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橋爪吉博氏インタビュー
エネルギー転換の時代に石油産業が取るべき道筋とは

近年需要が減少しているとはいえ、石油はこれからも化学製品、海運、航空などになくてはならない燃料です。しかし今、世界はエネルギー転換に向かおうとしています。EV化が進む自動車産業の変革が石油産業に及ぼす影響や、現在の地政学リスク、環境制約など、石油業界を巡る動向について、橋爪吉博氏(一般財団法人日本エネルギー経済研究所石油情報センター調査役)に神津カンナETT代表がお話を伺いました。

平成の石油業界再編

神津 平成の時代が終わりに近づいていますが、最近の石油業界の動向はいかがですか?

橋爪 1985年に昭和石油とシェル石油の合併で昭和シェル石油、86年に丸善石油と大協石油の合併でコスモ石油が誕生というように、平成の直前にも動きがありましたが、JXTGエネルギーの誕生に続いて、平成最後に出光と昭和シェルの統合が間に合って、石油業界再編が名実ともに完了したのは大きいですね。石油の国内需要減少は99年から始まり、当時より約3割も需要が減少していますが、その中で規模の適正化により効率的な供給を続けていかなければなりません。

神津 平成の30年をかけて再編がある程度は整ったということですね。

橋爪 引き金になったのは市場縮小に伴う外資メジャー石油会社の日本撤退です。戦後、高度経済成長期にかけて外資系オイルメジャーとの提携で原油を確保して来ましたが、オイルショック後、各産油国の国有会社が独自に輸出するようになり、わが国石油業界が外資系メジャーに依存する必要がなくなったとも言えます。

神津 今、外資企業が目を向けているのは中国や東南アジアなどの成長市場ですね。オイルショック前に過度に石油に依存していた日本はその後、脱石油化を図り、また近年は若い人が車に興味を持たなくなったとか、先進国ではガソリン車から電気自動車へのシフトが叫ばれていますが、そういう情勢の中で石油の行く末はどうなるのでしょう。

橋爪 これまで脱石油化が遅れてきた理由は、石油はエネルギー効率と使い勝手が良いからです。歴史を振り返ると、水力から石炭、石炭から石油へと効率の良いエネルギーに変換してきました。

神津 確かに石油は使い勝手がいいですよね。東日本大震災直後、普段はタンク車での輸送が行われていない鉄道路線を利用して石油を輸送したり、あるいはディーゼルの三陸鉄道では走行はできなくても車内で電気は使えたというように、被災地を視察して石油の必要性、存在価値を目の当たりにしました。

橋爪 石油はこれからも石油化学、貨物輸送、航空・海運の分野で必要とされます。乗用車については、近年、物に対する価値観が所有から利用へと変化しており、また非正規労働者が増えている現状で経済的格差から車の所有が減少し、今後はカーシェア、ライドシェアが進むので、生産台数が減ることは必至です。日本の車産業のトップであるトヨタが「自動車メーカーからすべての人々に快適な移動サービスを提供する会社になる」と宣言。そのために必要なAI技術や情報基盤について、ソフトバンクと提携したわけです。石油業界としてもこうした流れへの対応は考えなくてはなりません。

神津 車に限らず所有から利用へと世の中が動く中で、自らも変化していくのですね。

燃料転換を意識した世界の潮流 

橋爪 紡績の豊田織機からスタートしたトヨタは先見の明があったから自動車の時代に乗り入れたわけで、そのDNAが今後も生かされていくでしょう。また昭和シェルが傘下に入っていたロイヤル・ダッチ・シェル社は、ロイヤル・ダッチ社とシェル社が統合した会社ですが、シェル社は東洋の貝細工の商品などをイギリスやヨーロッパに売る貿易商だったので、シンボルマークは今も貝殻です。そのシェル社が始めたタンカー輸送を使ったのが、オランダ領東インドで石油開発を始めたロイヤル・ダッチ社。というように常に時代の先を読んで動く感覚を持っており、早くから再生可能エネルギーなど事業の多角化を進めています。

神津 へえ、なるほど。だから国内の石油会社も燃料転換を意識して様々な事業の方向を模索しているのですね。

橋爪 出光は炭鉱が栄えていた北九州・門司において、明治44年に先を見越して石油事業を始めた経緯があり、最近では有機ELなど新素材、次世代EV用の全固体電池の開発などを目指しています。国内石油業界の2トップのもう一つ、JXTGホールディングスは今後、再エネ拡大と水素技術開発に全力を挙げると言っています。

神津 最近の流れの中でアメリカはどのような存在になっていますか。

橋爪 「21世紀最大のイノベーション」と言われるシェール革命によりアメリカは世界一の産油国になり、10数年前には石油の約半分を輸入していたのに2020年には純輸出国になると言われています。シェール革命は3つの効果を生みました。1つ目は石油の枯渇懸念の後退。2つ目は中東依存軽減によるエネルギー安全保障の向上。3つ目は供給増加による原油価格の暴落。ただ想定外だったのは、中東依存が必要なくなりアメリカが中東から撤退する方策を取ったため、中東域内における各国・各勢力の対立関係を激化させ、皮肉にも地政学リスクを上げてしまったことです。

神津 個々の情勢は違いますが、中東の産油国は世界の燃料転換をどのようにとらえているでしょうか。

橋爪 石油需要輸出への依存から脱却するため、サウジアラビアは多様な方向に投資を広げる投資立国を目指しています。またUAEはポスト石油に向けて再エネが最も進んだ国であり、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の事務局が首都アブダビにあります。

