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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

福島水素エネルギー研究フィールド見学レポート【メンバー視察編】
“福島から水素で未来をつくる研究実証拠点「FH2R」

福島県浪江町に2020年3月に開所した福島水素エネルギー研究フィールド (以下、FH2R*)はNEDO**の事業として、再生可能エネルギー(以下、再エネ)を利用した世界最大級の水素製造システムの事業モデル構築と大規模実証に関わる技術開発を行っています。2022年10月7日、ETTメンバーは現地へ赴き、「需給バランスを調整して水素をつくり、貯め、運び、使う」水素社会の先駆けを見学しました。
*Fukushima Hydrogen Energy Research Field
**国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

水素を再エネの「調整力」に使うPower-to-Gasシステム

JR郡山駅からバスで2時間、FH2Rに着いたメンバーは、ビデオやスライドを見ながらNEDOの担当者の方から説明を伺いました。現在、日本をはじめ全世界の約2/3の国が脱炭素社会を目指し、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル宣言」を表明しています。一方で日本は世界第4位のエネルギー消費国でありながら、エネルギー自給率はたった約12%です。日本の一次エネルギー供給(2019年)において再エネの割合は水力を含めても10%強しかなく、約85%が化石燃料で、そのほとんどを海外から輸入しています。そのため国はエネルギーセキュリティの観点からも、2030年には再エネを40%位まで伸ばす目標を示しています。しかし、太陽光や風力などの再エネは天候が悪いと電力が供給できず、天候がよくても大容量の電力を貯めておくことが難しく、有効利用できない課題があります。その解決に注目されているのが「水素」です。水素は水などいろいろな物質から取り出して自給も可能です。酸素と結び付くことでCO2を発生せずに発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用したり、再エネを水素に転換して貯めておくこともできます。日本は水素を国家戦略として掲げ、福島県も「福島県再生可能エネルギー推進ビジョン」を作成し、2025年までに県内の電力消費量の100%以上のエネルギーを再エネで生み出すことを目指しています。その戦略の中で重要な位置を占めるのがここFH2Rです。

CO2のほとんどがエネルギー起源と言われますが、日本のエネルギー起源二酸化炭素排出量(2019年)において発電部門は42%なので、そのほかの産業部門や運輸部門にも広くアプローチしていかないと、再エネだけでカーボンニュートラルを解決することは困難です。そこで、電気を水素に変換して貯蔵・利用する「パワーツーガス(Power-to-Gas)」システムを使い、電力・運輸・熱・産業(含む工業原料)といったすべてのセクターで低炭素化に貢献することが検討されています。「パワーツーガス」に関する実証研究は2012,3年頃にドイツで始められましたが、2016年のパリ協定成立以降、あらゆるセクターでCO2を下げるため水素を使おうとヨーロッパで多くのプロジェクトが立ち上がりました。さまざまなセクターを統合して考えることを「セクターカップリング」、最近では「エネルギーシステムインテグレーション(統合)」という言い方もします。


■Power-to-Gasの意義 

(図)


FH2Rは、需要と供給のバランスを取ることが難しい再エネの「調整力」として水素の利用を検証し、経済的な水素製造技術の確立を目指す目的でつくられました。プロジェクトは2016年9月、場所の選定から始まり、2020年2月に施設が完成、3月に開所式を行い、これまでに多くの方が見学に来られたとのことです。浪江町が産業団地として整備する海沿いの土地を借用した22ha(東京ドーム約5個分)の敷地内のほとんどは太陽光発電設備が占め(東京ドーム約4個分)、約68,000枚の太陽光パネルが敷き詰められています。設置容量は20MW(メガワット)* 、一般家庭の年間電力消費量約5,000世帯分に相当します。水素関係の設備としては、世界最大級10MWの水素製造装置を備え、需要によって太陽光発電設備による再エネと外部の電力系統からの受電を使い分け、最大毎時2,000N㎥(ノルマル立方メートル)**、1日で約150世帯の1カ月分の電力消費量を発電するのに必要な水素を製造できます。燃料電池自動車に換算すると、約2万km(1年1万kmとして2年分)走る量の水素を1時間でつくれる計算です。なお、現在はほかの国々でも2,000N㎥上のものが稼働しており、FH2Rの成果を生かし、今後国内でもスケールアップしていきたいと伺いました。FH2Rで製造した水素ガスは県内や近隣の需要先へ運ばれますが、日本の場合、このように運ばれて供給される水素は日本の水素消費量のだいたい3,4%位で、ほとんどは自己生産消費型なのだそうです。
*1MW=1,000kW=1,000,000W
**N㎥:0℃・1気圧における乾燥状態の気体の体積を表す単位

