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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

近畿大学 原子力研究所見学&学生対談レポート
教育・研究用原子炉がひらく、原子力の未来

1961年より近畿大学内に設置されている原子炉(UTR-KINKI)は教育・研究用の低出力原子炉。学内生のみならず、全国9大学や海外技術者などの実習、全国の研究者の共同研究、一般市民や教員向けの研修会、高校生対象の放射線・原子力教育など、広範に利用されてきました。しかし福島第一原子力発電所の事故後は新規制基準に対応するため、3年近く停止中です。2016年10月7日、神津カンナ氏(ETT代表)は近畿大学原子力研究所を訪ね、翌年に再稼働を控えた原子炉を視察するとともに、厳しい環境下でも志を持って原子力研究に取り組む、若き研究者と指導者に今後の展望を伺いました。

 

安全性が極めて高く、シンプルで扱いやすい構造

最初に、こちらの研究所での原子力人材育成について、若林源一郎准教授がレクチャーしてくださいました。発電用の原子炉は、ウラン燃料が核分裂する際に中性子とともに発生する大量の熱エネルギーを取り出すことが目的のため、一定以上の規模が必要です。一方、教育・研究用原子炉であるUTR-KINKIは、運転実習そのものや、核分裂で発生する中性子をバイオなどの実験に利用することが目的のため、原子炉として最小限の要素で構成された、非常にシンプルなつくりです。UTR-KINKIは、1959年、東京国際見本市にアメリカが出展、18日間運転した教育用原子炉だったものを初代総長が購入を決断。翌1960年、学内に原子力研究所をつくり、大学・民間第1号となる原子炉の設置が認可されました。1961年11月11日に臨界に達し、熱出力0.1ワットで運転を開始。理工学部に原子炉工学科も設立されました。

0.1ワットでは中性子が弱く照射に時間がかかり過ぎるという研究上の理由から、1974年、熱出力を10倍の1ワットにパワーアップ。これでも発電用の原子炉(熱出力:約30億ワット)に比べると約30億分の1の極低出力炉です。大量の熱を発生させる発電用の原子炉とは異なり、研究に使う中性子を生み出すことが目的なので、極低出力でも十分に機能するのだそうです。低出力な分、安全性が極めて高く、フルパワーで運転しても常圧で、温度上昇がないので冷却設備が不要。さらにUTR-KINKIの場合、55年間の運転中のウラン燃料の消費量は数ミリグラムで、新品同様とのこと。この使い方だとウラン燃料1グラムで約3,000年も使用できる計算で、燃料交換も不要のため使用済燃料も発生しません。また、強い放射線を出す核分裂生成物や、運転中の漏洩放射線も少なく汚染・被ばくの恐れがほとんどないので、学生や研究者が炉心に接近しての燃料操作や、運転中の原子炉近くでの作業も可能です。原子力発電所には安全対策の3原則「止める・冷やす・閉じ込める」がありますが、UTR-KINKIはコントロールパネルの停止ボタンを押せば0.3秒で止まり、「冷やす・閉じ込める」必要はありません。一方、起動すると20分でフルパワーとなり、実験のたびに起動と停止を繰り返して使用できる点が、発電所との大きな違いで研究に適しています。

原子炉の構造は、左右に燃料を入れ、中心に試料を挿入する「二分割炉心」。原子炉として最小限の要素で構成され、操作が容易な「わかりやすい構造」が特長です。安全性が非常に高く、学生でも運転できる原子炉なので、1980年代からは全国の研究者による共同研究、一般市民や小・中・高の教員向けの実験研修会が始まり、今も続いているそうです。


UTR-KINKIの炉心の構造


説明を受けた後は放射線管理区域に入り、原子炉と制御室の見学へ。今までに見た原子力発電所と比べると、非常にシンプルでレトロなつくりで、システムは設置以来55年間、変わっていないそうです。燃料も原子力発電所のペレットと異なり、平板状のウラン・アルミ合金。表面はアルミなので、汚染のおそれはありません。また、研究所内には、金属容器を透過して内部を映せる中性子ラジオグラフィー装置(レントゲンに使うエックス線では金属容器しか映らない)なども設置され、運転停止前はさまざまな研究や検査、研修が毎日のように行われていたそうです。

“空白の3年”運転停止の弊害は医療分野にも

かつて国内5大学に6基あった大学原子炉も、現在は近畿大学に1基、京都大学に2基。計3基で全国の原子力教育・研究をまかなっていますが、2011年の福島第一原子力発電所の事故を受け、すべて停止中です。UTR-KINKIも2014年2月、新規制基準に対応するため運転を停止しました。適合性審査を経て、2017年2月初旬頃にようやく再稼働できる見込みです。一方の京都大学では、教育・研究用原子炉でつくられる中性子を使って 「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」という放射線治療を行ってきましたが、 運転停止以来、BNCTの臨床研究が休止している状態だそうです (京都大学の研究用原子炉[KUR]は2017年の再稼動見込み)。 原子力=発電とイメージしがちですが、医療や工業など、私たちの身の回りのさまざまな分野に利用され、必要とされていることに改めて気づかされました。

