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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

室屋義秀氏インタビュー
福島から大空に挑み羽ばたく、未来への夢

室屋義秀氏は“空のF1”と称されるレッドブル・エアレースワールドチャンピオンシップ(以下、エアレース)にアジア人初のパイロットとして参戦し、2017年にはアジア人初の年間総合優勝に輝きました。現在はエアロバティック(曲技飛行)パイロットとしても活躍し、地元福島の復興支援活動や人材育成にも取り組まれています。活動拠点である「ふくしまスカイパーク」内の航空機展示場「HANGAR1(ハンガーワン)」を案内していただいた後、神津カンナ氏(ETT代表)がお話を伺いました。


子どもの体験学習と若手パイロットの訓練を兼ねた航空機展示場

「ふくしまスカイパーク」は福島駅から車で約30分の郊外に1998年に開場された、市営の農道離着陸場(農産物を空輸するためにつくられた飛行場)です。東日本大震災直後は緊急ヘリの中継基地として、また現在は民間航空機などの離着陸や訓練、イベントや車のテスト走行など多面的に活用されています。航空機展示場「HANGAR1」は、室屋氏が代表を務める空の総合カンパニー、(株)パスファインダーが運営管理する施設で、2018年にオープンしました。2階のサロンからは、800mの滑走路や管理棟、吾妻連峰をはじめとする山々を見渡すことができます。1階には4機の航空機が展示され、整備士の方が作業中でした。約16mの長い翼を持つモーターグライダーは間近で見ると迫力があります。燃料は車のハイオクガソリンで、満タンの79ℓで約5時間飛べるほど燃費が良いそうです。また、上空でエンジンを止めて鳥のように滑空することもできる機体となっています。操縦席に特別に座らせていただくと驚くほど狭く、操縦桿を倒して翼を動かす体験もできました。2020年から始まった「ユースパイロットプログラム」では右席に教官、左席に高校生の訓練生が乗り、約1年間で国家資格である自家用操縦士免許の取得を目指しています。本物の機体を切り出してつくられた飛行訓練用シミュレーターも置かれていました。そのほか、珍しい曲技飛行専用機も3機展示されています。背面飛行できるように上下対称の短い翼と、後ろのタイヤが小さいことが特徴で、強度が高く軽いカーボン素材でつくられているそうです。コロナ禍の2021年3月31日、室屋氏が東京都上空11カ所に大きな“ニコちゃんマーク”を描く飛行イベント「Fly for ALL #大空を見上げようin東京都」を実施した際に見えた白煙の正体は、この曲技飛行専用機の底面の排気口に植物油のスモークオイルをたらし、排気熱で気化したものと教えていただきました。


デジタルデータを取捨選択し、人間のアナログな感覚と能力で飛ぶ

神津 室屋さんはなぜパイロットを目指したのですか?

室屋 私が子どもの頃、パイロットは男の子の憧れの職業だったのです。大学は文学部でしたが部活で航空部に入り、河川敷でエンジンの無いグライダーに乗る訓練を繰り返していました。

神津 その後、アメリカに渡ったのですね。

室屋 アメリカでは安く飛べるらしいという噂を聞き、「もっと飛びたい!」と挑戦しました。海外へ行くのも初めてで、英語もほぼ喋れず大変でしたが、いろいろな方に助けていただいて約1カ月で自家用飛行機免許を取得できました。

神津 レースに出るようになったきっかけは?

室屋 日本で初開催されたエアロバティックスの世界選手権を見て衝撃を受け、「航空機に乗るならここまでやりたい!」と目標が定まりました。

神津 以前、室屋さんとお話した時に印象的だったのが、「欧米ではガソリンスタンドを使うように飛行場に着陸して給油できる」、つまり航空機を移動手段として車のように使っているというエピソードでした。

室屋 欧米は小型機が多く、小型機用の飛行場もあちこちに点在しています。ほとんどが24時間稼働していて、夜でも上空から無線のボタンを押すだけで、滑走路や給油所のライトが点灯し、いつでも着陸できるようになっています。

神津 それなら欧米を拠点にしたほうがラクなのではと思うのですが、日本を選んだ理由は何だったのでしょうか?

