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神谷秀博氏インタビュー粉体学とは何ですか? —— 工学研究が導く「粉」の可能性 

私たちは日常生活の中で粉になっている物質に囲まれています。中には目に見えないほどごく小さい粒子がありますが、その粉体(ふんたい)を長年、研究していらっしゃるのが神谷秀博氏(東京農工大学副学長)です。研究の概略を伺った後で、粉体を調べるための特殊な電子顕微鏡など研究のための精密機器が並ぶ大学の研究室を案内していただきました。その後、神津カンナETT代表がお話を伺いました。

粉体は毒にも薬にもなる

神津 なぜ私が粉体に興味を持ったかというと、友人の日本画家が岩石を粉にした岩絵の具を使っていたからです。粉の粗さによって色の濃度が異なるそうで、乳鉢でさらに細かくして色の調整をしていました。

神谷 粉体の利用は歴史が古く、例えば、エジプトのピラミッドでは、下図のように棺や埋蔵品を納める埋葬室の出口の天井に、底に陶器でふたをした穴に砂を詰めた支柱で支えられた巨大な重い岩の扉を置きました。砂により支柱に加わる岩の扉の重力を支えていました。棺や埋葬品などを安置したところで、通路の下に設置した、陶磁器製のふたを破壊する岩を滑らせてふたを割ると、砂が徐々に漏れて支柱と扉が下がり、岩の扉が閉まって、部屋を密閉しました。この方法で部屋をふさぎ、盗掘対策をしていました。砂が摩擦力により巨大な力を支えられる、古代人はすでに粉体の性質を知っていたのではないかと思われます。また食との関わりも古く、エジプト文明などでは小麦粉を臼で粉にしてパンを焼いていたと言われています。


ピラミッド時代の粉体


神津 粉にして利用することを発見した古代人はすごいですね。日本では昭和の初めに物理学者の寺田寅彦が粉体という言葉を初めて使ったそうですが。

神谷 粉体は多数の粒子の集合体で、気体、液体、固体の物質の三態とは異なる独特の性質があり、物質の第四の状態として「粉体」と寺田先生は定義されたようです。粉体のさまざまな特性を調べる方法や操作法など粉体工学で扱う対象は多様です。粉体はさまざまな場で使われており、例えば、生活関連では、印刷用のインクやトナー、化粧品、医薬品、エネルギー・環境分野ではPM2.5が最近話題になりましたが、石炭火力発電における灰微粒子付着防止など粉体はトラブルの原因になっております。また、リチウム電池、太陽電池、燃料電池なども、粉体は重要な原料になっており、重要な研究対象です。

神津 先ほど研究室を見せていただいた時に、粉体が飛び散ると高価な精密機械がダメージを受けやすいとおっしゃっていましたが、逆に飛びやすい性質を利用したものは何ですか。

神谷 その一つがコピー・複合機のトナーやインクジェットプリンターのインクです。粒子の単位として、1マイクロメートル(以下ミクロン)は、100万分の1メートル。さらに細かい1ナノメートル(以下ナノ)は、10億分の1メートルになります。付着性微粒子は100ミクロンから100ナノまでの間の大きさです。トナーについては7ミクロン程度の大きさで、狙ったポイントに粒子が飛んで他には飛び散らない粒子が出来たので、きれいに写真画質のプリントできるのです。なぜ7ミクロンかというと、私たちの目の分解能は10ミクロンなので、それ以下の大きさは判別できないため、これ以上、小さな粒子を使って精密さを求める必要はないとも言えます。