FH2Rではスペシャリストが協力し、3つの制御システムを実証運用して知見を蓄積し、さらに高度な制御システムを備えた「パワーツーガス」システムの実現、より高効率で低コストな水素の製造を目指しています。
①水素需要予測システム 過去のデータからこれから必要となる水素の需要を予測し、供給を要求する。
②電力系統側制御システム 電気の使用量、需要や発電量、供給を予測し、どのタイミングでどの位の電力量が必要になるか計画をつくる。
③水素エネルギー運用システム ①と②のシステムからの要求を両立させるように計画、コントロールし、最適なバランスを取り続ける。
具体的には、各需要地でいつ・どの位の水素が必要か情報を受け取り、いつ・どの位の量の水素をつくればよいか、そのためにはいつ・どの位の電気を確保すればよいかを予測します。太陽光発電の電力量は、天候予測に基づき2週間分の計算をして最も効率的な運転計画を立て、当日に天候のズレを補正して運転します。また、これらのオペレーション通りに各設備が動くかどうかも検証していきます。


■プロジェクトの全体像  

(図)


FH2Rのプロジェクトには4社が参加しています。
①東芝エネルギーシステムズ 全体統括と統合制御(さまざまな機器の最も効率的な運転計画を作成)、 ②東北電力・東北電力ネットワーク 系統との接続と、需要と供給のバランスを取る調整、 ③岩谷産業 水素圧縮・精製、需要・供給予測、 ④旭化成 システムの要となる水電解による水素製造装置をつくり、水電解技術の高度化を担っています。「現在はまだ技術開発をしている段階」とのことで、安定的に水素を供給するだけでなく、将来の自立可能なモデル構築を目指し、実用規模の設備を活用してさまざまな「技術の確立」を目指します。水電解水素製造装置はまだ実験機なので、運用していくためには故障しない、想定の性能を発揮できるなどの「信頼性の確保」が重要になるというお話でした。

日本の第5次エネルギー基本計画に、「パワーツーガス」システムは2030年頃の商用化を目指すとあります。2017年に日本が世界に先駆けて策定した水素基本戦略にも、「パワーツーガス」システムはFIT(再エネの固定価格買取制度)が終了する2032年頃の商用化を目指すとあります。担当者の方によると「エネルギーの転換には時間がかかり、石油から天然ガスへも20〜30年位かかると言われます。特に水素はつくる所から使う所まで幅が広く大きな転換となるため、2030年頃から海外から輸入した水素で大規模水素発電を始めたり、国内で余剰再エネを使って水素をつくり始めたりするまであと8年と考えると、さらに研究を加速していかなければならない。というのも、エネルギーは今日できたから明日使えるというものではなく、テストをして信頼性を確保するためにはある程度期間が必要になるため、あまり時間はないだろうと思っています」とのことでした。