室屋 欧米では航空機の部品もすぐ購入できますし、格納庫も多く、パイロットにとっては圧倒的にラクです。アメリカが拠点でもエアレースにエントリーできたのですが、私は「操縦技術世界一」を目指しているので、少し不便でも日本で活動する日本代表として世界と戦うほうが価値があると思ったのです。

神津 エアレースは最高速度370km/時、最大負荷12Gにおよぶと伺い、飛行機がパイロン(高さ25mの風船障害物)の間を通過するのを見ているだけで手に汗握るのですが、乗っているとどんな感じなのでしょうか?

室屋 13m位の間を幅7m位の機体で通過するので、乗っているほうもストレスを感じます。パイロンが設置されたゲートに対して直角に入る場合は多少の余裕があるのですが、ゲートを斜めに通過する方が最短コースとなる場合が多く、その場合はパイロンと翼はとても近くなります。例えるならば高速道路のETCゲートが急カーブにあるとして、ドリフト走行で通過する感じでしょうか。しかも機体が水平状態で通過するルールになっていて、許容誤差は100分の2秒位なので、毎回同じように通過するのも難しいです。

神津 コースは事前にわかるのですか?

室屋 正確なコース情報は事前に発表されます。位置情報をGPSに入力し、最速ルートを解析してベストなフライトプランをつくります。実際のレースコースでの練習は、1回3分×3回だけなので、1回目に飛んだデータを解析し、プランを修正して3時間後に2回目を飛び、夜に再び修正して翌日3回目を飛びます。

神津 データを解析する一方で最終的には自分の能力に頼るという、デジタルの部分とアナログの部分をうまく融合させているところに今という時代性を感じます。

室屋 気流や温度など刻々と変わる自然現象や、人間の緊張感、音、匂いなど解析できない要素が膨大かつ複雑に絡み合ってくるので、デジタルの世界だけを信じていると情報量が圧倒的に少なくなります。デジタルは正確で早い便利な道具として使い、必要なデータを取捨選択して集中力を保つ。勝負のポイントは最終的にアナログで決まってくると感じています。

神津 今の若い人たちはデジタルに慣れていますよね?

室屋 飛行訓練にも有利です。あとはアナログの世界とリンクさせる教育をいかに提供できるかということだと思います。

神津 ところで曲技飛行専用機の燃料は何を使っているのですか?

室屋 いわゆる航空燃料で、エアレースではガス欠にならないよう最低50ℓ入れるルールになっています。

神津 日本は「2050年カーボンニュートラル(脱炭素社会)の実現を目指す」と宣言しましたが、航空機の燃料についてはいかがでしょうか?

室屋 バイオ燃料、水素燃料やハイブリッド電動航空機のテストも始まっていますが、航空機は車と違って止まることができないため、テストには長い時間をかけて慎重にならざるを得ませんし、燃料の品質管理も極めて厳しいです。車と比べて軽量化する必要がある航空機は、重量あたりの必要エネルギー量が多いため課題は多いのですが、環境に配慮しながら安全を確保する技術研究テストは、日々行われています。

神津 ここにあるモーターグライダーは、エンジンを止めた状態でも飛べるそうですね。

室屋 エンジンが無い機体は、太陽熱で暖められた地面付近の空気が上昇していく気流を受けて飛ぶので、いわば燃料は自然の巨大なエネルギーと言えます。うまく飛ぶためには地形や気圧などいろいろな自然現象も関わってくるため地球のしくみも学ぶ必要があり、空気が汚れるとそのチリで雲が生成されるといった知識も必要になるめ環境の勉強にもなります。

「未来創造活動」として福島で活躍できる人材を育成

神津 室屋さんが、福島を拠点に決めたきっかけは何だったのですか?

室屋 滑走路ができたことは知っていたのですが、飛行中に上空から見て、山が多くて周りに住宅街やほかの飛行場が無く、思う存分飛ぶのにいい所だなと思い、降りて見学してみたのです。それまで福島は縁もゆかりもない土地でした。

神津 福島に拠点があることで、東日本大震災後に周りから何か言われた時期もありましたか?

