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東京PCB廃棄物処理施設見学レポート
有用性が高く、かつ有害な物質=PCBは、今、どのように処分されているのか

スイッチひとつで簡単に利用できる電気が私たちの元に届けられるまでには、さまざまな電力設備を経由しています。発電所でつくられた高電圧の電気を、工場やビルなどで使用できる電圧に変換するトランスもそのひとつで、機器内部には、過去において、有害物質のPCBが含まれていました。老朽化などに伴い交換された使用済みのトランスなどは、今、どのように処分されているのでしょうか? 2013年9月12日、神津カンナ氏(ETT代表)は、PCBの無害化処理技術を持つ事業者として、その処理を請け負う、日本環境安全事業株式会社(JESCO)の東京事業所を訪れ、PCB廃棄物の処理現場を視察しました。

「PCB廃棄物を完全に無害化する化学的な処理方法

PCB(ポリ塩化ビフェニル)は、水に溶けにくい、沸点が高い、熱で分解しにくい、不燃性や絶縁性が高いなどの性質がある物質で、電気機器の絶縁油、熱交換器の熱媒体、ノーカーボン紙など幅広い用途で利用されてきました。しかし、脂肪に溶けやすいため、PCBは食物連鎖などにより人や動物の体内に蓄積し、さまざまな症状を引き起こすという毒性もあります。有害物質として注目される契機になったのは、1968年のカネミ油症事件です。米ぬか油中に、脱臭工程の熱媒体として用いられたPCBなどが混入したことが原因により、西日本一帯で食中毒が発生し、当時の患者数は1万3千人にも上ったといわれています。この結果、1972年にはPCBの製造は中止されています。

しかしそれまで使用されてきたPCBの廃棄処理施設の立地が進まず、30年以上も放置されてきました。JESCOは全額政府出資の特殊会社で、2001年の「PCB廃棄物適正処理特別措置法」制定を受け、北九州、大阪、豊田、東京、北海道と全国5カ所にPCB廃棄物処理施設を設置し、それぞれの事業所が地域の都道府県を網羅し保管事業者からの委託を受けて処理を行っています。

東京事業所は、東京湾の中央防波堤内の埋立地に建設され、2005年から操業を開始しています。始めに施設の担当者の方から、事業内容について詳しい説明を伺いました。1都3県(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県)を対象に高濃度PCB廃棄物の処理を行っている東京事業所は、一日の処理能力が2トンあり、受入、前処理、液処理、払出までを一貫して行っています。受入では、許可を得た収集運搬事業者が搬入した廃棄物を検査し一時保管します。高圧トランスの場合は次に、中のPCBを抜油後、予備洗浄し、容器とコアと呼ばれる内部部材を解体分離して、さらに洗浄します。容器は細かく切断解体され、容器とコアは石油系溶剤を使った洗浄、苛性ソーダによるアルカリ洗浄、アルコール系による洗浄など、何段階も経てから処分され、部材の一部である金属は、最終的な基準に合格後、資源としてリサイクル活用されています。

高圧トランスのPCB濃度が60%であるのに対し、一時的に電気を蓄える装置であるPCB濃度が100%の高圧コンデンサは、始めにPCB飛散防止のため、液中で切断してPCBを抜き取り、その後、中の部材、アルミと紙を抜き出し粉砕して予備洗浄します。アルミはPCBが染み込んでいないので分別してリサイクルできますが、紙については粉々にして水を混ぜ泥状にしてから(スラリー化)分解されていました。しかし2013年9月より、5,000mg/kg以下のPCB廃棄物については環境省認定の無害化処理施設において焼却できるようになり、外部で処理されています。

取り出されたPCBは「水熱酸化分解法」と呼ばれる方法で処理されます。水熱酸化反応器は高さ約15mの円筒型の容器で、高温高圧の、液体でも気体でもない中にPCBを入れ、苛性ソーダと酸素を加え4時間ほどかけて緩やかに化学反応させると、二酸化炭素と水、食塩に分解されます。最後に検査を経て基準に合格した生成物は、公共下水道へ排出されるほど無害化されるそうです。

説明の後、さらに処理工程が詳しくわかるDVDを見せていただき、PCB分解方法としてもう一つ、「脱塩素化法」が紹介されていました。これは、東京事業所では低濃度のPCBを処理する方法で、電柱上トランスの絶縁油に微量に混入しているPCBを、アルカリ剤などを混ぜ反応させて、無害化した絶縁油は火力発電ボイラーの燃料としてサーマルリサイクルされます。東京事業所では2013年6月に低濃度PCB廃棄物の予定処理量が終了し、現在は脱塩素化法は行われていないそうです。