神津 人間には見える限界、聞こえる限界があるのは、ある意味で幸せだなと思うことがありますね。

神谷 健康への影響が懸念されているPM2.5は、粒径2.5ミクロン以下の粒子状空中浮遊物です。小さな粒子は、可視光を散乱しないので、目に見えなくなります。私は工学部の化学工学科に入学した時に、環境や公害の問題に取り組もうと思っていました。粉塵が舞い上がって人間の皮膚や喉に入ったとしても、目に見える10ミクロン以上の粒子はあまり危険ではなく、見えないものが実は怖い。また放射性物質も、ガス状やアルファ線、ガンマ線は、体内に取り込んだり、体を通過してもダメージは浴びた時だけです。問題なのは微粒子に放射性物質が付着し、その粒子が体内に沈着したまま排出されないと、沈着した場所で、放射能を放出し続けるため、がんになる危険性があります。実際に沈着しやすいのは、2.5ミクロンから20ナノ程度の範囲の粒子です。空気中に飛び散っている20ナノ以下の浮遊物を吸いこんでも、肺の中には入りますが、呼気と一緒に出ていくので、あまり沈着しません。ナノ粒子は、体内に入っても汗や排泄によって代謝することがわかっています。逆に、脳内には5ナノ以下になると入り、代謝しないという特徴を利用して、ナノ粒子のアルツハイマー病治療薬も研究されています。

神津 なるほど。インフルエンザの薬も最近は吸入粉末剤が多いというように、粉体は毒にも薬にもなるわけですね。

神谷 粉体の安全性という点では、日本はナノテクノロジーが相対的に進んでいるため、ナノ粒子が入った製品をヨーロッパに輸出する時に安全性で輸出困難にならないか、企業からの問い合わせがよくあります。EUは工業製品に限らず、例えば化粧品でも、300ナノ以下のものは含まれていないことを明示しないと販売が難しいようです。 

専門性が高く、わかりやすく説明できる学生の育成を目標 

神津 先生が今一番研究したい粉体工学のテーマはなんですか。

神谷 農業の分野での粉体工学の応用です。稲や多くの植物は、直接、水田や畑に種をまくのでなく、発芽から苗の段階まで、温度や水などを管理した苗床で育ててから、水田や畑に苗を植えます。苗床に使う培地(植物を培養するために調製された固形物質)を、ある特殊な方法で人工的に製造し、その苗床を用いて生育した苗を使って、水田で稲作の実地試験をしているところを昨年、見学に行きました。その地域は大きな台風に襲われ、他の水田の稲は倒れていましたが、その苗を使った稲は強靭で、全く倒れておりませんでした。収穫も2、3割増加したと、現地の農家の方が話しておりました。またトマト栽培でも猛暑で、通常の苗では途中で収穫できなくなりましたが、人工培地を使った農地では形は多少悪くともトマトが採れ、大変高い値段で売れたとのことでした。環境汚染もなく健康リスクもないこの人工培地が、なぜ、このような効果を生み出すのか、その機構を現在、研究中です。さらに、ナノサイズの肥料などが、葉と根から植物内に入り、植物内に滞留して、植物の成長とともに徐々に放出して成長を助ける仕組みができないか、など、新しい農業の工学ができないか、プラン策定に取り組んでいます。

神津 粉体の特性が解明されていくにつれ、使える用途がどんどん広がりますね。

神谷 今の日本で農業を続けていくのはかなり厳しいですが、この人工培地は軽量なので高齢者にとっても作業がしやすいですし、うまく植物に必要な時だけ出てきて、使った後は分解するような、ナノサイズの安全な農薬も仕込めば害虫も避けられ強い作物ができる。最先端テクノロジーを投入してコストをかけた植物工場では、一個千円くらいで売れる農産物しか経営が成り立たないので、食料危機には対応できません。もし異常気象などで、深刻な食料生産の危機になった時のために、異なるアプローチができないかと考えています。

神津 私たちはやはり、口にする食べ物は人工的に作ったのではなく人が土を耕しできたものの方が受け入れやすいと思います。それにしても粉は不思議な性質で、かつての粉末ジュースの素のように、わざわざ粉にしてからもう一度液体に溶かしたり、あるいは焼き固めてセラミックス(窯業製品)のような固体にしたり、手間がかかりますよね。

神谷 食品を粉末にするのは、腐らない、保存がしやすい効果もあります。特に、電気のインフラがない国や地域では、食品の粉末化は大事です 。 金属や鉄なら融点が比較的低いので、一度、溶かして形を整えて、作ることができますが、セラミックスの場合は、融点が2,000℃以上とか、とても高いので、溶かすのに大変な高温が必要です。また溶かして冷めた時には、セラミックスは脆いので、体積が収縮した時に、亀裂が入ってしまいます。粉にして固めてから焼くと融点よりかなり低い温度で、緻密な製品ができます。微粒子化して表面積を大きくすることで、物質の内部に比べて表面にエネルギーが溜まり、低温でも表面にある分子は移動しやすく、固まる訳です。表面積の大きな固体は、気体、液体との反応も活発になり、触媒にも利用できます。

