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小林 宏之氏インタビュー
“グレート・キャプテン”の危機管理術に学ぶ

42年間、日本航空のパイロットとして世界の空を飛び続けた“グレート・キャプテン”こと小林宏之氏。現在は航空評論家のほか、危機管理・リスクマネジメントの専門家として活躍されています。今回のインタビューでは、さまざまなアクシデントを回避し、安全運航を貫き通した名機長の危機管理に対する考え方や提言を神津カンナ氏(ETT代表)が伺いました。

パイロットの危機管理に必要なのは「自己コントロール」

神津 小林さんは東京商船大学の在学中に、パイロットの試験に受かったというのですからすごいですね。

小林 日本航空が自社養成した海外委託のパイロット1期生としてアメリカで航空ライセンスを取り、1968年に入社し、2010年に退社するまで一度も自己都合でスケジュールを変更することなく飛び続けました。総飛行時間は18,500時間。距離にして1,665万km、地球800周分に相当します。当時、日本航空が運航した全ての国際路線と主な国内線を飛んだ唯一のパイロットです。

神津 パイロットは飛行機に乗ったら、全権限を持ち人の命と生活を預かる、いわば一国一城の主としての重大な責任がありますよね。 フライトが決まると、どの時点でパイロットとしてのスイッチが入るのでしょうか?

小林 何百人ものお客さまが後ろにいますから、ある意味、社長より責任が重いのではないかと思います。相撲取りが仕切りを続けながら次第にモチベーションを高めるのと同じように、フライトに向けて少しずつ集中していくのですが、家族には「家を出る時と、帰ってきた時の顔が違う」と言われていました。

神津 飛行機の操縦で一番難しいのは?

小林 難しいのは着陸ですが、怖いのは離陸の失敗です。離陸時は燃料を多く積んでいるので、事故になると火災になりやすいのです。ちなみに日本—NY線のジャンボジェット機の場合、翼の部分に約150トン、ドラム缶約1,400本分もの燃料を積載しています。しかし我々は離着陸の際に100%集中してはいけません。突然何か起きたら対応できないから、20%位は余力を残しておかないと。どうしても人間は100%集中したくなるので、その自己コントロールが難しいのです。

神津 えっ? 危機管理のためには全身全霊を込めて集中してはいけないということですか。

小林 「うまくやろう」とする誘惑に負けず、「どんなことが起きても許容範囲に収める」のが大事です。航空事故を間一髪で逃れた“ハドソン川の奇跡”と呼ばれた事例では、機長が緊急時においてもいつもと変わらない冷静な口調で話すことで「訓練通りにできる」と自己コントロールし、ハドソン川への緊急着陸を決断した結果、一人の犠牲者も出しませんでした。突発的なことが起きると上ずった声で早口になりがちですが、間(ま)を取ってゆっくり話すことで自己コントロールできるのですよ。間はとても大事なもので、車も車間距離、間の取り方によっては命にも関わってきます。

神津 今の日本人は忙しいせいか、皆、早口になっていますが、元々日本には床の間、茶の間、一間(けん)ニ間とか、すばらしい「間(ま)の文化」があったはずです。間を大事にしないと安全性にも影響するのですね。ところで小林さんもヒヤッとした経験がおありですか?

小林 エンジン故障、油圧トラブルなどにも遭いましたし、湾岸危機の邦人救出機などの機長を務めたこともあります。ハイジャック以外は経験しているのではないでしょうか。しかし年3回の訓練と年2回の試験を受けていますから、自己コントロールできる限りはどこかに安全に着陸できる自信、確信を持っています。

一番大事なものを守る、優先順位を把握しておくことが肝要

神津 危機管理の基本は何だと思われますか?

小林 危機管理とは「一番大事なものを守る」ことです。非常時・緊急時には一番大事なもの以外は一旦捨てて、100点満点を目指さない。日本では100点を取らなければだめという風潮がありますが、「今ある条件で最悪の事態を防ぐ」ことが危機管理には重要です。

神津 言うは易く行うは難し、日本人はまじめなせいか、確かに何に対しても100%を求め過ぎますね。

小林 プライオリティーの選定も、日本人はなかなかできません。いろいろな作業を同時にやろうとする、あるいは今やらなくてもいいことを先にやってしまう。今年の4月から働き方改革関連法が施行されますが、残業時間が少なくなるなど今まで通りにはいかなくなりますから、多くの社会人が優先順位の選択について考える機会になると思います。

神津 危機管理に大切な心構えについてはどうお考えですか?