わずかなPCB含有も徹底的に処理するために ── 諸外国よりはるかに厳格な処理基準値

作業場の2階から、搬入口、トランスの解体前作業場、洗浄室などをガラス窓越しに見学した後、事業者の方に神津代表からのさまざまな質問に答えていただきました。製造と使用が禁止になって以降、保管され続けてきた機器や絶縁油の取り扱いについては、現在のような廃棄物処理施設ができる以前には、高温焼却処理が試みられたそうです。ところが全国約40カ所の候補地で建設を反対され、国が全面的にバックアップし民間による技術開発が進められ、学識経験者のアドバイスなどを支えにして、化学処理が選択されました。

PCBは絶縁特性に優れた物質である一方、環境中で分解されにくいことから、無害化処理技術の研究や開発には、時間もコストもかかってきました。しかもトランスなどは形態・大きさが統一されていないので、その処理工程は機械化が難しく人の手に頼るほかないそうです。東京事業所で処理を担当するのは約160人。4組2交替制の24時間作業で、大きなトランス1個の作業終了まで、およそ40日かかります。

PCBを使っていない地域にまで環境汚染が拡大することを認識したため、2001年、国連環境計画(UNEP)のストックホルム条約制定により、PCBを含めた有機汚染物質の廃絶・制限が決定されましたが、先進国の多くでは高温焼却による処理が進んでいるそうです。また世界的な勧告基準50mgPCB/kg以上に対し、日本ではその1/100の0.5mgPCB/kg以上と厳しい基準になっています。

東京事業所の当初の処理目標に対して、現在、トランスが約50%、コンデンサは約30%の処理が完了しています。国の基本計画では2016年度に処分終了でしたが、微量のPCB廃棄物が大量にあることが判明し、2011年に行われた環境省の検討委員会の議論を経て、2026年度まで延長することになっています。JESCOの事業延長については、施設のある地元自治体、また住民との再協議も必要になってきます。

東京事業所は安全最優先を基本理念とし、建物は自然災害に強い建築構造で作られ、施設内の計器類に故障があっても事故につながらないよう、各機器の下にはPCBの浸透と流出を防ぐオイルパンを設置、床面は耐久性に優れた樹脂を塗布、さらに漏洩検知器も設置するなど多重の漏洩防止対策を行っています。排水については、PCBが流出しないようコンピュータで監視し、異常発生には即座に対応できるようになっています。3.11の地震時には、機器は設計通りすべて自動停止しましたが、現在はさらに作業員らの防災訓練を強化しているそうです。また運搬車両にはGPSの管理システムを導入し、施設搬入に至るまで運搬中のPCB廃棄物の所在を常に確認できるようになっています。また、作業員がPCBに直接触れないように保護具を装備するなど万全な安全対策が取られているそうです。

工場や事業者などのPCB廃棄物の保管者は、自治体への届け出と一定期間内の処分義務が特別措置法で定められていますが、自社で処理ができない場合は、JESCOに登録する必要があります。中小企業に対しては、処理にかかる高額のコスト負担を軽減するため、国から7割の補助金も出ているので、「PCB廃棄物保管者の皆さんはぜひ自治体に届け出をしJESCOへの登録をしてください」と強調されていました。新規の製造使用は禁止されているPCBですが、長期にわたり保管され続けてきた廃棄物のほかにも、現在使用中の機器内にPCBが含まれていることもあり、今後処理しなければならない総予定量を把握するのはなかなか難しいとのお話もされていました。

便利で快適な暮らしを支えてくれるものの中には、優れた有用性と生命を脅かす危険性を併せ持つものが多くあります。PCBをはじめこうした物質は、自然環境下で分解されることなく残留する場合があるので、その物質から恩恵を受けてきた人間が、安全かつ迅速に廃棄処理を行わなければなりません。厳しい安全基準の設定により技術開発を推進させてきた日本において、基準数値のみで安堵することなく、廃棄処分施設の設置問題など、将来のために何を優先して行うべきなのか的確に判断する必要があるということを、今回の視察ではあらためて考えさせられました。


視察を終えて

「毒にも薬にもなる」「諸刃の剣」という言い回しがある。もしかしたら世の中はすべてそうなのかもしれない。だからこそ、その有益性を絶対視し過ぎてはいけないし、またそのリスクを敵視し過ぎてもいけないのだろう。PCB処理の現場を目の当たりにして、人が恩恵に浴す「正」の反対側にある「負」の部分も、人がきちんと背負い、処理、清算すべきものなのだとしみじみ感じた。まだまだ先の道のりは長いが、粛々と地道に無害化作業に取り組む多くの方々に、心から敬意を表し、エールと感謝の念を捧げたい。私たちにとって、簡単なことではないだろうが、光と影を共に受け入れることが、豊かさや快適を求め続ける人間の宿命なのだとも思った。

神津 カンナ

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