神津 先ほどおっしゃったように、粉は見えないから怖がることがあります。寺田寅彦が言ったように「正しく怖がる」ためにはどうしたらいいのでしょうか。PM2.5のように、体内に入ってきても排泄されることをセットにして説明し、「だから代謝をあげた方がいいですよ」とアドバイスするとか。

神谷 サイエンスを分かりやすくすることこそ科学者が最もすべきなのですが、しかし専門家になるとどうしても専門用語を使って難しい話にしてしまいがちです。

神津 スペシャリストがたくさんいるからこそ、スーパージェネラリストの存在価値が高まっています。

神谷 本学では、農と工の専門以外に、社会科学や人文科学の領域で他の大学と連携しています。海外からは、例えばドイツから毎年数十人の外国人学生が10日間ほどやってきて、本学学生と共同で、日本のこの東京多摩地区にある優れた技術を持った日本の中小企業の技術や製品を、ヨーロッパに普及できるよう戦略案を練り提案する研修プログラムを行っています。日本国内そして日本から海外へ、海外から日本へと交流を進めており、専門性を高めると同時にコミュニケーション能力を高められるような取り組みをしています。 

神津 社会科学系の他大学学生にとっても、理科系の知識を持った学生と交流すれば相互に有効と言えますね。日本にも優れた技術者がたくさんいて、日本では生産されなくなった原材料を輸入し加工して製品化する技術力は、世界のトップクラスと言えますから、上手に発信していってほしいですね。

食とエネルギーの未来のために続けられる粉体学の研究

神津 研究室の機器は動かしておくのが最もメンテナンスになるという話は興味深かったです。長期間停止している原子力発電所は大変だなと思い浮かべてしまいました。ところで、日本の電力のベース供給力にもなっている石炭火力発電の行方が今、注目されていますね。

神谷 原子力発電所の停止により、石炭火力発電所の役割が大きくなっていますが、現在、使用できる石炭は非常に限られています。良質の石炭はうまく砕けて粉になりますが、品質が悪く砕けない石炭だと、今の火力発電所のシステムでは、うまく燃やせない、良質な石炭と少し混ぜてしか使えない状況にあります。実は良質の石炭が枯渇しているという問題があります。

神津 石炭ならどれでも同じと思ってしまいますが、産地によっても成分によっても違うし、低品質のものだと厄介な問題が起きますか。

神谷 かつて、新しい石炭火力発電方式として、石炭を高温高圧で燃やして出てくる排ガス中の灰粒子を、セラミックスフィルターで集じん分離して、できたクリーンなガスで、ガスタービンを回して高効率かつ省エネにも貢献する技術の開発に関わりました。石炭のガス化のプロジェクトでも、出てきた灰微粒子が付着して、フィルターや炉の閉塞トラブルが発生しました。また、良質な石炭とバイオマスや廃棄物、低品位の石炭を一緒に燃やす混合燃焼発電でも、出てくる灰の付着性が、良質な石炭だけ燃やした場合に比べ、付着トラブルが起きやすいという問題もあります。セラミックスフィルター技術は、さまざまなトラブルを乗り越え、ほぼ実用化まで達しましたが、原油価格が下がり石油危機が去って当面の燃料価格の問題がクリアされ、さらに地球温暖化問題が注目されるようになったため、この技術は生かされることなく2000年頃までで研究をやめてしまいました。

神津 日本は食料もエネルギーも自給率が低いですから、安定供給のためにはいろいろな選択肢を残しておくべきではないでしょうか。

神谷 石炭そのものは、今後100年は残ると思います。しかし今の石炭火力発電方式では特定の年代の石炭しか燃やせないので、違う発電方式に変えなければ使えないでしょう。

神津 「石器時代がなくなったのは、石がなくなったからではなく石器を使わなくなったから」という話を以前に聞いたことがあります。石炭はあるのに、使えるかどうかが難しくなるということですかね。

