私はこう思う!

INDEX

エネルギーサフィシエンシー(Energy Sufficiency)とは

中上 英俊氏 hidetoshi nakagami
(株)住環境計画研究所 代表取締役会長

「エネルギーサフィシエンシー」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?
昨年暮れに久しぶりに欧州へエネルギー事情調査団を率いて展示会視察とフランス政府関係者やEUの研究機関を訪問して来た。パリでのヒアリングでIPCCのリードオーサーを務められているMs. Yamina Sahebさんからお話を伺う機会を得た。そこでSahebさんから 「エネルギーサフィシエンシー」という考え方について紹介があった。この概念はIPCC 第6次評価報告書の第3作業部会報告書「気候変動2022:気候変動の緩和、第5章」において彼女が提案して取り上げられたそうだ。

狭義な意味で理解すれば「エネルギー充足」を意味するが、意図するところはもっとずっと広い概念を指しているようだ。脱炭素社会に向けての議論の中心がもっぱら供給サイドにあるのに対し、この主張はエネルギーの使われ方を根本から考えるべき、とするところにフォーカスしている点が特徴だ。フランス政府の脱炭素への取り組みもまずこの視点から需要構造を再点検して、そのうえで省エネルギーや再生可能エネルギーの活用を図るべきとしている。たとえば都市計画にあっては自転車の利活用をどう取り込んでいくのか、交通では新幹線(TGV)で2時間半以内で行ける所への航空路線は止めるべきといった大きな視点。また私たちの暮らしの在り方を見直してdecent living,すなわち分相応な適正な暮らしとは何かを問うことを求めたり、住空間の適正規模を考え直す提案を求めたり多種多様な暮らし、社会活動の総点検を求めていると思われる。

ここまで対象を広げなくとも、我が国でも身の回りに改めて点検が必要なエネルギーとの付き合い方が一杯ありそうだ。オフィスビルの照度の問題などは現在設計基準値として求められている照度の1/3程度で十分だと言われている。他方で住宅の暖房水準はいまだ欧米の快適水準からははるかに遅れている。「サフィシエンシー」とは何かを我々日本人も考えてみるべきではないだろうか。そのうえでさらなる省エネルギーを検討し、需要を最小化したうえで脱炭素化を論ずるべきではないかと考えるがいかがであろうか。

この視点からならば一般消費者にとっても我が事としてエネルギーとの付き合い方を考え、脱炭素社会の在り方へつながる行動が見えてくるのではないだろうか。現在の脱炭素論争はあまりに供給側、さらに言えば科学・技術サイドに寄りすぎているのではないだろうか。この言葉を聞いて脱炭素社会はまさに社会科学、人文科学からさらには哲学的な思考が必要ではないかと考えさせられた。

(2024年2月)

ページトップへ