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中部電力送電線工事見学レポート
安定した電気を、ずっと送り続けるために

発電所でつくられた電気が、遠く離れた私たちの元に届くために、なくてはならないのが送電系統のシステムです。見上げるほどの高所にある送電線や送電線を支えている鉄塔などは、どのようにメンテナンスされているのでしょうか。2015年10月19日、神津カンナ氏(ETT代表)は、愛知県渥美半島で実施されている、中部電力の送電線張替工事の現場を視察しました。

 

発電した電気を効率よく安定的に送るための送電ネットワーク

中部電力の送電系統の総延長は、約11,000km。これは日本の最北端から最南端までの長さの約4倍にも相当します。網の目のように送電線を張り巡らせて複数の送電ルートを作っておくことで、落雷などで停電する区間が生じても短時間で復旧させたり、張替工事のときも、なるべく人の生活に支障が出ないようにすることができます。送電線には、長距離を効率よく送るのに適した50万ボルト(=500kV)という非常に高い電圧のものから、数万ボルトの比較的低圧のものまであり、これらを組み合わせて効率的かつ安定的に電気が送られています。


中部電力の電力系統


大量の電力を途切れることなく送るために必要なのは、送電線とともに、それを支える鉄塔であり、中部電力だけで約34,000基もあります。鉄塔は設置する場所や送る電圧によって、さまざまな形や大きさをしており、50万ボルトの電気を送る鉄塔の平均的な高さは80m近く、最高度のものでは150mにもなります。これほど高くしている理由は、高電圧の送電線と周囲の建物や樹木などを絶縁するための空気の層が必要だからです。

送電線には、地上からではなかなか見ることができない、さまざまな装置が取り付けられています。がいし(電気の流れている送電線と鉄塔とを絶縁するもの)、スペーサ(複数の電線が互いに接触しないよう間隔を保つための装置)などがあり、安全に、安定して電気が送られるよう工夫されているのです。


電線付属品取り付けイメージ


念入りな工程準備により、慎重かつ順調に進められる作業

今回、見学に伺ったのは、渥美半島にある渥美田原線と呼ばれる、電圧が27万5,000ボルトの超高圧送電線です。現場は経年劣化による電線の張替作業の真っ最中。約250〜350m間隔で鉄塔が並ぶ3.1km区間の送電線を張り替えるなどの工事が行われます。中部電力の工務技術センター送電施設課の方と、実際に現場で張替作業に携わる(株)ヒメノと菊池電気工事(株)の方にお話を伺いました。工事の計画は2013年から始め、まず測量調査をして、工事用敷地がどの程度必要か、日程はどのくらい必要か、などさまざまなことを検討。工事用地の交渉を経て、夏場の電力需要のピークが過ぎた今年9月下旬に電気を止めて張替工事などに着手。冬の電力需要が増える時期には送電できるよう、11月下旬までという限られた工期の中で、確実に作業が進められていきます。

天候に左右されることもありますが、決められた工期を遵守するようにと、工程検討や着工後の工程管理などは慎重に行っていると中部電力の方はおっしゃっていました。 施工安全計画書を見せていただくと、作業の順番や施工方法のほかにも、安全対策などが詳細に書かれていました。また、日本全国でこうした送電線の張替工事は行われていますが、それを何カ所も手がけている電気工事会社の方は、徒歩でしか行けない山間部で行う作業が最も大変だとおっしゃいます。そして、新幹線や鉄道などの電線工事も、真夜中にしか作業できない苦労があると話されていました。

今回、張り替えるのは、45年前の電線、つまり日本の高度経済成長期から使用された電線です。中部電力では、 送電線については1年に1回、すべて現地で直接巡視し、時にはヘリコプターに乗って、上空からも状況を確認しています。また、もっと古い年代の銅線やアルミ線の張り替えは以前から進めており、一部をサンプリングするなどの方法によって、劣化の進み具合を把握し、各送電線が、あとどのくらい保たれるか推定し、張り替えの優先順位をつけているそうです。鉄塔については適切なメンテナンスを行えば、長期間にわたって使用することができるため、沿岸部と比べて山間部など環境の良いところでは大正時代や昭和初期のものも一部現役で活躍しているそうで、驚かされました。また、送電系統の変化にともない、新しい線を架設することで古い線が不要になることもあり、こうした電線の撤去も作業の一つになっています。

