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苫小牧CCS実証試験センター見学レポート
CO2削減の切り札、CCSの実証試験が苫小牧で本格始動

地球温暖化の原因となるCO2(二酸化炭素)削減対策の切り札の一つに、CCSCarbon dioxide〈二酸化炭素〉 Capture 〈回収〉and Storage〈貯留〉)があります。CCSとは、火力発電所や工場などから排出されるCO2を大気中に放散する前に回収し、地中に貯留する技術のこと。2016年8月31日、神津カンナ氏(ETT代表)は、北海道苫小牧の西港でCCSの大規模な実証試験を進める日本CCS調査(株)の実証試験センターを視察しました。

 

日本のCCS技術は世界トップレベル

最初に管理棟で、「地球温暖化と苫小牧CCS実証試験」のプレゼンテーションを受けました。鉄1トン生産に対するCO2排出量は倍の2トンとも言われ、産業革命以降、CO2をはじめとする温室効果ガスによる気温上昇は世界各地に深刻な影響をおよぼしています。2015年のCOP(国連気候変動会議)21では、産業革命以降の世界の気温上昇を2℃未満に抑えることを合意。国際エネルギー機関(IEA)が提示した「2100年までに世界の気温上昇を2℃未満に抑える」シナリオでは、2050年に世界のCO2排出量を半減する必要があり、CCSにはその14%に当たる約55億トンのCO2削減が期待されています。

日本CCS調査(株)は、国の主導で推進されるCCS技術開発への貢献を目的に、地球環境問題に取り組む35の企業(電力・ガス・石油・鉄鋼・商社など)が集結した民間企業です。2008年の洞爺湖サミット直前に設立されました。CCS実証試験は経済産業省から受託した国家プロジェクトで、「2020年頃の技術の実用化」を目指し、「CO2の分離・回収、圧入、貯留」までのCCS全体を一貫して実証していきます。2012年から4年かけて、設備の建設など操業準備を完了し、2016年4月からCO2の海底下圧入を開始しました。

CCSを行う地中は、CO2を貯められる隙間の多い砂岩などの「貯留層」と、その上にフタの役割をする、隙間のない泥岩などの「遮へい層」が対になった地層構造が条件で、苫小牧はこれに該当します。また、石油や天然ガスの大規模な工場が存在するため、CO2排出源として活用できる上、長年にわたる探鉱・開発により地質データが豊富でした。これらのデータや実地調査から適性ありと判断できたこと、さらに苫小牧市および漁協をはじめ地元の方々の協力が得られたことなどから、実証試験の場所として苫小牧が選ばれたそうです。


防波壁や改良盛土の設置イメージ

日本CCS調査(株)より提供

実証試験ではまず、隣接した出光興産(株)製油所内のガス供給設備(水素製造装置)から、CO2含有ガスをパイプラインで試験センター内の「CO2分離・回収設備」へ送ります。そこでアミン液を使った化学反応でCO2を分離し、高純度CO2(濃度99%以上)として回収します。CO2はそのままでは地下へ送り込めないので、圧縮機で圧縮してから「CO2圧入設備」へ送り、海底下約1,000m〜1,200mと約2,400m~3,000mの深度の違う2つの地層へ、陸上から斜めに掘削したパイプを通じて圧入します。海上から掘削するとコストが高くなるため、陸上から斜めに掘削する方法を採用したそうです。「陸上から海底へ圧入する設計はCCS では世界初で、日本のトップレベルの技術力が成せる技。スムーズに掘削できました」と社員の方が説明してくださいました。こうして年間10万トン以上のCO2を3年間圧入し、2020年までモニタリングを続けていきます。漏出がない、地震が起きても影響がない、地震を起こさないなど、安全かつ安心できるシステムであることを確認し、実用化へ向けての課題を明らかにするのです。なお、圧入したCO2はそのまま1,000年以上にわたり貯留層にとどまって塩水に溶解したり、年数が経過すると周辺の岩石と化学反応して鉱物になったりすると考えられているそうです。


 ■CCS全体図

CCS全体図

日本CCS調査(株)より提供

実証試験の概要を学んだ後、全貌を見渡せる屋上へ上がりました。そこからはパイプラインや圧入井の建屋、遠く沖合に見えるシーバース(原油受入桟橋)の近くに位置する圧入地点や、モニタリング地点の一部などが見えます。その後、外に出て圧入井の坑口装置を視察。管理棟に戻り、地震計や温度・圧力センサーなどモニタリングシステムの観測データが集まる計測室や、見学者向けの「音声ジオラマ」などが並ぶ紹介コーナーも見せていただきました。