また、「運転停止により、原子力の専門家を志す学生が一度も実習や研究する機会を得られないまま卒業して社会に出てしまうのが残念。本やコンピュータでも知識は学べますが工学では体感が重要で、本物に触れた皮膚感覚が後々、自信につながるのです」と若林准教授は懸念されています。近畿大学では2002年に原子炉工学科が廃止され、原子力の分野は電気電子工学科エネルギー環境コースの学生90名が学んでいます。その中で限られた人数ではあるものの、韓国・慶熙(キョンヒ)大学炉で代替実習を実施。原子炉を輸出産業にしようと活気づく韓国では、原子力専門学科も16ほどあり、人材育成のために授業の70%を英語で行うのだとか。そんな格段に優秀で熱意あふれる韓国の学生に触れることが、日本の学生に刺激になるのだそうです。


原子力の学びは、幅広い分野で今後ますます重要に

日本の厳しい研究環境・社会情勢の中で、福島第一原子力発電所の事故後に原子力研究を志す学生、若き研究者は、原子力の現状と未来をどう捉えているのでしょうか? 総合理工学研究科に籍を置く大学院生の堤田正一さんと理工学部電気電子工学科4年生の中嶋國弘さん、理工学部生命科学科3年生の島津美宙さんも加わり、神津代表との座談会となりました。

神津代表 いま、どんな研究をしていますか? 原子力を学ぼうと思ったきっかけは?

堤田 核燃料サイクルの中で発生する、放射性廃棄物の減容を研究しています。福島第一原子力発電所の事故は高校3年の時でしたが、高校時代に親友ががんになり放射線治療について調べた経験があったので、電気電子工学科で放射線や原子力を勉強できると知り、興味を持ちました。

中嶋 原子炉設計の基礎となる核データライブラリーの検証を行っています。例えば原子力施設の設計で必要になる数値をあらかじめ計算し、精度を上げるのに役立ちます。元々電気を勉強しようと決めていました。福島の現場などを見ていくうちに原子力の分野が今後も必要であると気づき、私も貢献していきたいと思うようになりました。

島津 生物の道に進むつもりでしたが、今まで知らなかった原子力に興味を覚え、惹きつけられました。3年生なので専門の研究はこれからですが、原子力は生命科学など複数の分野が融合しているので、いろいろな知識が身に付き、成長できると期待しています。

神津代表 日本の原子力の現状をどう思いますか?

堤田 今後の日本の電力を考えると原子力発電所は不可欠。反対の声も多いですが、理解を得ていかに普及させていくかを考えることが大事だと感じています。

中嶋 商業用と、医療用や教育用とを区別して考えないといけないのでは? 商業用としては、原子力は安定的な電源のエネルギー源として位置づけるべきという意見です。

島津 放射線治療など、人の役に立って有効な技術であることは評価して認めてほしいですね。

神津代表 就職先は考えていますか? 将来の夢を教えてください。

島津 研究者になって、多くの人の役に立ちたい。どの分野にせよ、人を幸せにして笑顔をつくれる研究ができればと願っています。

中嶋 技術者か研究者か、2通りのストーリーを考えていますが、国の安定したエネルギー供給と安定性の向上を進めていくことが、私の原子力に対する夢です。

堤田 原子力に関わるメーカーへの就職が希望です。原子力の分野で、日本にとってプラスになる社会をつくれる技術に携わりたい。

若林准教授 在学生は、福島第一原子力発電所の事故を見た上で、あえて原子力の分野を選んで来てくれています。事故前も今も変わらないのは、発電以外にも原子力は広がりがあって、特に最先端医療に進むキャリアパスとして学ぶ人が増えている点。原子力に対して志を持って取り組んでくれている学生には、思う存分勉強して力を発揮できる場を準備してあげたい。原子炉を持っている大学として、早く再稼働をして実物に触れさせてあげたいですね。

神津代表 今日は皆さんの話を伺って、頼もしくありがたい気持ちになりました。先生も責任重大でご苦労様です。皆さんの今後に期待したいと思います。ありがとうございました。

視察を終えて

普段私たちは、教育・研究用原子炉の存在やその目的についてあまり目を向けることはない。しかし改めて調べてみると、日本でも原子力関係の研究・開発が本格的に進んできた1960年代から研究炉の建設が行われ、すでに半世紀以上にわたり研究実績を積み重ねている。その成果は、原子力技術や学術のみならず、産業現場、病院での診断や治療まで幅広く利用され、私たちの暮らしや生活基盤にも実は深く根ざしている。海外の研究炉で作られる薬剤にも頼っている日本は、その海外の研究炉が停止した折には、病院での治療にも影響が出て大変な事態に陥ったこともあるのだ。しかし、そんなことはあまりニュースにはならない。だから私たちも教育・研究炉の実態をきちんと認識できないのだろう。近畿大学の研究炉も50年以上の研究を積み重ね、教育・研究はもとより多くの人材育成にも貢献してきている。現在は、設備の高経年化、原子力施設としての厳しい安全規制への対応などの課題にも取り組んでいるが、今後もますます重要な原子力技術に、実践を通して磨きをかける研究施設として頑張ってほしいと切に思う。「技術は実践を通じて技となる。知識は実践を通じて知恵となる」・・・のだから。

神津 カンナ

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