかない場所です。

神津 へぇ!地球はまだつぶれませんよね?

本間 はい、大丈夫です。でも50億年後に太陽が燃え尽きてしまいますが…。

神津 本間さんのお話を伺っていると、それこそ天文学的な数字が当たり前のように出てくるのですが、本間さんにはピンとくるのですか?

本間 毎日扱っている数字が天文学的なので、慣れだと思いますよ。宇宙は138億歳、天の川の中の赤ちゃん星は100万歳、宇宙スケールでは1億年はわりと短い時間です。

神津 なるほどねえ。ところで本間さんはなぜブラックホールに興味を持たれたのですか?

本間 ブラックホールのような天体が存在していること自体が宇宙の不思議であり、面白さですよね。あと、ブラックホールのすぐそばでは時間もほとんど止まります。「時空間は歪む」とアインシュタインが相対性理論を発表してから約100年経ち、科学の進歩で写真を撮って実証できたことも興味深いです。宇宙は点から始まってビッグバンで爆発して、星が集まって天の川のような銀河がたくさんできて、その真ん中にブラックホールがあって、太陽ができて…、進化を遂げて今の状態になっています。僕らの生活は太陽と地球さえあれば成り立つわけですが、容れ物としての宇宙を見るとなんて不思議なんだろうと思います。

神津 アインシュタインの理論を可視化することにターゲットを絞った理由は何ですか?

本間 ブラックホールがあるのだったら写真に撮って見てみたい!と思ったからです。「百聞は一見に如かず」で、見たことが究極の証拠になります。自分で見て納得することが重要なのです。

神津 天文学の進歩は近年格段にスピードを上げたと思いますが。

本間 ここ数十年の進歩はすごいと思います。僕が1994年に大学院に入った時は太陽系以外の惑星はまだ1個も知られていませんでしたが、今や何千個も見つかっています。地球とそっくりな星は今でも見つかっていませんが、近いうちに見つかるでしょう。

神津 天文学では歴代の中にエポック的な人物はいるのでしょうか?

本間 昔はアインシュタインやニュートンのような偉人が一人で劇的に世界を変えましたが、最近ではいません。今は科学が巨大化して、いわゆるビッグサイエンス*という形で、世界中の何百人もの研究者と協力して大きな装置をつくって大きなプロジェクトをやるからです。世の中の課題がどんどん大きくなっているので、経済などほかの分野でも同様ではないでしょうか。
*巨額の資金と大量の人材を要する大規模な科学技術。

神津 大勢の人を取りまとめるのはたいへんそうですね。

本間 僕は日本の研究者グループのまとめ役ですが、振り返ってみると、皆が「ブラックホールの写真を撮りたい、姿をよく知りたい」という同じ夢を持っていたから成功したと思います。

神津 国力の差を感じることはありますか?

本間 ブラックホールの写真を撮れればノーベル賞級の成果だと皆わかっていますから、やはり主導権争いが生じます。日本はグループも小さく予算も少ないので、写真にする前のデータ解析に的を絞ってオリジナルの方法を提案したのですが、その後でアメリカも同様の方法を提案してきました。結局、日本、アメリカ、従来の方法の3つを使って確認し、最後の結果ではその平均を採用しました。僕らは競争して互いに切磋琢磨しながら進み、得られた結果は皆のものということです。2020年には、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に帰還して大成功を収めましたが、現在アメリカでは何倍もの予算をかけてNASAがそっくりなプロジェクトを行っています。エネルギーや環境、経済、軍事などにしても、先進国は大事なところを譲ろうとしないマインドを持っています。

神津 日本の予算は少ないのですか?

本間 日本が科学にかけている予算はアメリカやEU、中国と比べると少ないので、何とか食いついて行こうとやっている感じです。アメリカはハーバード大などの有力大学の多くが私立なので経営にフレキシビリティがあり、大学が数兆円を運用して研究資金にしているとも聞きます。また、アメリカは日本の人口の約3倍、国家予算も4〜5倍ですから同じというわけにはいきません。

神津 今や料理も「時短」で、働くことにも即戦力が求められ、じっくり取り組むことが押しやられている気がします。

本間 研究の世界でも若い研究者が3年、5年といった任期付きになり、目先の成果を出さざるをえない風潮になっているので、10年後に花開くといった大きな夢を目指して研究することがやりにくくなっています。

ブラックホールは夢の発電所!?

