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ETTと原子力問題

内山 洋司氏 youji uchiyama
筑波大学名誉教授/
(一社)日本エレクトロヒートセンター会長/
(公社)茨城原子力協議会会長

今年でETT設立30年。1990年に高原須美子さんの呼びかけで発足して、早30年の歳月が経たのですね。私は、社会経済国民会議のメンバーであった関係から、発足から数年後にETTのメンバーに加入させていただきました。ETTの設立趣旨は、生活者の視点からみんなでエネルギーについて考え判断できるよう活動や情報発信をすることにあり、今日のエネルギー問題を考えると先見性ある発足であったと思います。

当時、経済の安定成長期に入った日本ではエネルギー・電力需要の伸びが鈍化する一方で、地球温暖化問題が世界的に高まり始めた時期でした。中でも大きな問題となっていたのが原子力発電への理解と考え方でした。エネルギー安全保障と地球温暖化問題への対応を考えると、日本にとって電力供給に原子力発電の推進は欠かせませんでした。しかし、推進と反対を巡って政府の委員会でも激しい議論が戦わされ、また原子力発電の立地地域には反対を唱える団体が根強くあって、合意形成は容易ではありませんでした。その後、ETTメンバーなどによる各地域での地道な草の根運動もあって、激しい反対運動は次第に無くなり、合意形成に進展が見られました。2010年頃には、原子力に最も批判的であった朝日新聞でさえ原子力推進を容認する記事を書くようになりました。

しかし、2011年3月に発生した福島第一原子力事故は、その状況を一変させました。世界で最も安全な対策が施されているはずの日本の原子力発電所に重大事故が発生し、炉内の放射性物質を環境へ放出してしまいました。絶対にあってはならない事故を起こしたことで、原子力関係者の信頼性は崩れてしまった。もはや立て直しが困難な状況に追い込まれ、以来、事故炉の廃炉作業を含め暗くて長いトンネルから抜け出れなくなっています。原子力に対して国民の7割近くが批判的になっている中で、エネルギー原子力推進に向けた打開の糸口を見つけることが難しい状況です。

エネルギーは水の供給に似ています。水は生活用水だけでなく農林水産業や工業の発展、あるいは下水施設による衛生環境の改善において必要不可欠です。一方、エネルギーは、肉体労働を代替する動力源として、また照明、暖冷房、給湯、衛生など人々の快適な生活を支える上で欠かせないものです。現代社会では、水とエネルギーに依存して経済活動と人々の暮らしがあり、両者は社会に不足なく安定に届けられねばなりません。ミネラルウォーターや再生可能エネルギーも大切ではありますが、社会が求めている需要を満たせません。特に、エネルギー資源に乏しい日本においては、持続可能な社会を維持し続けるためには化石燃料や原子力の利用が欠かせません。

もちろん、水とエネルギーの供給システムは人が築いているものですので、事故や環境へのリスクがあります。ダムには決壊や洪水による災害、生態系への影響があり、化石燃料は大気汚染や地球温暖化の問題、原子力には重大事故や放射性廃棄物の処分問題があります。先人たちは、科学技術の発展によってリスクを軽減し、社会の合意形成に向けて努力してきました。

どのような科学技術にも「光と影」があります。しかし、科学技術の発展によって世界の人口は75億人以上にもなり、貧富差はありますが人々が生活できる社会になっています。新型コロナウイルスも脅威ですが、様々なリスクの中で最大のリスクは「貧困」です。日本が戦争直後の貧困社会に戻らないことを切に願います。それには社会の営みと人々の暮らしに不可欠な水とエネルギーを安定に確保しなければなりません。これからもETTがエネルギーについて、みんなで考え話し合う活動と情報を発信していくことを期待します。

(2020年7月)

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