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御堀直嗣氏インタビュー
EV(電気自動車)への転換が描く脱炭素社会の未来

脱炭素社会の実現に向け、走行中にCO2を排出しないEV(電気自動車)が国内外で脚光を浴びています。日本EVクラブの副代表としてEVや環境、エネルギー分野に詳しいモータージャーナリストの御堀直嗣氏に、神津カンナ氏(ETT代表)がEVの可能性や課題などについてお話を伺いました。



環境対策だけでなく、安全運転を支援できる可能性も

神津 御堀さんがEVに興味を持つようになったのはいつ頃からですか?

御堀 今から30年程前、1990年のバブル期には日本で素晴らしい車が次々と発売され、欧米と肩を並べるまでになりました。この先はどうなるのだろう?と考えていたところアメリカでEVレースが行われていることを知り、おもしろそうだと知り合い3人でEVのレースカーをつくって参戦したのです。現地へ行くと参加者の大半は高校生で、課外授業の一つとしてエンジン車を改造し、速さや走行距離などを競い、また製作工程を発表し合っていました。アメリカで環境問題が問われ始めた頃で、やがて来るEVの時代を見越しての準備だったのです。

神津 日本EVクラブの副代表になったきっかけは何だったのですか?

御堀 帰国当時、日本では大人も含め環境意識がまだ低かったので、EVの普及啓蒙を何かできないかと考え、車からエンジンとガソリンタンクを外してモーターとバッテリーを積み込む「EV手づくり教室」を開催したところ、数多くの応募がありました。中でも忘れられないのは、ぜんそくの女性の方が「車は私にとっては敵だけれどEVは排ガスが出ないから」と、積極的に参加してくださったことです。それまで私は車が好きな人たちと付き合ってきたわけですが、EVを通して車が嫌いな人とも知り合えることに気づきました。せっかくならEVに改造した車で走る場をつくろうと1994年に日本EVクラブをスタートさせ、今年で27年目になります。

神津 今では日本でもEVが脚光を浴びるようになりましたね。

御堀 EVが注目され始めたのはここ10年位ですが、当時の日本の状況からすると信じられない思いです。

神津 「EVの可能性」としては、排ガスが出ない以外にどんなことが挙げられますか?

御堀 EVはアクセルを踏み込むと電気が流れ、モーターが動いて走ります。アクセルから足を離すと、中の磁力がブレーキの役割を果たして徐々にスピードが落ち、パッと離すとグーッと強いブレーキが効きます。ペダルの踏み間違い事故は、「あっ、ブレーキを踏まなきゃ」と慌ててアクセルから足を離し、再度アクセルを踏んでしまって起こります。EVはアクセルから足を離した瞬間に減速するので、一瞬冷静になり、安全運転の一助になるのではないかと思います。あと、モーターはエンジンの約100倍速く速度変化できるので、AI(人工知能)を搭載した自動運転の実現へ向けて人間の反射神経により近づけやすいと考えています。

2050年の脱炭素社会に向け、企業も行政も大転換すべき時期

神津 お話を伺っているとEVを買いたくなるのですが、日本でなかなか普及しないのは商用車としては高額など、いくつか壁があるのではないでしょうか。EVのボンネットの中を見たことがあるのですが、モーターとバッテリー以外の部品の少なさに驚きました。自動車産業のさまざまな会社が生き残っていけるか心配になったのですが?

御堀 雇用は重要だと思います。しかし、30年も前から環境対応としてEVが存在し、10 年以上前に日本でEVが発売されました。日本の経営者で時代の変化を見て、燃料装置から制御装置へと製造を様変わりさせた会社もあります。「脱炭素社会になると日本の自動車産業の就業者約550万人の雇用が失われる」といった報道には違和感を覚えます。販売面でもインターネットで車が購入でき、「所有から共有へ」という時代になりつつあります。車に搭載した通信機で状態をデータ管理すれば車検制度も変わるでしょう。行政を含め自動車産業が大きく転換する時期に来ていると思います。炭坑や造船など、これまでも産業が成熟し、100年程経つと世の中の価値観が変わり、ほかの産業に転換していきました。菅総理が「2050年までに脱炭素社会を」と宣言しました。20年後、30年後をどう見て何を準備していくか、社内で真剣に議論すべきです。

神津 日本人は変化についていくこと、変化させること、あるいは変化するのは当たり前だということに割と鈍感で、そこが弱い所かもしれません。

御堀 過去の歴史を振り返るとともに、現状認識も大事です。そのうえで私は未来の話をしたいのです。「日本に急速充電器が約7,800基しか無いからすべてがEVになったらどうするのか」と言われますが、現在と比べて未来は語れません。「未来に向けて、充電器をどのように整備していくか」という計画を立てれば良いのです。

神津 これからEVが普及していくにあたって、日本にビジネスチャンスはあるでしょうか?