神津 たまに思うのですが、宇宙を使ってエネルギーを得ることは実現できないものでしょうか?

本間 夢物語ですが「ブラックホールは究極の発電所」と科学の世界では言われています。ブラックホールに物を落とすと重力に引き付けられてぐるぐる回り出して熱を持ち、光や電波を出すので、その光や電波をかき集めてエネルギーにすればいいという話です。原子核分裂のエネルギー効率*が約0.1%、核融合が1%弱に対し、ブラックホールは約10%もあるとされています。燃料として投入する物は何でもよく廃棄物も出さないので、環境問題も同時に解決する「夢の発電所」というわけです。
*投入した静止質量エネルギーに対して回収(利用)できるエネルギーの比率。

神津 へえ。でも、ブラックホールは地球から遠いですよね?

本間 一番近いものでも2,000〜3,000光年離れています。故ホーキング博士が「すべてのブラックホールは光と電波を出していて、最後は消えてなくなる」と予言したことから、人工的に小さいブラックホールをつくることができれば、利用した後に消えてなくすことができる可能性もあります。

神津 本間さんのこれからの夢は、ブラックホールの動画を撮ることだそうですね?

本間 はい。あと、もっと暗いものが見える望遠鏡がないと無理ですが、宇宙人を探したいという興味もあります。今、世界の国々が参加して1㎢の集光面積を持つ世界最大の電波望遠鏡をつくろうという「SKAプロジェクト」が進められ、10〜20年後に完成予定です。もし宇宙人が出している電波をキャッチできたら、地球人よりおそらく長生きしている、持続可能な文明の存在を証明することになります。

神津 常にものすごく長いスパンで見ている本間さんにとって、2030年、2050年問題はどう感じますか?

本間 SDGs、カーボンニュートラル(CO2排出量実質ゼロ)も大事ですが、もう一つの根本的な問題が「人口減少」です。厚生労働省が日本の人口は2080年に約6,000万人と予測していますが、同じペースで減少が続くと3000年には約100万人と、現在の岩手県(約120万人)位になります。1億2,000万人から約99%も減るので、地球環境が維持されたとしても、生物学的に見て絶滅が近いのはまちがいありません。

神津 日本人は絶滅危惧種になるわけですね。

本間 世界の先進国は平和で豊かになると子どもをつくらなくなり、人口が減ってしまう。生物学的な危機を今修正しないと未来は暗いのではないかと思います。

神津 子どもといえば、NHKのラジオ番組『子ども科学電話相談』の回答を担当されていますが、いかがですか?

本間 子どもに「次はブラックホールの中を見せてほしい」と言われたことがありました。そんなことは科学的な常識では無理なので考えたこともなかったのですが、気がつかないうちにできないという偏見に囚われていたのではないか、できないと思わないことが科学者ではないかと、いつも子どもたちから教わっています。


銀河系の3次元立体地図をつくる「VERAプロジェクト」

本館を出て、緑豊かな所内を案内していただきました。歩道に「39°8’」と白線が引かれ、横の方へ目をやると、百葉箱のような白い建物が見えました。明治時代に緯度観測が行われていた「眼視天頂儀室」です。近くには、1987年にここで初めて電波天文観測を行った3mアンテナの電波望遠鏡も見えました。「3m、10m、20mと経験を積んでいった」とのことで、正面奥には1992年に完成した10mアンテナ、その手前には2001年に完成した20mアンテナの電波望遠鏡が設置されています。20mアンテナはここ水沢(岩手県)のほか、小笠原(東京都)、入来(いりき・鹿児島県)、石垣島(沖縄県)の各観測所に設置され、天の川銀河の立体地図をつくる「VERA(ベラ)プロジェクト」が進められています。4局同時に同じ星を観測することで直径2,300km、日本列島と同じ位の大きさの望遠鏡の性能が得られ、10年以上かけて銀河系を観測し、星々の姿を立体的に描き出そうとしています。子どもでも楽しめる説明パネルには、仮想望遠鏡は「月面上の1円玉を判別できる精度」と記載され、「こちらの視力は10万です」と伺いました。4局で観測した星からの電波は、デジタル信号に変換してハードディスクに記録します。その後、ここ水沢に郵送して集め、データを処理して電波写真をつくったり、天体の位置と動きを測ったりしているそうです。見学当日は小笠原局の塩害対策で止める必要があったため、こちらの巨大なアンテナも上を向いて止められていました。「単体でも動くが、4局同時でないと性能が発揮されない」と理由を伺って納得しました。

