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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

柏崎刈羽地域①柏崎刈羽原子力発電所見学レポート再稼働を目指し安全対策を進化させる、柏崎刈羽原子力発電所 

東京電力HD(株)柏崎刈羽原子力発電所では6・7号機が新規制基準に向けた安全対策工事を進め、再稼働に向けて歩を進めているなか、神津カンナ氏(ETT代表)は2019年10月17日から2日間にわたり地元住民の方との見学会と座談会の機会を持ちました。1日目は柏崎青年会議所理事長の岡田和久氏と発電所を訪問し、ふだん立ち入れない原子炉格納容器の中に追加された新たな安全対策も見学させていただきました。

放射線管理区域に入り、原子炉格納容器内の追加対策も見学

まず柏崎刈羽原子力発電所(以下、柏崎刈羽)の現況について、 ビジターズハウスで説明を伺いました。柏崎刈羽には柏崎市側に1〜4号機、刈羽村側に5〜7号機が位置し、全て停止中です。うち6・7号機は、原子炉の基本設計や方針などを審査する「原子炉設置変更許可」を2017年12月27日に受け、現在は原子炉の詳細設計を審査する「工事計画認可」、運転管理について審査する「保安規定変更認可」の申請に向けた取り組みを進めているところです。構内には5,788名(約8割が新潟県在住)の方々が従事され、協力企業も754社にのぼります(2019年10月1日現在)。当日は「津波による浸水を防ぐ」「浸水を防げなかった場合でも電源と冷やす機能を確保する」「事故を防げなかった場合でも水素爆発と放射性物質の拡散を防ぐ」といったさまざまな安全対策や、「緊急時に対応する訓練」を見学させていただけるとのことで、岡田和久氏(一般社団法人 柏崎青年会議所第63代理事長)と構内バスに乗り込みました。

藤林コンクリート工業株式会社 取締役社長室長を務める岡田氏は、広島県尾道市のご出身で、東京の大学を卒業し、ご結婚を機に10年前に柏崎市民となり、若手経済人として活躍中です。柏崎青年会議所の理事長としては初の県外出身者となることから、広い視野で「柏崎のまちづくり」を考え、自身のメッセージを発信しようとされています。ここ柏崎刈羽にも過去に何度も訪れた経験があるそうです。

バスは正面ゲートから立入制限区域に進入し、6号機前で下車しました。建屋の中へ入ると、通路には資材が置かれ、工事に携わる何人もの方々と「お疲れさまです!」と挨拶を交わしながらすれ違います。エレベーターで上の階へ進み、エアロックを抜けると、ガラス越しに原子炉建屋の最上階全体を見渡せました。所々に足場が組まれ、工事が進められています。壁には水素爆発を防ぐ対策として「静的触媒式水素再結合装置(PAR)」(計56台)が設置されています。この装置は、燃料の冷却に失敗し水素が発生したら触媒の働きで水蒸気に変え、水素の濃度を低減させるものですが、「二度と燃料の冷却に失敗しないよう万全の対策を取り、これを使わないようにしないといけない」とのことでした。

使用済み燃料プールには原子炉から移された燃料が保管され、水が循環している様子が伺えました。安定冷却を継続中で、水温は65℃を超えないよう30℃程度に保たれているそうです。12年前の新潟県中越沖地震の際、プールの水がこぼれてフロアが水浸しになったので、プールの周りの手すりに板を付けました。しかし福島第一原子力発電所の事故を受け、板を付けると手すりを超えてこぼれた水がプールに戻らなくなるため、燃料を冷やすという安全機能を優先し、板は外したそうです。「いろいろな対策を打っていますが『考えることをやめない』ことが必要です。安全対策を施した後も常にフィードバックやチェックをして、対策を進化させていくのです」という、所員の方の言葉が印象に残りました。

エレベーター脇の窓の外に目をやると、原子炉建屋の脇に小さな建物が備え付けられています。これが「フィルタベント(排気)設備」です。格納容器は炉心が損傷しても、放射性物質を閉じ込める機能を有しますが、蒸気によって圧力が上がると格納容器が破損する可能性があります。そのためさまざまな対策を施していますが、困難な時は「フィルタベント装置」で放射性微粒子を99.9%以上取り除き、さらによう素フィルタを通して気体の放射性よう素を98%以上除去した上で蒸気を外へ逃がします。100%完全除去できないため、併せて住民の方々の避難も大切だとのことです。