室屋 2011年から数年間は海外の人から「放射能は大丈夫なの?」など、一歩引かれたことが結構ありました。

神津 これからの夢を教えてください。

室屋 エアレースは2019年の千葉大会を最後に終了したのですが、2022年に「ワールドチャンピオンシップ・エアレース」として復活することとなり、正式に参戦することも発表されたので、競技者として本格的に動き始めます。また、「未来創造活動」としては「空ラボ」や「ユースパイロットプログラム」などの人材育成活動を継続していきます。さらに2021年度からは福島県の産業人材育成連携協定に基づくプロジェクトの一環で県立テクノアカデミーの学生が、航空機の制作にチャレンジします。機体が完成したら、電動や水素エンジンの搭載などにステップアップするなど、教育プロジェクトに協力できたらおもしろいと考えています。

神津 室屋さん個人では競技の再開、会社としては福島で若い人を育てるのですね。

室屋 小中学生対象の「空ラボ」は「未来創造活動」として立ち上げたプロジェクトですが、「チャレンジするマインドはどうやったらつくれるか」など、私が競技で学んできた経験を福島の子どもたちに伝えながら、皆で勉強していければいいなと思っています。そうやって育った人たちが、地域でより活躍できる素地となる産業づくりのお手伝いもできればとも考えています。一極集中でない世界のほうが、環境負荷が少なく、豊かでおもしろいと思いますから。

神津 本当にそうですね。本日はありがとうございました。


対談を終えて

はじめて「エアレース」をテレビで見たときは驚愕した。飛行機というものの原型を悟ると同時に、スポーツとしての新しい形を見ることができて「なるほど」と腕組みをしたことを思い出す。室屋さんとお会いする度に感じるのは、年を経ても体型がまったく変わらないという競技者としてのプライド。空を飛ぶ家庭に生まれ育っていないのに跳ぶことに憧れて大学の航空部に入る、英語の自信もないのに飛行機のメッカ、アメリカに単身で行く、アメリカのほうが飛行機乗りにとっては圧倒的に有利であるのに、縁もゆかりもない福島をベースキャンプにするという、決断力の凄さだ。プライドと決断力。これが室屋さんの強さの土台なのだと思った。そしてもう一つ、今回の対談で感じたことは、リンクさせることの重要性を知っているということである。IT技術の進歩でさまざまなデータが集められるようになり、その情報の収集や操作は格段に進歩した。しかし、エアレースというのはデジタル情報とアナログ情報、どちらかでは勝てない。さまざまなデジタル情報を処理すること、それを人間に備わった五感や経験値で操作していくこと、両者がきちんと両輪のタイヤのように回らなければ、どちらかだけでは勝てないのだ。格納庫の中で油にまみれ、工具を手に黙々と働くメカニシャンの方、乗ってみた飛行機の操縦席にあるものは思いのほかアナログ。しかしデジタル情報は随時タブレットに送られてくる。その間に立ちコントロールするのは人間なのだ。室屋さんを見ていると、いつも「融合」の強さ、「融合」の謙虚さを感じる。プライドは強さを生む。そして決断力が生まれるのは、あらゆる部署の情報を尊んだ上で決めるからなのかもしれない。謙虚さなのだ。それを室屋さんに会う度に思い教えられる。

神津 カンナ

室屋義秀(むろや よしひで)氏プロフィール

エアレース・パイロット/エアロバティック・パイロット
1973年生まれ。1991年、18歳でグライダー飛行訓練を開始。2009年、3次元モータースポーツシリーズ、レッドブル・エアレース ワールドチャンピオンシップに初のアジア人パイロットとして参戦し、2016年、千葉大会で初優勝。翌2017年、ワールドシリーズ全8戦中4大会を制し、アジア人初の年間総合優勝を果たす。国内では航空スポーツ振興のために、地上と大空を結ぶ架け橋となるべく全国で活動中。地元福島の復興支援活動や子どもプロジェクトにも積極的に参画している。福島県県民栄誉賞、ふくしまスポーツアンバサダー、福島市民栄誉賞など多数受賞。

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