御堀 例えば日産自動車(株)は初代「日産リーフ」(2010年)の発売前に、EVの中古リチウムイオンバッテリーを活用する会社(フォーアールエナジー(株))を立ち上げました。EVはバッテリーの容量が60〜70%になると加速しにくくなり、能力を残したまま車には使えなくなるからです。EVの中古バッテリーの2次利用を実証、事業化している会社は現在ほかにありません。あと、EVは「止まっている時に働ける車」なので、バーチャルパワープラント(仮想発電所)として活用できる可能性を秘めています。自家用車の稼働率は10%程で、残りの90%の時間は駐車場に止まっていると言われています。例えばEVで通勤し、会社で充電している途中で地域に一時的に電力供給し、夕方前に再度充電して帰宅するといったように、AIを使ってクラウド上で管理すれば地域の電力需要に合わせて効率良く電気を使えるようになるでしょう。自動車会社と電力会社で意見交換や投資が必要になりますが…。

神津 EVと同じ次世代車として、FCV(燃料電池車)はどう見ていらっしゃいますか?

御堀 水素ステーションでは、FCVの燃料に使う水素を約800気圧に昇圧するため「圧縮」して密度を高めると同時に、温度上昇による膨張を抑えるため「冷却」し、多くの電力を必要とします。自転車のタイヤに空気を入れる際に空気入れが熱くなるのは、圧縮すると気体は温度が上がるからです。水素を充填するために必要な「圧縮と冷却」は、気体の特性から無理していると言わざるを得ません。一方EVなら、駐車場に充電器あるいはコンセントを設置するだけで充電できるので、環境にやさしい次世代車として、地域との電力需給を含めEVに軍配が上がると思います。


ある程度の化学的知識と、自分で考える意識を持とう

神津 EV普及の課題の一つに、御堀さんが挙げている「マンションなど集合住宅における管理組合の充電設備設置拒否問題」もありますね。

御堀 イギリスでは集合住宅にコンセントを付ける法整備がされ始めました。政治家が未来のビジョンを描けているからです。日本では電源構成一つにしても「2030年の再生可能エネルギー比率を40%に高める」と目標を立てていますが、具体策はあるのでしょうか?最大の疑問は、現在すでに気候が変動しているのに、「過去の気象データ」に基づいて「再生可能エネルギーの未来の発電量」を試算していることです。風力発電に適した風が安定的に吹く北海でさえ、偏西風の流れが変わったいま、将来はわかりません。再生可能エネルギー比率を高めた後になって、「もっと風が吹くと思っていた、もっと日が照ると思っていたのに」という事態になったらどうするのか。気象は人間が制御することができませんが、その点、原子力は人間の努力や、今後AIを発展させていけば、より安全に制御できる可能性があります。

神津 軽水炉より新しい世代の原子炉も国内外で期待されています。

御堀 EVの充電には電気を使うので、「御堀さんは原子力推進派なのですか?」と聞かれたことをきっかけに、原子力発電の勉強を独学で始めました。軽水炉は固体燃料ですが、アメリカで発明された「トリウム溶融塩炉」は液体燃料を使い、より安全性が高くなります。1960年代に軽水炉に次ぐ方式として研究開発され、アメリカの実証炉で4年半安全に稼働しました。

神津 「トリウム溶融塩炉」の高レベル放射性廃棄物はどういうものになりますか?