フィルタベント設備


1階へ降り、ヘルメット・防護メガネ・手袋を付け、専用の靴に履き替え、線量計を胸ポケットに収納し、立ち入りが制限される「放射線管理区域」へ入りました。地元に10年住む岡田氏も「ここまで奥に入るのは初めて」とのことです。通路を歩き、7号機に入りました。暗闇でも光るよう、緊急時に手動で操作する必要のあるバルブには、蛍光(蓄光)塗料が塗られています。緊急時に操作が必要なバルブは、放射能の影響を受けない放射線管理区域外からでも遠隔手動操作で開けられるそうです。7号機の原子炉建屋に入る際に通ったエアロックで流れていた音楽は、居場所を間違えないよう6号機のエアロックとは違う音楽でした。いよいよ、格納容器の入口に設置された水密扉を通り抜け、足場に気を付けながら、厚さ2mの鉄筋コンクリート製の格納容器の中へと入りました。

ここでも重大事故時の「冷やす」「閉じ込める」に対して追加された対策の説明を伺いました。炉格納容器内には原子炉圧力容器内を減圧する「逃がし安全弁」が設置され、蒸気は格納容器下部のプールに導かれ凝縮されます。しかし炉心損傷を伴うような事故時に格納容器内の圧力が上がって格納容器が破損し、放射性物質が外に出ないようにするため、頭上に設置されたスプリンクラーから原子炉圧力容器内にサプレッションプールの水をスプレーし、圧力を下げて閉じ込め機能を維持します。格納容器内の熱を奪ったスプレー水は、下部のプールに集まり、そのプール水を冷却して再びスプレーします。これを「格納容器の循環冷却システム」といいます。さらに柏崎刈羽では、本来稼働するはずの循環用ポンプが故障した場合、別なポンプを使って同じように格納容器の循環冷却ができるよう配管を新設した「新除熱システム(代替循環冷却システム)」を開発・導入しました。基本設計の段階で「既存と同じ効果で冷やせる」と国から許可を受けた閉じ込める機能の要です。

最後に地下2階へ降り、新たに設置した「高圧代替注水系ポンプ(HPAC)」を見ました。電源が無くても、原子炉圧力容器からの蒸気の力だけでポンプを回し原子炉へ1時間当たり約180トン注水し、燃料を冷やす設備で、既存の3台ある高圧系の注水ポンプをバックアップします。この機器も中央制御室から遠隔で運転操作ができるそうです。

「多重性+多様性+分散」を原則に安全対策を実施

装備を外して再びバスに乗り、次は屋外での新たな対策の見学です。斜面にモルタルを吹き付けた山火事対策や、拡張した防火帯を車窓から見た後、海抜55mの展望台を一周しました。眼下の海抜約45mの位置に広がる縦120m×横64m×水深約4.5mの貯水池には約2万トンの淡水が蓄えられ、このために井戸を2本掘ったそうです。高台には消防車(計42台:消火用3台含む)が配備され、緊急時には貯水池から消防車を連結して建屋まで水を送る計画です。また、既存の低地にあるヘリポートに加え、高台に第2ヘリポートも貯水池脇に建設中でした。

緊急車両基地に到着すると、所員の方が黄色いホイールローダーを操作する「がれき撤去訓練」の様子を間近で見せてくださいました。津波などでがれきが散乱すると道路が通行できないため、必要な訓練です。柏崎刈羽では大型特殊免許取得者が90名弱、がれき撤去作業ができる方が70名弱おり、各人毎月1回以上は訓練しているそうです。がれきはあっという間にキレイに道路上から片付けられ神津代表も目を見張っていました。近くには格納容器内で説明を受けた「新除熱システム」に使用する、青いトレーラーのような「代替海水熱交換器車」(8台)も配備されていました。建屋内の海水と熱交換して冷却水をつくる設備が使えなくなった場合、その代わりにこの車両が高台から各号機に移動し、高温の水を海水と熱交換して冷やし、再び原子炉内に戻して冷却に利用します。バスで移動途中には、小型トラックの電源車(24台)も見えました。岡田氏も「いろいろな車があるのですね」と驚かれた様子です。所員の方によると「電源車も、ほかにガスタービン発電機車を置くなど、安全対策は多重性+多様性+位置の分散を原則としています。違うものを異なる場所に置くのです」とのお話でした。