次に、前身の緯度観測所の木村栄(ひさし)初代所長の業績を称えた記念館(旧緯度観測所本館)を見学しました。1899年(明治32年)設立直後の本館で、登録有形文化財に指定された趣のある建物には、観測所設立時の望遠鏡や、関東大震災時のデータが残る地震計、水銀を流し込んで垂直を自動的に得る望遠鏡など貴重な資料が展示され、日本における観測の歴史を感じさせられました。

本館に戻ると、玄関に「中央標準時」と表示された時計が掛けられています。日本の正式な時刻を法律上管理しているのは国立天文台だそうです。一方、報時を仕事とする総務省は「日本標準時」を使っているので、日本には時刻は実は二つありますが、時差は10億分の1なのでどちらでもかまわないと伺って驚きました。モニターが数多く設置された観測運用室に入ると「観測作業中」と書かれた札が置かれ、研究員の方が20mアンテナの電波望遠鏡が設置された4局(水沢、小笠原、入来、石垣島)の様子を見ています。4局ともこちらで操作しているそうですが、「予算があった頃は24時間3交代制でしたが今は16時間2交代制で一部自動化しています」と話されていました。隣の相関器室では所狭しと置かれたラックにパソコンがぎっしり積まれています。動作音が響き、熱がこもる中で、研究員の方が4局の観測データが記録されたハードディスクを読み出し、解析し、バックアップをする作業をされていました。パソコンはスピードが出るよう、研究員の方が自らパーツを買ってきて組み立てているそうです。「銀河系の真の姿に迫りたい」という熱い思いを、研究員の方々が熱心に作業する様子から感じながら見学を終えました。


対談を終えて

国立天文台水沢VLBI観測所の初代所長は木村栄氏だった。その木村氏の記念館を見学した時、私は二つの面白いものを発見した。一つは木村氏が第一回の文化勲章受章者だったということ。そして昭和12年に授与されたその栄えある第一回の受賞者には、他に横山大観、竹内栖鳳がいたということである。何でもない記述だが、木村氏の功績の大きさを再確認したと同時に、大観や栖鳳と木村氏が同時代を生きたことを噛みしめた。
もう一つは、木村氏は理科大学、今の東京大学理学部を卒業したのだが、その卒業証書に思いがけない記述を発見した。それは「理科大学星学科」とあるのだ。当時の「星学科」という表現に、なんだか私は胸が熱くなった。
ふと本間さんがおっしゃった言葉も記憶に残っている。
「平安時代に生きた陰陽師の人たちが書き残したものも役だっています」
もちろん天文学は科学である。けれども木村氏が大観たちと一緒に文化勲章を授与されたこと、星学科という名称があったこと、そして本間さんの口から陰陽師ということばが発せられたこと……などを思うと、私たちの営みの上にこそ、科学、化学、医学、芸術、宗教、すべてのものが存在するのだと改めて実感する。いや神様のクイズを一つ一つ解き明かすために、さまざまな分野があり、そこで切磋琢磨する人々が連綿と続いているのかもしれない。本間さんと話をし、敷地内の天文台や記念館を訪れながら歩いていると、そんなことをあれこれ考える。
本間さんの実績の凄さと佇まいの穏やかさの中には、宇宙への憧憬と、科学への信頼があり、そしていにしえに対する礎としての感謝と、未知への飽くなき好奇心が見える。決して豪奢とはいえない建物。そこで電気代を節約する工夫を凝らしながらクイズの答えを探し出す作業に没頭している本間さんは、やはり「星学科」の方なのだと、そう思いながら私は水沢からの帰路についた。

神津 カンナ


本間希樹(ほんま まれき)氏 プロフィール

自然科学研究機構 国立天文台水沢VLBI観測所 所長/教授
1971年アメリカ合衆国テキサス州生まれ、神奈川県育ち。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程を修了し、博士(理学)の学位を取得。国立天文台の研究員を経て、2015年より国立天文台水沢VLBI観測所 所長/教授を務める。「2020年度日本天文学会林忠四郎賞」受賞。主な研究分野は銀河系天文学。現在、国立天文台のVERAを用いて、銀河系の3次元構造の研究を進めている。また、銀河中心の巨大ブラックホールを事象の地平線スケールまで分解するEHTプロジェクト(ミリ波VLBI)も推進している。

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