御堀 低レベル放射性廃棄物は出ますが、核分裂でプルトニウムを生成しないので、高レベル放射性廃棄物は出ません。日本に溜まり続けるプルトニウムを、トリウムを含む液体に混ぜて運転すれば核分裂で消費でき、福島の燃料デブリも理論上は処理できます。

神津 東日本大震災以降、日本では原子力の話は全てNOと、思考停止に陥っている感じがします。

御堀 全てをバイオ燃料に換えるとごみをたくさん出さなければならず、「脱炭素化で水素社会へ」と言われますが、水素は含まれる化合物から取り出すのに手間とコストとエネルギーがかかる上、マイナス253℃で冷やして液体にするか、高圧ガスでタンクに貯蔵するかしないと十分な量が得られません。しかも長期間は蓄えられません。理系文系を問わず、科学的根拠を基に考えるべきです。

神津 ETTでも、一般の生活者として見る目を底上げし、自分で考えられるようにと活動を続けているのですが、なかなか難しいと感じているところです。

御堀 暮らしの中の事例に置き換えて考えると腑に落ちます。大気の温度が年に1℃上がっても大したことないと思われるかもしれませんが、自分の体温が1℃上がったらたいへんですよね。しかも環境問題で重要なのは、海水温の上昇です。お風呂のお湯がなかなか冷めないように、すでに海の中まで温度が上がっているので、日本海近海で大きな台風が発生するようになりました。永久凍土が溶け始め、大気中にメタンガスが大量発生する問題も深刻です。メタンは、CO2の数十倍から100倍近い温室効果があるとされます。30年後に脱炭素を目指すのではなく、今すぐ皆の力で取り組まなければ遅いと考えています。

神津 今後、私たちが生きていく上で大切にすべきことは何だと思われますか?

御堀 インターネットやSNSが便利になり、世界的に多くの人が自分で考えなくなりました。「○○さんが言っているから」ではなく、「それは本当?なぜ?」と、自分で調べて考え、そして決断する意識を多くの人に持ってほしい。また自分の考えや決断には、自信を持っていいと思います。自信とは自分を信じることですから。

神津 私たちは人の考えと自分の考えを気がつかないうちに混同してしまうことがありますし、過去、現在、未来を混同して論じてしまうこともありますから、そこは精査していかなければならないですね。今日はありがとうございました。


対談を終えて

大の車好きの私は、キャンピングカーもハイブリッド車もディーゼル車も日本車も欧米車も乗ってきた。自分なりの選択眼、好みや信念はもちろんだが、時代を読むことや利便性などを加味して、その都度、車を選んできたつもりだ。そんなある日、テレビで御堀直嗣さんを偶然に拝見し、ぜひ対談したいと思った。それは「自動車」を通してさまざまなものを見る視点、そして冷静に、ひと呼吸入れて考える姿勢に共鳴したからである。
分かっていても私たちはどうしても一喜一憂してしまう。明日のことと未来のことを混同して論じてしまう。ETTが目指しているのは、全てのことに対してきちんと精査する目、考える力、丁寧にひもとく冷静さだ。
カーボンフリーが叫ばれている中、そのために私たちは明日、何をすべきか、何を変えていくべきか、何が大切なのか。流されずにきちんと考えなければいけない。いつも言っているように一晩たったら全てが変わっていたということにはならないのだ。時系列もきちんと見なければいけない。過去に戻ることばかりを考えるのではなく、世の中の変化を明確に捉えなければいけないのだ。
万葉集や源氏物語が書かれたのは日本語である。 けれども辞書がなければ、もう私たちは当時の日本語を読むこともできない。 いつ明確に日本語が変化したのかは分からないが、 変化したことだけは事実なのである。変化とは、そういうものなのかもしれない。 つまりゆっくりと、気づかぬ間に置き換わるものなのだ。
御堀さんの話を聞きながらその思いを強くした。そして、いよいよ私もEV車に乗る時期に来たのかなあ……と思った。さてと私の車への思いと、さまざまな側面での日本の整備と、どちらが早いのだろう……と思いながら。

神津 カンナ

御堀直嗣氏(みほり なおつぐ)氏プロフィール

モータージャーナリスト/日本EVクラブ副代表
1955年、東京都生まれ。玉川大学工学部卒業後、フォーミュラカーレースに参戦(1978年〜1981年)、その後1984年よりフリーランスライターとして活躍中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(1993年~)、日本EVクラブ副代表(1994年~)、NPOトリウム熔融塩国際フォーラム会員として、EVをはじめとする環境技術・エネルギー分野に精通する。著書:『電気自動車の〝なぜ〟を科学する』(アーク出版)、『電気自動車は日本を救う』(C&R研究所)など全29冊。

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