5~7号機の刈羽村側の防潮堤付近でバスを停めました。日本海を取り囲むように設置された防潮堤は高さ15m、全長約1kmになります。5〜7号機の刈羽村側は、海抜約12mの敷地に高さ約3mのセメント改良土を盛土し、さらに既存の斜面も改良して全部つくり直したそうです。東京電力が計算した津波の高さは最高6.8mですが、柏崎刈羽では自主的に余裕を持たせて「15m」で建設しました。バスは海岸線を走り、1〜4号機の柏崎市側へ行くと、海抜約5mの敷地に高さ10mの鉄筋コンクリート製の防潮堤が約1kmにわたって壁のように続いていました。幅は上部1m、下部3mもあり、浅い地層部分の液状化対策を行った上で891本の基礎杭を深さ約20〜50mの所に打ち込みました。しかし、より深い層の液状化について問われ解析した結果、防潮堤の設計基準を満足しないことがわかったため現在対策を検討中とのことです。


■防潮堤断面図


事務本館に戻る前に、銀色のトラック型の「空冷式ガスタービン発電機車(GTG)」(4台)も見学しました。2台1組で固定して使用し、先程見た小型の電源車18台分もの電気を供給できます。地下には軽油タンク(10万ℓ)を設置し、常時給油ができるそうです。電源確保についても「多重性+多様性+位置の分散」の対策が施されていることが実感できました。

現実から目を背けず、理解を深めていこう

一連の見学を終え、応接室にて、神津代表は岡田氏から柏崎刈羽に対するお考えを伺いました。

「私たち柏崎青年会議所の先輩方は、陸の孤島と呼ばれた柏崎に基幹産業を設けるため、原子力発電所建設推進決議を採択しました。原子力発電所と地域が共生していくことを切望した上で、プルサーマル計画の受け入れ賛成にも決議したのです。しかし現在は、東日本大震災以降の社会情勢から、原子力発電所を推進すると表立って明言している団体とは言い切れないかもしれません」

「とはいえ資源小国日本が、安全保障問題も加味しながら今後も文化的な生活を送るためには、エネルギーの安定供給は必要不可欠です。青年会議所の現役メンバーには、私たちの自前の努力でそれを成し遂げるには原子力発電は十分に有効な手段なのだからよく理解していこう、そしてその一つが柏崎刈羽地域にあるのであれば、地元の若手経済人として一層理解を深めていこうというメッセージを投げかけています。『怖い』『危ない』だけで現実から目を背けず、リスクも容認しながら、あるものは活かしていけば良いのではないかと思っています。生きることはリスクとの共生にほかなりません。数えきれないほどの情報が発信されている今、メディアからのメッセージを読み解く能力を身に付け、自身の考えを発信し、未来に後悔しない今を創る起点としたいですね」

「起点-move next Kashiwazaki-」を柏崎青年会議所の2019年スローガンに掲げる岡田氏の熱いメッセージを伺い、再稼働を目指し厳しい安全対策に日々邁進する柏崎刈羽を後にしました。

視察を終えて

柏崎刈羽原子力発電所は、平成19年の中越沖地震で、原子力設備本体には影響がなかったものの、変圧器の漏油火災、緊急対策室の損壊など大きな被害を被った。
これらの被災経験をもとに、重要免振棟や化学消防車の設置など、大地震に対する更なる備えと火災防止対策の強化に着手し、合わせて福島にある二つの原子力発電所にもこれらの対策を水平展開していった。福島第一の事故は発災直後から極めて厳しい状況のなかで対応を余儀なくされたが、もし柏崎の知見を活かした重要免振棟がなかったら、事故対応もままならずサイト全体が崩壊していた可能性もあるのではないだろうか。
今回の視察では、福島第一の事故で得られた知見を最大限に生かして、津波対策、浸水防止対策、冷却システム、電源確保策などさまざまな設備的な手立てが加えられ、安全防災対策をさらに強化していることが見て取れた。
かつては柏崎の知見を福島に反映し、今は福島の知見を柏崎に反映しているのだ。
原子力に限らず電力のインフラ設備は、地震・津波・強風・豪雨・豪雪など自然の脅威と常に背中合わせである。だからどの電力会社も、災害の未然防止や発災時の緊急対応措置はハード、ソフト、そしてヒューマン系のすべてにわたってさまざまな工夫と対策を凝らしている。電力だけでなく全ての設備産業に対して、私たちは想定外の事象にも耐えうるように頑強であって欲しいと願うが、それらの技術やノウハウは、事故やトラブル・失敗の経験を経て得られた知見を、積み重ねていることも事実だ。一直線に頂上までは登れない。つづら折りの坂を登っていくように、一歩一歩進まなければ頂上には辿り着けないのだと実感した。

神津 カンナ

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