小林 危機管理の心構えには「謙虚心と自律心」が必要です。私はイラン・イラク戦争後期から湾岸戦争まで中近東路線を担当していた際、欧米のリスクマネジメントを勉強しましたが、心構えについては宮本武蔵著『五輪書』にある「神仏に尊び神仏に頼らず」の一文にその真髄を見つけました。「神仏を尊ぶ」=謙虚心、「神仏に頼らず」=自律心、つまり「ミスはあり得る」を前提とした謙虚心を持ち、人のせいにしない自己責任、自助努力で、「どんな条件でも最悪の事態を防ぐのだ」という心構えが大切です。

神津 欧米に比べて、日本の危機管理、現場力はいかがですか?

小林 「トップの危機管理」について言うと、日本は意思決定が非常に遅いし、覚悟を持って決断する人がいないのも問題です。意思決定には「判断」と「決断」があります。「判断」には判断基準がありますが、「決断」には基準というものがないので、自分でこうしたいと決めて決断した以上は、その後に起こり得ることは責任を取る、受け容れるという覚悟が必要です。

神津 なるほど。頭でするべき判断と、肚で決めるべき決断は違うわけですね。

小林 最近は現場では横のつながりはいいのですが、縦のつながりが希薄になっていますね。仕事は、文字や図などで表す「形式知」、身体で覚えた「身体知」、先輩の教えや経験などから体得するコツや知恵の「暗黙知」の3つが揃って初めてできるものです。今は怒られたらすぐに辞めてしまうなどして「暗黙知が伝承されていない」ことが、つまらないヒューマンエラー、ミスが発生している一つの要因になっているのではないかと思っています。

正確な情報をインプット(入手)し、自律的にアウトプット(行動)に移す

神津 小林さんの著書を読むと、情報取るために本や雑誌を購入したり、講演会を聞きに行ったり、とてもお金を費やしていらっしゃることがわかります。

小林 私は、Antenna(アンテナ)、Analysis(分析)、Action(行動)を「情報力の3A」と呼んでいます。収集力と分析力と編集力ですね。知識や情報の収集はできても、いかに組み合わせて編集し、勇気を持って自分で行動に移せるか、アウトプットが大事だと考えています。北欧諸国では早くからこのことを重視し、国も個人も取り組んできました。しかし日本では平成の30年間も知識を詰め込み、正解を求めるインプットだけで満足していました。その結果、平成元年当時、世界時価総額ランキング50社のうち日本企業は32社を占めていましたが、現在はトヨタ自動車1社しか入っていないというのが現実です。これではますます世界から置いていかれてしまいます。

神津 よくわかります。物を書くのに必要な情報は、アンテナを敏感にしていないと入って来ません。そして編集力で集めた情報をつないでいき、それから行動力でアウトプットする所まで持っていって初めて形になりますから。

小林 ただし、今の時代はインターネットで多くの情報を得られるものの、玉石混同だからスクリーニングしないといけません。特に日本のメディアは話題性と特殊性が重要視されますから、報道内容は決して嘘ではないものの全体ではないこと、重要な問題ではないこともあります。

神津 日本は島国だからなのか、「井の中の蛙大海を知らず」なところがありますね。外国に行ってニュースを見るとトップニュースが全然違っていてビックリすることがあります。日本ではどのチャンネルを見ても、なぜ同じ芸能人のスキャンダルばかり報道しているのか…。

小林 そういう意味で、日本は江戸時代と変わらない情報鎖国ですよ。しかも報道にはバイアスがかかっているので、自分の足で行って目で見て、心が動かないと行動には移せません。私は南極以外の地球の姿を高度10,000mから長年眺め続けてきましたが、2000年頃から地球温暖化が急速に進んだせいか、驚くほど地球の姿が変わってきたことに気がつきました。そこで、上空から北極やグリーンランドなどの写真を撮って『高度1万メートルからみた地球環境』として発表したところ、新聞や報道番組などメディアで取り上げていただきました。これがその時の写真です。