アルカリ性の溶液に再エネの電気を流して水素をつくる

見学当日は定期点検で各設備に入れなかったため、メンバーは模型や映像を見ながら詳細を学びました。FH2Rの全体像がわかる模型は1/200のスケールで精緻につくられています。映像で見ると、水を電気分解して10MWの水素を製造する水電解装置の周りには、水素が通る配管、冷却のための配管など、数多くの配管が張り巡らされています。電解槽では、170枚もの細長い電解枠それぞれにアルカリ性の電解液が電気分解され、水素と酸素がつくられます。「水素製造はシンプルで、アルカリ性の水が満たされた箱の両側から電気を流すと、片方から水素、もう片方から酸素が出る、理科の実験でやったのと同じしくみ」とのわかりやすい説明にメンバーも納得しました。こうしてできた水素ガスは余分な水分や不純物を取り除いた後、配管を通してタンク型の水素ガスホルダーに運ばれ、酸素ガスは大気に放出されます。ガスホルダーに8気圧に圧縮して貯めた水素は精製装置を通し、水分や酸素といった不純物を取り除き、より純度の高い水素にします。燃料電池自動車に使用する水素の純度が99.97%に定められているためです。次に、より多くの水素を貯めて運べるようにするため、水素ガスを圧縮機で1/200の容積となる約20MPa(メガパスカル)=200気圧まで圧縮します。全長約9mの水素ガストレーラーには3,000㎥まで充填することができ、牽引車とつないで「いわき鹿島水素ステーション」など3カ所の水素ステーションへ運んでいます。水素ボンベが約20本収納できる箱形の水素ガスカードルは300㎥充填型が15台、150㎥充填型が4台あり、トラックに乗せて「Jビレッジ」など4カ所の施設へ運び、定置用燃料電池として使われます。「いこいの村なみえ」には温浴施設があり、電力のほか熱(お湯)の供給にも使われているそうです。また、これらの需要先も徐々に増えているとのことです。

展示パネルには「水素の性質と安全対策」と題し、①漏らさない②検知したら止める③万が一漏れても溜めない④着火させないことが説明されていました。エネルギーにリスクは付き物ですが、水素を製造する際、酸素側に水素が4%入ると爆発しやすいガスになるため、酸素と水素が混ざらないよう、間に膜を張っています。万が一混ざったとしても、酸素に水素が1%入った瞬間にすべてのシステムを止めて大気中にガスを放出する対策(インターロック)が取られているそうです。

壁に設置された大きなモニターでは、FH2Rの「パワーツーガス」システムの現況がひと目でわかるようになっていました。当日は定期点検のため「ただいまの水素製造量」は0N㎥、すでに陽が落ちていたため「太陽光発電」も0kWのため系統側から受電され、「水素プラント消費電力」は65kW、「受電電力」は80kWと表示されていました。当日昼間の「太陽光発電」は2MWだったそうです。「水素ガスホルダー」の水素貯蔵量は2,466N㎥、貯蔵率は45%と表示されていました。普段は試験の条件により、太陽光発電と系統側の受電を使い分けしているとのことです。このほか館内には、東京2020オリンピック聖火リレーで初採用された水素トーチも展示されていました。「水素はまだ一般的になじみがないため、水素に触れる機会もつくっていきたい」とのことです。

2030年頃の商用化を目指して研究と実証を重ね、信頼性を高める

屋外に出て広大な所内を歩き、各設備を外から見学しました。「管理棟」はプラント全体の制御を行う施設で、制御室の中にはパソコンが並び、サーバに集まったいろいろなデータを計算し、制御信号を受けてオペレーションをしているそうです。「受電・ユーティリティ設備」では水素の原料となる電気・水などの供給を行います。水は浪江町の水道水を使い、水素製造時には純粋装置でカルキなどを除去しています。一番奥には「太陽光発電設備」の太陽光パネルがどこまでも広がっていました。15mの建物には、再エネと系統側の電力をつかって水素を製造する水電解装置が設置されているそうです。「水素貯蔵・供給設備」には高さ18mの水素ガスホルダーがそびえ立ち、間近で見ると巨大さに圧倒され、メンバーからは「今まで見た水素貯蔵タンクの中で一番大きい!」と驚いた声も上がりました。8本の水素ガスホルダーには200倍に圧縮された水素が計約500kg入ります。その水素ガスを運ぶ、水素タンクトレーラーも駐車されていました。 1台に約240kg充填でき、燃料電池自動車約50台を満タンにできます。なお、燃料電池バスに充填すると1台30分位かかるそうで、将来的に大型車両の商用車にいかに早く大量にかつ安全に充填するか、そのための実験設備もFH2Rの隣に建設中でした。「2030年頃の商用化を見据え、2025年にはルールをつくりたい」と伺い、水素社会の未来がもうそこまで来ていることを実感しながら福島を後にしました。

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