CCS先進国に学ぶ、コスト低減の課題

「CCS先進国はどこですか?」の質問には「アメリカ、カナダ、ノルウェー」の3国が挙がりました。ブラジル、アルジェリア、オーストラリアなど海外諸国でもすでに実用化段階にあり、アメリカでは40年以上の実績も。アメリカやカナダでは、出の悪くなった油田にガスなどを注入して石油を取り出す「EOR(enhanced oil recovery;増進回収法)」にCO2を活用する形でのCCSが長年行われています。カナダではCO2排出規制が厳しくなる中、CCS併設が石炭火力発電所の新設や延命の命綱となっている実態もあるようです。また、ノルウェーではCO2排出に国が炭素税をかけた結果、CCSでCO2排出を抑制する方がコスト安となり、実用化が進行しました。現時点では、小資源国の日本でCO2EORは困難ですが、CO2を地中に埋めるだけでなくバイオ燃料の原料培養に有効利用できないかなど、国の研究開発が進められているところです。

「今後の課題は?」の質問には「コストを下げること」と即答いただきました。CCS先進国では、天然ガスからCO2を除去する過程で排出される「圧力が高いCO2」を優先的に処理してきた歴史があります。一方、今後の日本で特に求められるのは、火力発電や鉄鋼・セメント製造などで排出される「圧力の低いCO2」の処理。圧力が低いと効率的に分離・回収できず、その分コストが増えるそうです。RITE(地球環境産業技術研究機構)の試算では、新設の石炭火力発電所でCCSを導入する場合、CO2を1トン処理(分離回収~圧入)するコストは7,300円で、このうち半分以上に当たる4,200円が分離回収コスト。これを2020年代~2030年代には2,000円台~1,000円台にまで低減すべく、世界中が分離回収技術のコスト低減にしのぎを削っているとのこと。現在、分離回収技術では日本がトップレベルにあるとは言うものの、さらなる技術の開発、コスト低減は大きな課題のようです。さらに、実証試験中であるがゆえに多くのモニタリングを行っており、これにかかる費用が嵩んでいるため、実用化の際には何を残して何を削るか、安全性を担保しながら検証する必要もありそうです。


CO2分離・回収法

CCS導入拡大には政策サポートや地元理解も必要

日本CCS調査(株)では経済産業省と環境省の共同委託事業として、2020年頃の3か所程度の選定に向けて、次のCCSの適地調査も手がけています。しかし、CO2排出企業が自前でCCSに取り組む、あるいはCCSそのものを事業として成立させるには、コストをはじめさまざまな障壁があるのが現状です。日本にCCSを導入拡大するためには、強い政治主導、大きな政策サポートが不可欠なようです。

また、苫小牧CCS実証試験では、さまざまなモニタリングの計測結果やライブカメラの映像を、市役所のモニター画面や日本CCS調査(株)のHPで情報公開しています。さらに市民の要望に応え、市民向け講演会、大学での講演会、子ども向け実験教室、現場見学会など、広報活動も盛んに行っています。地元の支援と理解を丁寧に得る姿勢には感銘を受けました。

新聞記事などで目にすることも多くなったCCSですが、実証試験の最前線で日々試験に取り組む方々から現状と課題を詳しく伺うことができ、たいへん意義深い視察となりました。課題に知恵を重ねてクリアし、CO2削減の切り札として、日本でもCCSの実用化が進むことを願うばかりです。

視察を終えて

地球温暖化による影響を抑制するためには、エネルギー資源の利用にあたって温室効果ガスそのものを出さないようにする技術開発や対策が不可欠だ。しかしそれらのシステムが普及するまでには何十年もの長期に亘る取り組みが必要になる。それだけではない。資源小国の日本が将来的にもエネルギーを安定的に確保するには、化石燃料も加えた資源利用の組み合わせが重要だし、途上国に目を向ければ、経済発展を支えるエネルギーとして当面は安価で広く埋蔵する石炭が大きな役割を担うことになるだろう。CCSの実証試験設備を見学してこれが、CO2を空気中に放出しない有効な技術であることがよく理解できた。経済性の問題などまだ克服すべき課題はあるが、これからも多くの技術、知見を積み重ねて大きな成果を期待したいと思う。将来的に低炭素社会がCCS技術の恩恵に頼らずに実現すればそれは理想かもしれないが現実的には難しい。CCSは、温暖化対策の実現に向け、いま最も可能性の高い技術として大切な役割を担っていくはずだ。技術開発は、たとえ困難があっても継続にこそ活路があるのだから。

神津 カンナ

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