神谷 セラミックスフィルターはその後、下水処理場で下水処理で発生する汚泥の焼却処理の際に出てくる高温排ガスの利用のために使うことになり、復活しましたが、使用する技術が難しいことを知らずに始めたため、フィルターが壊れたり詰まるトラブルが発生しました。私が、昔、論文を書いていたため、問い合わせが来ました。もし困難な技術だと知っていたら、使われなかったかもしれません。結局、石炭はCO2排出量が多いので地球温暖化問題により、日本のみならず世界中で石炭火力を廃止する方向に向かいつつありますが、再生エネルギーで完全に賄えるようになるまで、つなぎのエネルギー源として活用は必要と思います。

神津 では再生エネルギーの普及に欠かせないリチウム電池や、光エネルギーを電気エネルギーに変換する色素増感太陽電池の材料に対するナノ物質応用はどの程度、研究が進んでいますか。

神谷 リチウム電池などでは、原料の粉体の取り扱い、プロセスが安全で、高性能な電池を得るために重要な基盤技術として理解が深まっています。色素増感太陽電池は、粉体工学で解決できる部分は多くありますが、長い道のりと言えますね。人間がわかっていること、できることは、ごくわずかであり、技術を過信せず謙虚に一歩ずつ進んでいくべきだと思います。

神津 科学技術の研究開発から実用化までは本当に時間がかかりますよね。だから私たちは、希望的観測だけで大丈夫だと信じ込んでいると、食料にしろエネルギーにしろ、瓦解する日が来るかもしれないと肝に銘じておいたほうがよさそうですね。

対談を終えて

「粉体」という用語はあまりなじみのない言葉である。広辞苑にも「粉体」という語がないくらいだから、一般的に使われる言葉ではなさそうである。その「粉体」に興味を持ったきっかけは、友人の日本画家が、岩絵具といわれる着色顔料を様々に使い分けているのを見ていたからである。
日本画は、藍銅鉱(らんどうこう)・孔雀石(くじゃくいし)・珊瑚(さんご)・瑪瑙(めのう)などの鉱石を砕いて作った粉末状の顔料に固着材として膠(にかわ)を指で練り合わせ、絵具として用いる。この岩絵具により濃青色の群青(ぐんじょう)をはじめ、緑色の緑青(ろくしょう) 、赤色の朱、辰砂(しんしゃ)など鮮明な色調を長期間保ち続けることができるのだ。つまり、天然の鉱石を砕いて「粉」という媒体にして日本画の色に用いている。これは日本画だけではない。接着剤に膠を使うのが日本画だが、鶏卵や蜜蝋を使うテンペラ画、油を使った油彩画など、接着剤の違いはあるが、顔料はすべて「粉」から始まった。「粉」の存在なしに絵画は生まれなかったのである。
粉体というのは元々の形のままでは利用が難しい物質を利用しやすいようにするための形状のものであり、あらためて考えてみると私たちの身の回りには今、様々な「粉体」を見ることができる。小麦粉、ソバ、コーヒー、砂糖、食塩、こしょうなど自然の産物の食品はもとより、化粧品、パウダー、コピー機トナーなど、技術を応用した工業・化学製品など多くのものが暮らしの必需品として満ち溢れているのだ。
また、スギ・ヒノキの花粉、排ガスの粒子、黄砂など健康被害や動植物の育成にも影響を与える、ありがたくない紛粒の存在もある。
今回、粉体工学のありようを勉強し、人間の進歩、そのために生じた想定外の弊害、そしてそれらを克服するのは、すべて技術なのだと実感した。

神津 カンナ

神谷秀博(かみや ひでひろ)氏プロフィール

東京農工大学副学長
1958年、静岡県生まれ。77年、名古屋大学工学部化学工学科入学。86年、同大学院工学研究科博士後期課程終了、工学博士。名古屋工業大学材料工学科、名古屋大学工学部化学工学科を経て、93年、東京農工大学工学部物質生物工学科に異動。95年、同大学大学院生物システム応用科学研究科新設に伴い異動。2004年に同大学・大学院の教授、13年に生物システム応用科学府の学府長、17年には、グローバルイノベーション研究院・研究院長に就任、19年4月より現職。

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