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第3回 インタビュー 地球最後のフロンティア ── 海底下の地層から科学で読み解く地球の神秘

各界でご活躍の方をお招きし、神津カンナ氏(ETT代表)がお話を伺うインタビューの第3回ゲストは、海洋研究開発機構地球深部探査センター長として地球深部探査船「ちきゅう」の運航に携わり、深海の海洋地質を研究されている東 垣氏です。海底下の世界の魅力や日本の科学技術の力についてお話いただきました。

微生物の細胞ひとつが導く環境とエネルギー問題解決の可能性

神津 先生はいつ頃から海洋に興味を持たれたのですか?

 学生時代に地質学を学び、山を歩いて地層を調べているうちに、深海の堆積物がどのように陸に上がり地層として形成されたのかを知りたくなり、海底の地層を研究するようになったのです。

陸上の地層の中には浸食などにより堆積の空白時期もありますが、海底の地層は比較的安定して堆積するので、地球の歴史を読み解くためには保存の良い古文書といえます。約40億年前といわれる生命誕生により他の惑星と異なる劇的な変化の道を歩み始めた地球の、過去・現在・未来を知るために、JAMSTECの行っている海底掘削による研究が貢献できると考えています。多くの海域で採取した試料を分析してみると、地球初期の海水温や生物の生態系もわかりますし、地球全体の成り立ちが推測できるのです。

もう少し広い視点で考えると、宇宙、地球、生命、そして人間 ── この4つのテーマを解明していくのが科学の役目だと私は思っています。その中で「ちきゅう」というのは、地球と生命というテーマに貢献できると考えています。

神津 私たちの住んでいる地球については、宇宙以上に知らないことがたくさんあるようですね。

 生命は存在しないと思われていた海底下に微生物が発見されたのは、わずか20年ほど前のことです。JAMSTECでは、地球深部探査船「ちきゅう」が八戸沖で掘削した海底下の石炭地層試料から取り出した微生物を、独自の方法で培養し特殊な装置で分析することで、これまで不可能だった個々の微生物1細胞ごとの性質を解読することに成功しました。

神津 その成果をどのように活用するのでしょうか?

 海底下の石炭層に住んでいる微生物の一つである、古細菌の一種であるメタン生成菌は、CO2を吸入しメタンを吐き出す特性があり、これを生かして石炭層にCO2を貯留するバイオCCS(二酸化炭素回収・貯蔵)への応用と、もう一つは、吐き出したメタンつまり天然ガスの採取という、環境とエネルギー問題解決策への応用が期待されます。

地震のシミュレーションモデルの裏付けにもなる探査船「ちきゅう」の断層掘削

神津 「ちきゅう」は、掘削をする時にどのように海上で定位置を保っているのですか?

 日本周辺は海流が多く、強い波を受けた船体が動いてしまうと、海底とつなげたパイプが切れてしまいます。そのため人工衛星によるGPS(地球測位システム)と音響測位システムの二つで位置情報を得て、「ちきゅう」のために開発された独自のDPS(自動船位保持装置)が自動計算し、船底の6機の推進装置=アジマススラスタの向きを制御しています。中規模の台風なら5m前後しか動きません。

神津 それはすごいですね。東日本大震災の時に「ちきゅう」は八戸港に停泊中で、見学に訪れていた小学生たちが船内で一晩過ごしたそうですが、船体への津波の影響はいかがでしたか?

 いったん離岸して湾内で碇を降ろしたものの、まるで洗濯機の中に入れられたように津波に振り回されて船底など一部は破損しましたが、幸い船内にいた全員が無事であり、あれほどの規模の津波にしては最小限の被害だったといえるでしょう。大震災の翌年、「ちきゅう」は震源域の東北沖に向かい、水深約7,000mの海域から海底下約1,000mにある断層の掘削を行い、試料の採取や断層面の温度計測をしています。

神津 温度計測から何が判明するのですか?

 東日本震災を引き起こしたような海溝型と言われる地震は、プレートがもう一つのプレートの下に沈みこむ時、蓄えられてきたエネルギーが限界に達して一気に放出し、プレート境界部分の断層がずれることで起こります。東日本大震災では海底下の浅い断層のずれが大きく、津波を引き起こしたため、ずれの摩擦熱の痕跡を発見できれば、地震を起こした断層を特定できます。また、摩擦熱の大きさを知る事で、地震発生直前までプレートに蓄えられていたエネルギーの大きさを推測し、地震発生メカニズムの解明につなげることができるのです。

「ちきゅう」では、東海・東南海・南海地震の発生が予想されている南海トラフでも掘削調査研究を行っています。2,000m程度の水深の下を最終的には5,000m以上掘削する予定で、採取した試料から断層の摩擦熱による岩石の変化などを観察し、東北沖の試料と比較することにより、地震のさまざまなシミュレーションモデルの裏付けになる研究結果が得られると考えています。

神津 試料は「ちきゅう」船内の研究室で分析されるのですか?