左:海氷に亀裂が入った北極海(2005年8月) 右:温暖化の影響で海氷が融けた北極海(2007年8月)
カナダ・バンクス島沖上空から小林宏之氏撮影


神津 氷河があちこちで融けていますね。以前、野口健氏と対談した時、氷河が融けたことで大洪水が起こり、村がなくなってしまった話を伺いました。

小林 上空のジェット気流も蛇行するように変わってきたので、日本列島の上空で積乱雲が発達して、局地的に大雨が降るようになりました。これも2000年頃以降の変化ですね。

神津 私でも、昔と今とでは天気一つにしてもずいぶん違うなと感じます。

小林 このように地球温暖化が進行していることを考えると、エネルギーに関して言えば、再生可能エネルギーもよいのですが不安定ですしね、やはりベースロード電源として原子力が20%ぐらいは必要ではないかと思います。飛行機の歴史は100年程ですが、事故を教訓にして安全性を向上させています。日本も福島の教訓を活かして、原子力の安全性を高めていけばよいのではないでしょうか。

神津 教訓を積み重ねた上に安全があるわけですよね。日本では飛行機事故が起こると悲惨さばかりがクローズアップされて、その後の知見などはあまり報道されません。

小林 私は全国の原子力発電所を回り、運転責任者の方に危機管理、リスクマネジメントを説いて原子力安全のお手伝いもしているのですが、どこの原子力発電所を見ても「ここまでやるのか」というぐらい、地震や津波などに対してさまざまな安全対策を講じています。ですが、そういうことは報道してくれません。あと、科学的な安全と、心理的な安心は別問題だというところが難しいですね。

神津 そこを埋めなくてはいけませんね。原子力を正当に、正しく理解するためのポイントは何だと思われますか?

小林 まず「正確なことを正しく伝える」ことです。原子力発電所の危機管理で一番大事なことは、原子炉を溶けないようにすること。そのために、津波や地震が起きてもこういう手当てができるから原子炉だけは大丈夫ですよと伝える。賛成か反対かの二者択一は全く愚かなことです。原子力発電所がなくなった場合は、これだけ電気は不安定になり、場合によっては停電もありうるということも事実として伝えるべきです。「それなら仕方がないな」という意見も出てくると思います。物事はイエスかノーかで割り切れることはほとんどありません。

神津 原子力発電所が停止しているなかで、所員の方々のモチベーションを維持するにはどうすればよいでしょうか?

小林 再稼働がいつになるかわからないと、モチベーションを保つのも難しいと思います。そこで、今だからこそできること、たとえば情報も意図も共有してコミュニケーションの不具合を防ぐ、チームワークを高める、仕事の配分を考えるなどの、いわゆるノンテクニカルスキルを訓練して、目の前のことに集中して力を入れるとモチベーションは自ずと上がります。

神津 それも間(ま)と似ていますね。間が長くなるとだんだん疲れてしまいますし、世阿弥でも「何もしない時のほうが難しい」とおっしゃっています。間は難しいけれども次のお芝居、ステップにつながるわけですね。

小林 そうですね。役者さんで言えば、舞台に上がる前の大事な準備のような時間だと思います。

小林宏之(こばやし ひろゆき)氏プロフィール

元日本航空パイロット/航空評論家/危機管理専門家
1946年 愛知県新城市生まれ。1968年 東京商船大学航海科を中退し日本航空入社。2010年退社時のラストフライトはマスコミの話題となり、新聞・テレビなどで特集が組まれる。パイロット歴:乗務した機種/B727 DC8 B747 DC10 B747-400、乗務した路線/日本航空が運航した全ての国際路線および主な国内線。総飛行時間/18500時間(地球800周に相当)、入社以来42年間一度も病欠、自己都合でスケジュールの変更なし。主な社歴:飛行技術室長、運航安全推進部部長、運航本部副本部長、首相特別便機長(竹下首相、海部首相、小泉首相)、湾岸危機時の邦人救出機機長。退職後の主な略歴:国土交通省の交通政策審議会委員、公益社団法人日本航空機操縦士協会副会長、慶応大学大学院非常勤講師、原子力安全推進協会の原子力発電所運転責任者講習講師、航空評論家としてテレビ・ラジオ出演、危機管理・リスクマネジメント等の講師、「エンジン01文化戦略会議」の構成員、電力会社の原子力安全セーフティーボードの一員。著書:『機長の集中術』『航空安全とパイロットの危機管理』など。

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