地上50m —— 空中に浮かぶように行われていた張り替え

実際に作業が行われている鉄塔のひとつを訪れてみました。田園地帯の真ん中に鉄塔があり、近づいていくと、鉄塔の上や、電線上で作業をしている人がたくさん見えました。見上げただけで、その高さに足がすくんでしまいそうです。

鉄塔の脇を見ると、今から鉄塔に昇る作業員の方がいました。足をすべらせても大丈夫なように墜落予防の安全装置を身に付け、上の方まで昇っていきましたが、そのスピードには感嘆してしまいました。 鉄塔に昇ったら、4〜5時間は下に降りずに続けて作業をすることもあるとのこと、体調管理も気をつけなければなりません。電線上ではどのような作業をしているのかと、作業を双眼鏡でよく見てみました。下にものを落とさないように周囲をネットで囲んだカゴに乗って電線上を前後に動き、手際よく作業を行っていました。

次に、新しい電線を送り出す場所へ向かいました。電線を巻くための器材をドラムと言いますが、ひと巻きが1,300〜1,800m、重量は約4トンにもなるという大きなものです。巨大な樽のようにも、ミシン縫製で使用するボビンのようにも見えました。電線が巻かれていないドラムには、これまで使用していた古い電線を巻き取ります。

また、資材置き場では、連結撤去したがいしも見せていただきました。一個のがいしは、人間の顔以上の大きさがあり、しかも太陽光や温度変化による劣化が少ない陶器で出来ているので、かなりの重さがありました。

実際に使用されているものと同じ電線も見せていただきました。断面は、約410㎟と思った以上に太く、1mあたりの重さは約1.6kgもあります。いつもは、遠くからしか見たことがない電線を実際に手にすると、ずしりと重さを感じました。

電気のある生活を支えてくれる後継者育成が今後の課題

安定した電気をずっと送り続けるために、送電線の張替などの設備更新工事は必須です。しかし、高所で行われる作業なので、後継者の育成が難しいという課題を抱えています。中部電力では、「増大しつつある送電線工事を確実に進めるために、これからも若い人材を確保し、保守の現場において徐々に専門知識を身につけさせるとともに、訓練を繰り返し行うことで、ベテランの技術者にまで育てていきたい」という力強い抱負をお聞きしました。一方、電気工事会社でも、人材の確保は大きな課題のようです。若い本人がやる気になっても、高所での仕事は危険だからと周囲の反対を受けることが少なくありません。しかし、安全を最優先に作業しているため災害の発生件数は一般的な建設現場より、かなり少ないといった実態を理解してもらえるよう、しっかり説明していきたいと話されていました。

私たちは今の時代、電気がなくては生活ができません。今回の視察では、安定した電気が送られているのは、送電線をメンテナンスしてくれる、高い所にいる「縁の下の力持ち」のおかげだということを痛感しました。また、こうしたインフラを支える大変な仕事ゆえに、その技術を継承した多くの人材が育つことを心から願っています。

視察を終えて

電力のサプライチェーン全体を俯瞰すると、「点」である発電所に対して、送電設備は「線」、さらにネットワークとしての「面」 を形成していることに気づく。そしてその設備量は膨大だ。しかも常に雨や風、雷、雪、塩害など自然の脅威に晒されるし、また、住宅密集地域、工場地帯、河川横断区域、急峻な山岳地帯などさまざまな場所に設置されているから、その建設や保守には、それぞれの 環境に合わせた多様な設備対策や安全対策や、そのための専門的な技術技能が求められている。原子力発電や太陽光、風力という再生可能エネルギーなど、電気を「つくる」部分には社会の関心も高く、注目されることが多いけれど、電気を「送る」システムや設備については、私たちは普段あまり目を向けることがないように思う。かくいう私も、車の中から、電車の中から、そして歩いていても、何げなく眺める鉄塔や送電線の姿は、どれも周りの風景に溶け込んでいる無機的な構築物くらいにしか見ていなかったことを猛省している。最近では、その後ろで設備を支えている多くの担い手の姿が浮かび、拝むような気持ちである。

神津 カンナ

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