神津 次世代の新しいものや技術に世界の流れが必然的にシフトしていくのでしょうね。

橋爪 アメリカの石油会社の場合は、2度のオイルショックで需要が減少した80年代、代替エネルギーに投資しましたが、80年代後半には原油価格の暴落で失敗を経験したからこそ、M&Aで再編して石油企業の合理化が一気に進んだのです。そのためか欧州企業に比べて事業転換が遅れているように思います。 

環境制約によるエネルギー転換が進むと転換期の安定供給はどうなるか

神津 エネルギーは必要でも、CO2を出す化石燃料、そして原子力も疎まれている日本ですが、だからといって再エネではまだまだ賄いきれない。

橋爪 過去のエネルギー転換ではエネルギー効率の向上が求められました。しかしこれからは環境制約が転換の根拠になっています。問題なのは転換期の安定供給の確保です。日本の第5次エネルギー基本計画の中で、2030年には「重要なエネルギー」と位置付けられている石油は、脱炭素化を目指す50年のシナリオでは言及もされていません。とはいえ石油がいきなり要らなくなるわけではなく、供給が途絶えれば生活や産業など国民生活が成り立ちません。今この問題が表面化して見えているのが過疎地のガソリンスタンドです。特に寒冷地におけるガソリンや灯油はライフラインの一つです。

神津 都会では気づかないけれど、視察に行くたびにその地で生きていくために必要なものに初めて気づかされることが多いです。

橋爪 安定供給については、1990年前後の湾岸危機の例が参考になります。市場からイラクとクウェートの原油は喪失したものの、他の産油国に余剰生産能力があったので供給は途絶しませんでした。それとともにIEA(国際エネルギー機関)加盟各国が協調して備蓄石油を放出するなど緊急時対応措置が取られたからでした。すなわち、中東で危機が発生しても、石油の供給削減には至らないシステムが出来ています。しかし、日本エネルギー経済研究所の試算によると、EVシフトが進んだ場合、石油需要のビークは2030年代初めごろ。エネルギー転換が進むうちに産油国側は余剰生産能力を持たなくなるでしょうし、設備の更新を続けるとしても環境制約の問題があります。化石燃料の関連事業に対するダイベストメント(投資撤退)や、あるいはESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう)先からはすでに石炭が淘汰され次は石油と言われています。

神津 とかく私たちはきれいごとではすまないのに理想論に陥りがちで、過渡期に投資不足による需給逼迫など電力の安定供給も問題ですね。

橋爪 ドイツでは2022年の脱原子力に加え38年の石炭火力全廃を決定し、有識者と利害関係者が集まる石炭委員会で過渡期のマネージメントについて議論、産炭地域において雇用や地域経済などに起こる「痛み」に対して5兆円規模の補助金を出すと決めました。一方、フランスで今起きている「黄色いベスト運動」の発端となったのは、炭素税です。フランスはガソリンやディーセルの税金を、30年にCO2トン当たり100ユーロまで段階的に上げていくと発表。しかし温暖化対策によって生活を困窮させるような措置を庶民が受け入れるはずありません。

神津 これからの石油企業の展望について、橋爪さんはどうお考えですか。

橋爪 伸びしろがある東アジア市場への積極的進出とともに、燃料電池などの開発、再エネ、電力事業にも領域を広げた総合エネルギー企業化だと思います。また、過渡期にも安定供給に欠かせないものは供給余力です。石油について余力=reserveという言葉は、貯蔵タンクの燃料在庫、備蓄そして埋蔵量も意味しますが、備蓄や予備の石油生産能力は重要です。そして消費者の皆さんにお願いしたいのは、災害時などいざという時のパニック買いを防ぐために日頃からガソリンは満タンにしておき、また灯油も1缶余分に在庫を持っていてほしいということです。

神津 企業としては経営の合理性と余剰キープのバランスが難しそうですね。

橋爪 日本では、官民で石油の備蓄が220日分あるので、実はエネルギー自給率にあまりこだわる必要はないと思います。日本では資源がないから逆に、エネルギーミックスのフリーハンドが持てるのです。先ほどのドイツの石炭産業のような問題も起こらずに済むでしょうが、心配されるのは、EV化が進む場合、部品点数が半減するので、部品の下請工場など就業人口の約1割を占める自動車関連産業が今後どうなるのか、雇用と所得における「痛み」を軽減する対応が求められると思います。一方、無人自動運転は、高齢者単独世帯が急増し買い物や通院用に今すぐにでも必要な過疎地がありますから予想より早く進むかも知れません。

神津 なるほど。無資源国だからといって自給率を心配するより調達について事前に対策を練る方が適切なのですね。エネルギー転換の道程がどのくらいかかるのか誰も正確に予測できないから、過渡期の安定供給体制を真剣に考えていかなくてはなりません。電力においても原子力がほとんど止まった時期もあり、過渡期というのはエネルギー業界の最大の問題と言えますね。

橋爪吉博(はしづめ よしひろ)氏プロフィール

一般財団法人日本エネルギー経済研究所石油情報センター調査役
三重県生まれ。中央大学法学部卒。1982年石油連盟入局。88年外務省出向(在サウジアラビア大使館書記官石油担当)。91年石油連盟総務部、調査部流通課長、企画部企画課長、企画渉外グループ長、広報グループ長、技術環境安全部長等を経て、2016年5月より現職。

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