 試料は海上に運んだ瞬間から、圧力と温度の急変によって化学反応を起こしてしまう、いわば生ものですから、「ちきゅう」の実験室に搭載されているCTスキャナーによる非破壊検査で物質の密度などをできるだけ早いうちに測定します。病気を例にとると、がんの疑いがある場合に、聴診器やCTスキャンだけではわからないことが、一部採取した患部の病理検査ではっきりすることがあるように、掘削した岩石試料をさまざまな方法で分析する事で、地震のメカニズムのより正確な解明につながります。また、液体窒素で冷凍保存した試料はパッキングされて、その後も研究に利用する事ができるように、コア研究所に運ばれます。

神津 「ちきゅう」と同じような能力を持つ船は、世界にあるのでしょうか?

 同じような掘削技術を持つ船は世界に約20隻ありますが、多くは石油や天然ガスなどの資源掘削のための船であり、実験室を持つ「ちきゅう」は世界でナンバーワンの科学掘削船といえるでしょう。海上で作業をしてこそ利用価値が発揮されるので、港の停泊日数は限られてしまいますが、多くの方に「ちきゅう」の役割や我々が行っている研究を知ってもらうために、運航スケジュールの合間をみて一般公開を行っています。すでに10万人の来場者を迎えています。

生命を地球との関係性の中でとらえるダイナミックな研究が生む生のスパイラル

神津 海底下の世界のどのようなところに魅力を感じて、研究を続けていらっしゃるのですか?

 海底下は、地球最後のフロンティアといえるかもしれません。海底下にいる微生物の世界はまだ解明されていないことが多く、たとえば石炭層は太古の生物つまり有機物が堆積してつくられていますが、この石炭が栄養供給する微生物たちの豊かな生命圏が、地球の表面積70%を占める海洋の海底下5~6,000mまで、もし広がっているとしたら、これまでの常識をくつがえすことにもなりますね。このような分野では、今、次々に前の説を覆すような新しい研究発表が続いており、我々の知る情報がまだ限られていることを感じます。海底下深くの微生物が、それぞれどのような役割を分担しあって微生物コミュニティを支えているのか、そして、これらの微生物はどのくらいいるのか、我々のまだ知らない場所で何が起こっているのか、そういったことに興味をそそられます。

地球は生命と環境が密接にからみあう自己調節機能を持ち、この連動システムにより安定している一つの生命体と考えた、J・ラヴロック博士の「ガイア仮説」にもあるように、地球の長い歴史の中では劇的な変化が起こっても、生物が生き長らえる仕組みがあったと考えられるわけです。また、恐竜がいた白亜紀には、海はCO2が多く含まれヘドロがたまったような状態でしたが、そのヘドロが今、石油や天然ガスという資源になって、私たち人間は大きな恩恵を受けています。逆にこれから海がCO2を吸収しすぎて酸性化が進むと、生態系への影響は免れないでしょうし、地球規模の炭素循環の変化については注意深く観察していく必要があります。そして今後の研究では、過去のサンプルから生物そのものの進化や変異を見るのみならず、地球との関係性の中で大きくとらえ直すことになるでしょう。

神津 JAMSTECの研究活動もいっそうダイナミックな展開になっていきますね。

 「ちきゅう」は、人類の大きな謎であったことを解明する事が可能な船だと思います。そしてそれを実現する為にも、これまでの学問体系で弊害だった専門ごとの壁を取り払い、世代間や国境を越えた自由な発想ができる若い世代の研究者の活躍に期待したいと思っています。一つの明確な目標を掲げることによって、さまざまな専門やキャリアを持った人材が共鳴して集まるようになり、他の研究組織とも連携しながら、目標に向かって最大限の努力をしていくようになれば、世界最先端の掘削船「ちきゅう」というハードと、人間力のソフトが合体した正のスパイラルができ、研究成果が以前にも増して社会への貢献に繋がると思います。そして、「ちきゅう」による成果が、積極的な広報活動により幅広い層の方々に理解を深めていただけることを願っています。

神津 海洋地質研究は何のために、どのように進められているのか、専門的な話を含めわかりやすく解説していただき、科学にロマンを感じることができました。多様な地域の人たちが集まる私たちETTも、これからさまざまなテーマについて、複眼的な視点でとらえ、意見や情報をわかりやすく、より多くの方に発信していく活動を続けていきたいと思います。

東 垣(あずま わたる)氏プロフィール

海洋研究開発機構 地球深部探査センター センター長
1985年、京都大学大学院理学研究科博士課程後期修了。理学博士。東京大学海洋研究所研究員、静岡大学理学部助手、九州大学理学部助教授を経て、99年、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の前身である海洋科学技術センター 深海研究部に所属。03年より深海研究部長、05年よりJAMSTEC 高知コア研究所長を経て、09年より現職。研究分野は深海での海洋地質学。スマトラ、台湾、アマゾン(ブラジル)や南海トラフを含む多くの調査航海に参加し、特に、深海底の堆積作用と変動地形、地震との関係に興味を持つ。さらに地殻浅部域での地震破壊伝搬の動的挙動(ダイナミクス)の理解のために台湾チェルンプ断層掘削計画にも参画しており、現在も統合深海掘削計画や国際陸上掘削計画に深く関与している

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